Agent Vinod

3.0

 現在ヒンディー語映画界では俳優がプロダクションを持ち、映画をプロデュースすることが増えて来た。アーミル・カーンやシャールク・カーンがその走りであるが、今は猫も杓子もという状況である。「3カーン」に加えて「4番目のカーン」に数えられることも多いベテラン男優サイフ・アリー・カーンもイルミナティ・フィルムスというプロダクション会社を設立しており、その第1作「Love Aaj Kal」(2009年)をヒットさせた。ロマンス映画で定評のあるイムティヤーズ・アリー監督を起用し、人気絶頂だったディーピカー・パードゥコーンをヒロインに抜擢したロマンス映画で、無難な人選だったと言える。イルミナティ・フィルムスの第2作が、本日(2012年3月23日)公開の「Agent Vinod」である。今回は「Johnny Gaddaar」(2007年)で一躍注目を浴びた監督シュリーラーム・ラーガヴァンを起用。ヒロインは実生活での恋人で近々の結婚も噂されているカリーナー・カプール。インドの対外諜報機関RAW(調査分析局)のエージェントを主人公とした、「007」タイプのアクション映画である。ちなみに過去に同名の映画(1977年)があるが、関係はない。

監督:シュリーラーム・ラーガヴァン
制作:サイフ・アリー・カーン、ディネーシュ・ヴィジャン
音楽:プリータム
歌詞:アミターブ・バッターチャーリヤ、ニーレーシュ・ミシュラー
振付:サロージ・カーン、ボスコ・シーザー
衣装:マニーシュ・マロートラー、タニヤ・フレーザー
出演:サイフ・アリー・カーン、カリーナー・カプール、ラヴィ・キシャン、プレーム・チョープラー、グルシャン・グローヴァー、シャーバーズ・カーン、ラーム・カプール、KCシャンカル、ドリトマン・チャタルジー、アーディル・フサイン、ザーキル・フサイン、ラジャト・カプール、マッリカー・ハイドン、マリヤム・ザカーリヤー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ロシアのマフィア、アブー・ナザル(ラーム・カプール)の組織に潜入していたRAWエージェント、ラジャン(ラヴィ・キシャン)が正体を暴かれ殺害された。ラジャンは死ぬ前に、モロッコで多額の金を巡る取引があることを本部に伝え、そして「242」という謎の数字を残した。ラジャンの親友で同じくRAWエージェントのヴィノード(サイフ・アリー・カーン)はその謎を解くためにサンクトペテルブルグへ飛ぶ。

 ヴィノードはアブー・ナザルと接触し、殺害する前に情報を引き出す。ヴィノードはアブーの使者フレディー・カンバタになりすましてモロッコへ向かい、モロッコのアンダーワールドを支配するマフィア、カザーン(プレーム・チョープラー)と出会う。しかし、アブーの死を知っていたカザーンはヴィノードを捕え、自白剤を使って正体を突き止めようとするが、ヴィノードはそれに耐え、一応カザーンの信頼を受けるようになる。また、カザーンの下で働いていた女医ルビーに興味を持ち、調べてみると、彼女はロンドン爆破テロの実行犯であることが分かった。本名はイラム・パルヴィーン・ビラール(カリーナー・カプール)。パーキスターン人であった。

 ヴィノードはイラムと共に外出し、「242」の鍵を握るリチャードと会おうとした。ところがヴィノードが彼の部屋に付いたときにはリチャードは殺された後で、「242」という数字が裏書きされたチャリティー・オークションのチケットのみが残されていた。ヴィノードはイラムと共にオークションへ出向く。そこにはカザーンも出席していた。そのオークションの主催者はロンドン在住のインド系大富豪ジャグディーシュワル・メートラー(ドリトマン・チャタルジー)で、そのオークションの242番の品物がオマル・ハイヤームの詩集「ルバイヤート」であった。ヴィノードは、その「ルバイヤート」が携帯型核爆弾の信管であることを突き止める。しかしながらヴィノードが席を外している間にその「ルバイヤート」はカザーンが落札してしまう。イラムも姿を消していた。ヴィノードはジャグディーシュワルがカザーンにルバイヤートを受け渡している部屋へ侵入するが、そこでコロネル(アーディル・フサイン)に背後から殴られ気絶してしまう。ヴィノードは海に捨てられるところであったが、直前に意識を取り戻し、陸地に戻って来る。

 ヴィノードが今後の行動を練っていると、イラムがやって来る。ヴィノードはイラムを捕まえ、正体を自白させる。イラムの話では、彼女はロンドン爆破テロの実行犯ではなく、自動車に爆弾を仕掛けられたのだと言う。イラムはパーキスターンの三軍統合情報局(ISI)にスカウトされ、脱獄してモロッコにエージェントとしてやって来たのだった。殺されたリチャードは彼女の上官で、陸軍司令官イフティカール(ラジャト・カプール)が作戦を指揮していた。しかしイフティカールも直前に死んでおり、彼女の身分を証明する者はもはや残っていなかった。しかしヴィノードは彼女の言葉を信じ、カザーンの家からルバイヤートを奪って来る任務を与える。しかし彼女がカザーンの家に着いたときにはカザーンは殺された後だった。また、ヴィノードは狙撃手によって狙撃される。幸い命中しなかったが、彼は負傷してしまう。

 その間、イラムはコロネルと共にラトビア共和国へ飛んでいた。イラムはコロネルの命令で、空港職員をたぶらかす役目を負っていた。イラムは彼からIDを盗み、しばらく引き留めていた。一方、コロネルの部下はそのIDを使って携帯型核爆弾を空輸しようとしていた。ヴィノードもラトビア共和国に到着し、イラムと再会する。だが、ちょうどそのときイラムは用済みとなってコロネルに爆殺されるところで、ヴィノードのおかげでイラムは助かる。ヴィノードとイラムは共に携帯型核爆弾を追うが、追跡に失敗する。しかしながら、イラムから携帯型核爆弾がパーキスターンのカラーチーへ運ばれたことを知り、2人はカラーチーへ向かう。

 カラーチーではヴィノードとイラムはマフィアのドン、タイムール・パーシャー(グルシャン・グローヴァー)とISIのハズィーファー・ローカー(シャーバーズ・カーン)のミーティングに潜入して盗聴する。しかしタイムールに盗聴がばれ、ヴィノードとイラムは逃げ出す。しかしながら、携帯型核爆弾は海路でインドへ運ばれ、そこからデリーへ運ばれることが分かる。二人はデリーへ向かう。

 デリーにおいてヴィノードは携帯型核爆弾がラール・キラー前に運ばれたことを知って直行する。一方イラムはコロネルの行方を捜し、ノイダまで行く。ヴィノードはコンノート・プレイスのニルラーズで携帯型核爆弾を持ち歩いていた男を殺し、爆弾を入手するが、解除にはパスワードが必要であった。爆発物処理班にもその爆弾の解除は不可能だった。一方、イラムがノイダに着いたとき、そこではちょうどジャグディーシュワル・メートラーによるチャリティーイベントが開催中だった。イラムは彼が使用するヘリコプターのパイロットの中にコロネルがいることに気付くが、コロネルに撃たれ瀕死の重傷を負ってしまう。コロネルはジャグディーシュワルを人質に取って逃げようとするが、ジャグディーシュワルの機転によってコロネルはヘリコプターの羽根に巻き込まれて死んでしまう。ヴィノードはヘリコプターに携帯型核爆弾を載せてなるべく遠くまで飛ぶ。ヴィノードは爆弾と共に死ぬ覚悟であった。最後にヴィノードはイラムと連絡を取る。イラムは息を引き取る寸前であったが、カザーンが愛玩していたラクダの名前が「ズィッレー」だったことを思い出し、それを伝える。果たして携帯型核爆弾のパスワードはその「ズィッレー」であり、爆発は回避された。しかし、イラムは死んでしまう。

 コロネルの遺体からペンドライブが見つかり、そこから衝撃的な映像が見つかる。ヴィノードはロンドンに飛び、ジャグディーシュワルと会う。実は今回の事件の大黒幕はジャグディーシュワルであった。しかしヴィノードは自ら手を下さなかった。彼はテロ組織ラシュカレ・タイイバに、コロネルらを影で操っていたのはジャグディーシュワルをはじめとする世界の大富豪であったことをばらす。ラシュカルは自爆テロリストをジャグディーシュワル暗殺のために派遣し、彼は爆殺される。

 日頃から、ヒンディー語映画界がハリウッド映画の得意ジャンルに安易に挑戦することには反対の声を上げているのだが、インド版「007」とも言えるこの「Agent Vinod」も、ハリウッドのスパイ映画と比べてしまうと、やはり様々な面で力不足さが目立った。しかしながら、それは必ずしも予算の差や技術力の差に起因するとも言えない。例えば「007」シリーズや「ミッション:インポッシブル」シリーズに比べると、主人公のカリスマ性が不足している。サイフ・アリー・カーン演じるヴィノードのキャラクターは全く立っておらず、映画が終わっても彼の存在を身近に感じることは出来ない。何もハリウッド映画を引き合いに出さず、比較対象をヒンディー語映画に限っても、ヴィノードは特徴のあるキャラクターにはなっていなかった。安易ではあるが、決め台詞のひとつやふたつは欲しかった。大コケしない限りヴィノードを中心に今後シリーズ化されて行くことを匂わせるエンディングであったが、ヴィノードのキャラクターをよりはっきりと魅力的に描いていかないと苦しいだろう。意外に派手なアクションシーンなどもなく、ロマンスも消化不良気味で、これと言った特徴のない映画であった。緻密な脚本で緊迫感溢れる作品に仕上がっていた、シュリーラーム・ラーガヴァン監督の前作「Johnny Gaddaar」に比べても力不足は否めない。

 しかし題材や黒幕については興味を惹かれた点があった。まずは題材。「Agent Vinod」においてストーリーの動力源となるのは携帯型核爆弾の取引である。容易に持ち運び可能で、世界のどの街にも瞬時に半永久的な大ダメージを与えることが出来る恐怖の兵器。世界中のテロリストがそれを求めていたが、手にしたのはインドでのテロを画策するISIやテロリスト一味という設定であった。「放射能」や「ガイガーカウンター」という単語が劇中に登場したりして、2011年の福島第一原子力発電所事故を思わせる展開であったが、撮影は2010年から行われており、おそらく偶然の一致であろう。

 また、表面的な黒幕はパーキスターンの諜報機関ISIであったが、クライマックスを迎えた後、本当の黒幕が明らかになる。それは世界中の大富豪や権力者から成るネットワークで、大規模なテロ事件を間接的に引き起こしては世界の主要な株式市場の株価を操作し、その度に巨万の富を築き上げていた。今回、デリーでの核爆弾爆発計画についても、実際に裏で手を引いていたのはロンドン在住の大富豪ジャグディーシュワル・メートラーであった。911事件後、アクション映画の悪役はテロリストが担うことが多かったのだが、そのテロリストの裏に大富豪ネットワークを持って来たのは面白かった。続編が作られるのならば、ヴィノードが次にターゲットとするのはそのネットワークであろう。

 北西アフリカのモロッコとバルト三国のひとつラトビア共和国でのロケを中心に、今までインド映画ではあまり出て来なかった国を舞台にしたストーリー展開は目新しかった。実際に全ての国でロケが行われている訳ではないが、順番にアフガニスタン、ロシア、モロッコ、ラトビア、パーキスターン、そして最後にインドの首都ニューデリーが物語の舞台となる(エピローグとしてロンドンも)。どこまで信憑性があるか分からないが、南アフリカ共和国やウズベキスタンでもロケが行われたと書かれている。パーキスターンのシーンでは、実際にカラーチーのジンナー国際空港が登場するが、サイフ・アリー・カーンなどの主要キャストを伴ったロケは行われていないはずである。また、ヴィノードは23ヶ国語を駆使し、現在日本語を勉強中という設定で、実際に劇中でも少しだけ日本語を話すシーンがある。しかしながらそれは本当の日本語とは思えなかった。この伏線をうまく活かして、次作があったら是非日本を舞台にして欲しいものだ。

 技術的な面で特筆すべきだったのは終盤、盲目のピアニストがピアノを弾くバーで繰り広げられる銃撃戦である。最初から最後まで切れ目なしの長回しで撮影されており、ラーガヴァン監督らしさが唯一見られたシーンであった。ただ、技術的には工夫がされていたが、そのせいで多少安っぽいシーンになってしまっていたのは残念であった。

 サイフ・アリー・カーンは「Omkara」(2006年)などの演技で高い評価を受けた俳優で、20年に及ぶキャリアの中で着実に実力を身に付けて来たが、今回はプロデューサーも兼業していたためか、どうも演技に迫真さが感じられなかった。それはおそらくはヴィノードのキャラが弱かったことによると思うのだが、プロデューサーも務めているのならば、彼が望めばもっと深くキャラ作り出来たはずだ。よって彼の責任は大きい。

 ヒロインのカリーナー・カプールは意外にもエンディングで死んでしまう。しかし、今までの実績から言えば彼女は悲劇の方を得意とするので、この展開はそれを踏まえたものだったのかもしれない。または、彼女が演じるイラムはパーキスターン人という設定で、インド人諜報部員のヴィノードとの結婚またはそれを匂わせるエンディングは不適切と判断されたのかもしれない。カリーナーの演技は正鵠を射たもので、サイフ・アリー・カーンよりもよっぽど良かった。

 他にも多くの俳優が出演していたが、何人か特筆すべきであろう。ジャグディーシュワル・メートラーを演じたドリトマン・チャタルジー(またはチャトーパーディヤーイ)はベンガル人演技派男優で、「Kahaani」(2012年)にも重要な役で出演していた。コロネルを演じたアーディル・フサインはアッサム人俳優で「Ishqiya」(2010年)などに出演。アブー・ナザルを演じたラーム・カプールはテレビ俳優として有名で「Udaan」(2010年)などの映画にも出演している。ムジュラー・ナンバー「Dil Mera Muft Ka」でカリーナー・カプールと一緒に踊りを踊った女性はマリヤム・ザカーリヤーで、イラン生まれスウェーデン育ちのコレオグラファー。他にラヴィ・キシャン、ザーキル・フサイン、グルシャン・グローヴァー、ラジャト・カプールなどの個性派・演技派俳優が映画を盛り上げていた。

 音楽はプリータム。派手な曲はいくつかあるのだが、上質なものはない。そればかりか、プリータムにとっては毎度のことではあるが、いくつかの曲がパクリの容疑を掛けられている。例えば冒頭のダンスナンバー「Steal The Night (I’ll Do The Taling)」はドイツのディスコグループ、ボニーMの「Rasputin」(1978年)の部分的な翻案、エンドクレジットで流れる「Pungi」はイランのポップバンド、バロバクス(Barobax)の「Soosan Khanoom」の無断流用だとされている。

 「Agent Vinod」はサイフ・アリー・カーン渾身の「007」風スパイ映画。世界中を飛び回り、携帯型核爆弾の行方を追う緊迫した展開が売りだが、主人公ヴィノードのキャラクタースケッチが不完全など、映画の完成度は完璧とは言えなかった。しかしながら娯楽映画としては十分に楽しめる作品で、そこそこのヒットになってもおかしくない。