Kahaani

4.5

 2011年に著しく評価を上げた女優がヴィディヤー・バーランであった。「No One Killed Jessica」と「The Dirty Picture」で素晴らしい演技を見せ、映画もヒットさせた。彼女の演技力についてはデビュー作「Parineeta」(2005年)から誰しもが認めるところであったのだが、ヒロイン中心映画を任せられるレベルまで評価されることになったのは昨年の活躍のおかげであろう。2012年3月9日公開の新作ヒンディー語映画「Kahaani」も、ヴィディヤー・バーランを中心にした映画である。監督はスジョイ・ゴーシュ。デビュー作「Jhankaar Beats」(2003年)は良かったものの、それ以降それほど成功していない映画監督である。名前から察するにベンガル人であり、今回はコルカタを舞台にベンガル人のキャストやクルーを揃えてショッキングなスリラー映画を送り出して来た。何がショッキングかと言えば、妊娠し大きなお腹を抱えた女性を主人公にしている点で、その役をヴィディヤー・バーランが演じているのである。

監督:スジョイ・ゴーシュ
制作:クシャル・カーンティラール・ガーダー、スジョイ・ゴーシュ
音楽:ヴィシャール・シェーカル
歌詞:ヴィシャール・ダードラーニー、アンヴィター・ダット、サンディープ・シュリーワースタヴ
衣装:サビヤサーチー・ムカルジー、スチスミター・ダースグプター
出演:ヴィディヤー・バーラン、パラムブラタ・チャットーパーディヤーイ、ナワーズッディーン・スィッディーキー、シャーシュワタ・チャタルジー、インドラニール・セーングプター、アビール・チャタルジー、ドリトマン・チャットーパーディヤーイ
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 コルカタ空港にロンドンから一人の妊婦が降り立った。ヴィディヤー・バーグチー(ヴィディヤー・バーラン)を名乗るその女性は、コルカタで消息を絶った夫を捜しに来たのだった。ヴィディヤーは空港からカーリーガート警察署へ直行する。ヴィディヤーの夫アルナブ(アビール・チャタルジー)の捜索願を担当することになったのが新米警官ラーナー(パラムブラタ・チャットーパーディヤーイ)であった。ラーナーはヴィディヤーにほのかな恋心を抱きながら彼女の夫捜しを助ける。

 アルナブはとあるプロジェクトのために国立データセンターで働いていた。ヴィディヤーは国立データセンターへ行き、人事部長アグネスと会う。しかしセンターにはアルナブ・バーグチーという名の人物が働いた形跡はなかった。しかしヴィディヤーは夫の写真を手渡し、何か手掛かりが掴めたら連絡するように頼む。アグネスはふと、その写真の人物が、かつてセンターで働いていたミラン・ダームジーという人物に似ていることを思い出す。彼女はデータにアクセスしようとするが、なぜかミラン・ダームジーへのアクセスは禁止されていた。アグネスはヴィディヤーと面会し、そのことを伝えるが、その晩彼女は契約暗殺者ビシュワース(シャーシュワタ・チャタルジー)に殺されてしまう。

 何者かがミラン・ダームジーを照会したことは、中央政府諜報部にも伝わる。諜報部員カーン(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は急遽コルカタへ飛び、ヴィディヤーと会って、ミラン・ダームジーのことは忘れるように警告する。だが、ヴィディヤーはミランを探すことでアルナブの情報が掴めると考え、むしろまずはミランを探し出そうとし出す。アグネスが生前に伝えてくれた情報から、国立データセンターの旧オフィスにデータが残っていることが分かっていた。ラーナーとヴィディヤーは旧オフィスへ忍び込み、ミラン・ダームジーの個人情報を入手する。

 その情報からミラン・ダームジーの住所が分かったため、ラーナーとヴィディヤーはその住所へ行く。そこには誰も住んでいなかったが、その近くのチャーイ屋で働く少年の証言から、国立データセンターのシュリーダランという人物が頻繁に彼に会いに来ていたことが分かる。しかしシュリーダランもそれを察知し、ビシュワースにヴィディヤー暗殺を命じる。しかしそれは失敗し、ビシュワースは事故で死んでしまう。ラーナーとヴィディヤーは深夜に国立データセンターに忍び込み、シュリーダランのPCの中から情報を盗み出す。そのとき異変に気付いたシュリーダランはオフィスに取って返し、間一髪で逃亡したラーナーとヴィディヤーを追う。その過程でヴィディヤーはシュリーダランの銃を奪い、彼を撃ってしまう。シュリーダランは即死する。

 カーンはシュリーダランが死んだのを見て悔しがる。実はカーンは、ヴィディヤーを使ってミラン・ダームジーを探し出そうとしていた。ラーナーも仲間に取り込んでいた。カーンがミランを探していた理由は、2年前にコルカタメトロで起こった有毒ガスによるテロ犯がミランだったからだ。しかもミランは元々諜報部員で、諜報部はそのことをひた隠しにしていた。ミランはその後姿をくらましており、発見できずにいたのだった。シュリーダランはミランの一味で、ミランへ辿り着く鍵になるはずだった。

 ヴィディヤーはシュリーダランのPCから盗み出した情報を分析し、その中からとある携帯電話番号を抽出する。それは諜報部長バースカル(ドリトマン・チャットーパーディヤーイ)のものであった。カーンは、諜報部長こそがミランを操ってテロを起こした張本人であることを確信する。そしてヴィディヤーに、バースカルに電話を掛けさせ、極秘情報を入手したことを伝え、それと引き替えに夫を引き渡す約束をさせる。

 ちょうどドゥルガー・プージャーの最終日だった。ヴィディヤーはバースカルからの電話に従い、待ち合わせ場所へ行く。そこではテロ犯ミラン(インドラニール・セーングプター)が待っていた。ヴィディヤーはデータを渡す代わりに夫を引き渡すように要求する。ミランはそれを約束するが、ヴィディヤーは「本当に夫を返してくれるの!?」と問い詰める。それに怒ったミランはヴィディヤーの腹に蹴りを入れる。うずくまるヴィディヤーに対しミランは銃を向ける。ところがヴィディヤーはその大きな腹を引きはがし反撃する。そう、ヴィディヤーの妊娠は嘘だった。不意を突かれたミランは重傷を負い、そのままヴィディヤーに銃殺されてしまう。そこへラーナーとカーンが駆けつけるが、既にヴィディヤーは逃げた後だった。

 このときまでにラーナーは気付いていた。ヴィディヤーは最初から最後まで作り話をしていたこと。ヴィディヤーは元諜報部員バージペーイー(ダルシャン・ジャリーワーラー)の息子アループの妻だった。バージペーイーは2年前にコルカタメトロで起こったテロ事件で死に、当時妊娠中だったヴィディヤーはそのショックで流産してしまっていた。ヴィディヤーはその実行犯ミランへの復讐を誓い、巧妙な計画を練っていた。妊婦の姿でコールカーターに降り立ったのも、誰も妊婦を疑わないという計算の下だった。架空の夫アルナブを探している振りをしながらミランへの手掛かりを探し、遂にはその復讐劇を成し遂げたのだった。

 「歌って踊って」のイメージが未だに根強いインド映画であるが、実はコンスタントに脚本重視の、シリアスかつ重厚な、またはブラックジョークとウィットに富んだ、優れたスリラー映画が作られて来ている。その走りを辿って行くと、パンカジ・アードヴァーニー監督の「Urf Professor」(2001年)辺りまで遡れると思うが、ここ5年ぐらいで見ても、「Aamir」(2008年)、「A Wednesday!」(2008年)、「Sankat City」(2009年)、「Shor in the City」(2011年)、「Delhi Belly」(2011年)などの作品があり、どれも傑作である。そしてこの「Kahaani」は、それらのリストに加わるだけの十分たる資格がある。

 「Kahaani」の導入部は、臨月を迎えた妊婦が行方不明になった夫を必死に探そうとしているというもので、とても興味をそそられる。しかしすぐにこの事件は大きな国家的陰謀とつながって行く。観客は、夫を何としてでも捜し出すという強い意志を持つ以外は全く無力な一人の妊婦が、テロや諜報部が関与する大変な状況に巻き込まれて行く様子をハラハラしながら見守る。しかし最後の最後で大きなどんでん返しがあり、全てがひっくり返ってしまう。

 題名「カハーニー」とは一般的には「話」「物語」という意味だが、この映画に関しては「作り話」と解釈した方がよりピッタリ来る。当初、諜報部員カーンは「ミランなどいない」と繰り返し、あたかもミランの存在が作り話のように振る舞う。その後カーンは元諜報部員にしてテロリストであるミランの存在を認め、ヴィディヤーを使って姿をくらましているミランまで辿り着こうとする。ところが、無力な妊婦だと思っていたヴィディヤーは実はテロで殉職した諜報部員の未亡人で、警察は諜報部を手玉に取りながら実行犯ミランに復讐を果たそうとしていたのだった。行方不明になった夫を捜索中かつテロに関する極秘情報を入手という「作り話」は、テロリストと密通していた諜報部長やミラン本人すら信じてしまう。とうとう彼女の前に姿を現わしたミランは、「夫を返してやるからそのデータをよこせ」と言う。作り話に乗ってしまったがために、容易に嘘を付いていることが分かってしまった。ミランは呆気なくヴィディヤーに殺されてしまう。

 もちろん、一見無力に見える女性が周囲の男たちを利用して復讐を果たすというプロットは、ヴィディヤー自身が主演した名作「Ishqiya」(2010年)と類似しており、それとの比較は免れない。また種明かしの後に改めてヴィディヤーの行動を思い出してみると、多少こじつけがましいシーンもいくつかある。しかし、それらの欠点を差し引いても、「Kahaani」は最初から最後まで全く飽きさせない展開と構成になっており、一級の娯楽作品となっている。

 その勝因のひとつはやはりヴィディヤー・バーランの演技である。実は妊婦ではなかったというどんでん返しが待っているのだが、それでも大きなお腹を抱えてのいかにも妊婦らしい歩き方や、繊細な感情を表情の微妙な動きで表現する演技は彼女しか出来ない種類のものだ。劇中である程度の時間、妊婦を演じた女優と言うと、「Salaam Namaste」(2005年)のプリーティ・ズィンターが思い浮かぶが、その中ではお腹を振って踊りまで踊っており、あまり現実感がなかった。その点ヴィディヤーの妊婦振りはさすがの一言だ。インド映画界ではとにかく美人ならOKというヒロイン女優と演技を武器に売っている演技派女優で大きく分かれるのだが、ヴィディヤーは間違いなく演技派女優の演技力を持ったヒロイン女優で、非常に稀な地位を築きつつある。

 コルカタを舞台にしていたためか、それともスジョイ・ゴーシュ監督の人脈なのか、ベンガル人俳優が総出演していた。必ずしもヒンディー語映画界で名の知れた俳優ばかりではなかったが、カーンを演じたベンガル人男優ナワーズッディーン・スィッディーキーなどは「Peepli Live」(2010年)や「Paan Singh Tomar」(2012年)などで重要な役を演じている。今回はそれらに増して重要な役で、演技も非常に素晴らしかった。契約暗殺者ビシュワースを演じたシャーシュワタ・チャタルジーも異様な存在感を放っており、いい俳優だと感じた。ヴィディヤーに次いで重要なラーナーを演じたベンガル人男優パラムブラタ・チャットーパーディヤーイは、顔が薄くて表情に乏しかったが、演技はしっかりしていた。

 シリアスな映画でダンスシーンなどはなく、ヴィシャール・シェーカルによる音楽にそれほど見所はない。しかしエンドクレジットで流れる「Ekla Cholo Re」はアミターブ・バッチャンがベンガリー語で歌っており、特殊である。

 基本的にはヒンディー語映画であったが、西ベンガル州の首都コールカーターを舞台にしているだけあって、所々にベンガリー語が使われる。しかしベンガリー語が分からなくてもストーリーの理解に支障はない。そういえば、ベンガリー語には「v」と「b」の違いがなく、ベンガル人もこれらの音の区別は苦手である。主人公ヴィディヤーの名前をベンガル人が間違えて発音したり書いたりするシーンがいくつかあり、自虐的な笑いを取っていた。

 「Kahaani」は、またひとつヒンディー語映画の優れたスリラー映画群に加わることになるであろう傑作スリラーである。妊婦が夫を捜しに未知の街に降り立つという導入部から一般に予想される展開とはかなり違って来るが、そういう展開を予想していなかった人もスクリーンに引き込まれてしまうだけのスリルとサスペンスが込められた作品だ。主演ヴィディヤー・バーランの演技も一級品。観て損はない。