London Paris New York

3.0

 都市名が映画の題名に使われることは古今東西よくあり、しかも都市名がそのまま題名になることも時々ある。マイケル・カーティス監督「カサブランカ」(1942年)、ウォン・カーウァイ監督「ブエノスアイレス」(1997年)、ロブ・マーシャル監督「シカゴ」(2002年)辺りが有名だろう。ヒンディー語映画界でも探せばいくつかある。モーハン・セーガル監督「New Delhi」(1956年)、マニ・ラトナム監督「Bombay」(1995年)、パンカジ・パーラーシャル監督「Banaras」(2006年)などはインド国内の都市名がそのままタイトルになった映画であり、世界の都市に目を転じても、カビール・カーン監督「New York」(2009年)やサンジャイ・プーラン・スィン・チャウハーン監督「Lahore」(2010年)などがある。また、現在ディバーカル・バナルジー監督が「Shangai」(2012年)という映画を作っている。

 2012年3月2日より公開の「London Paris New York」は、世界の3都市をそのまま題名に盛り込んだ贅沢な映画だ。その名の通り、実際にロンドン、パリ、ニューヨークでロケが行われている。主演はアリー・ザファル。パーキスターン人ながらヒンディー語映画「Tere Bin Laden」(2010年)や「Mere Brother Ki Dulhan」(2011年)で好演し、すっかりお馴染みの顔となっている。パーキスターン人の中ではヒンディー語映画界でもっとも成功している俳優だ。ヒロインは「Rockstar」(2011年)などに脇役出演していたアディティ・ラーオ・ハイダリー。監督は新人の女性監督で、フォックス・スター・スタジオが共同プロデュースしている。

監督:アヌ・メーナン(新人)
制作:シュリシュティ・アーリヤ、ゴールディー・ベヘル
音楽:アリー・ザファル
歌詞:アリー・ザファル
振付:アーディル、フィーローズ
衣装:マンディープ・パテージャー、シュレーヤー・アーナンド
出演:アリー・ザファル、アディティ・ラーオ・ハイダリー、ダリープ・ターヒル
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 2005年、ロンドン。映画プロデューサーを父親に持つニキル・チョープラー(アリー・ザファル)はロンドンで映画を学ぶために渡英していた。ロンドンのヒースロー空港で出会ったのがラリター・クリシュナン(アディティ・ラーオ・ハイダリー)であった。ラリターはニューヨークで政治学を学ぶために渡米中だったが、飛行機の遅延のために乗り換えに失敗し、1泊ロンドンに滞在することになった。ニキルはラリターと共にロンドンを観光する。短い時間であったが、共に過ごす内に2人はお互いに惹かれ合う。そして空港で別れ際にキスをする。ニキルは12月15日にニューヨークへ行くことを約束する。

 2007年、パリ。ニキルは映画学校を退学していた。彼はあの後事情があってニューヨークへ行かなかったが、ラリターが交換留学でパリに来ていることを知り、パリへ来て彼女を捜すようになる。そこですっかり変わってしまったラリターと出会う。ロンドンで会ったときは初々しい女学生であったが、パリで会ったラリターはすっかり垢抜けていた。しかしニキルのラリターに対する気持ちは変わらなかった。2人は共にパリを巡り、ベッドを共にする。ところが、ニキルが在学中に撮った映画を観たラリターは態度を一変させ、怒って出て行ってしまう。ニキルの映画で主演していた女優を彼女は見覚えがあった。実はラリターはニキルがニューヨークに来なかったために、秘密で自分からロンドンへ来ていた。しかしそのときちょうどニキルはその女優と共に情事をしている最中だった。ショックを受けたラリターはそのままニューヨークへ帰り、以後音信不通となってしまったのだった。

 そして現在、ニューヨーク。ニキルは監督作「Living With My Brother's Ghost」という映画のプレミアのためにニューヨークに来ていた。メディアのインタビューに答えた後、ニキルはラリターの家へ行く。ラリターはニキルとの久々の再会を喜ぶが、翌日には彼女の結婚式だった。それを聞いたニキルは結婚をしないように頼むがラリターはそれを聞き入れない。しかし2人はハドソン河の畔でキスをしてしまい、そのままそこで夜を明かす。

 翌朝、ラリターは結婚式に行かねばならず、急いで帰ろうとする。ニキルはラリターがその結婚を望んでいないことを喝破し、引き留めようとするが、ラリターも怒ってしまい、そのまま去って行く。絶望のニキルだったが、「自分に正直になるべきだ」と語る自分のインタビューをTVで見て奮起し、結婚式場となっている教会へ駆けつける。ところがそこでは違うカップルが挙式していた。そこでラリターの家に行ってみると、父親(ダリープ・ターヒル)が出て来て、ラリターが結婚を拒否したことを知らされる。喜んだニキルはハドソン河の畔で待ち合わせし、ラリターと会う。

 劇中の「現在」を2012年とするならば、7年に渡るスパンの中で育まれた恋愛を描いたロマンス映画であった。ヒーローとヒロインの出逢い、再会、ヒロインが別の男性と結婚へ、土壇場で結婚破棄、ハッピーエンドという流れは目新しいものではない。しかし、世界の3都市を舞台にしている点、そして7年間の中で3回の出会いがぞれぞれたった1日である点などは新しく、王道のフォーミュラに多少工夫をまぶした感じの作品に仕上がっている。今年は2月に入ってからロマンス映画が続いたが、「Jodi Breakers」(2012年)よりもさらに親しみやすく、安心して見られる娯楽作品であった。よって観後感は非常に爽快だった。

 監督の弁によると、ロンドン、パリ、ニューヨーク、それぞれの都市のイメージがそのまま主人公二人の感情や関係に反映されているらしい。しかも女性監督らしくカラーイメージにも凝ったと言う。ロンドンでは期待と不安が入り交じったオレンジ色、パリでは陰鬱かつ情熱的な深紅、ニューヨークでは平安さを象徴する抜けるような青となっている。確かに各都市のシーンで全くトーンが異なり、二人の恋愛模様も違った。

 ストーリーの主体はアリー・ザファル演じるニキルであったが、心情がよく描かれていたのはアディティ・ラーオ・ハイダリー演じるラリターの方だった。ラリターは政治学を学びに留学するだけあって政治に敏感で、フェミニストを自称しているが、インテリの女性にありがちな情緒不安定さを持ち合わせている。自分のイメージを自分で作り、人前ではそれを必死でプレゼンテーションしようと努力する。ニキルは初めて出会ったときにラリターのその弱点を指摘したが、ラリターは変わらなかった。その後の恋愛に関しても、ラリターは自分でルールを作り(ロンドン)、独断で突拍子もない行動を取り、一人で自分の心を痛めて(ロンドンとパリの間)、自暴自棄となる(パリ)。ニューヨークでの彼女は、フィアンセとの結婚を前に一見清々しい表情を見せるが、ニキルと再会したことで昔の感情が蘇り、我慢できなくなって彼とキスをしてしまう。それでもラリターの理性はフィアンセとの結婚を強行しようとするが、彼女の心は違う方向を向いていた。そしてやはりそれを一番よく知っていたのはニキルだった。一貫してニキルはラリターの支え役であり、いかにもロマンチックな乙女が夢想しそうな理想的男性像であった。ニキルは男性の視点から見たら非常に非現実的なキャラクターだった。まるで少女漫画を読んでいるような映画であり、そのために女性観客層により受けがいいのではないかと予想する。

 「Band Baaja Baaraat」(2010年)以来、ヒンディー語映画界における濡れ場の意味合いが変わって来ているのを強く感じる。かつて一般的なヒンディー語娯楽映画においてベッドシーンは脚本上必要がある場合のみ許されることがほとんどで、それはつまりその後の妊娠・出産を意味した。しかし、最近では妊娠・出産とは関係なくベッドシーンが入るようになり、妊娠以外の展開にもつながって行っている。「London Paris New York」では、パリのシーンでニキルとラリターがベッドを共にするシーンがある。それは二人の関係の中でひとつの転機ではあるが、「Band Baaja Baaraat」や「Jodi Breakers」ほどそれは大きな意味を持っていなかった。むしろその後ラリターがニキルの映画を観ることで大きな転機が訪れており、ベッドシーンが特に必要だった訳ではない。この辺りがだいぶヒンディー語映画もウエスタナイズして来たと感じる。

 パーキスターンで元々ミュージシャンとして知られていたアリー・ザファルは、ヒンディー語映画界でデビューして以来、俳優としての才能も開花させた。「London Paris New York」の彼も個性的かつしっかりした演技をしていた。さらに、演技だけでなく作詞作曲を手掛け、全曲自分で歌も歌っており、現在のインド映画界にはなかなかいないマルチタレントな人材となっている。ただ、彼の常に自信満々な態度や気障な表情は、もしかしたら鼻に付くという人もいるかもしれない。彼の音楽や歌の才能にしても、各専門家に比べたら一段劣ると言わざるをえない。それでも、パーキスターン人という国籍ではなく、純粋に才能の多彩さという点でユニークな立ち位置にいる俳優であり、今後も活躍を期待したい。

 ヒロインのラリターを演じたアディティ・ラーオ・ハイダリーは、「Delhi-6」(2009年)や「Rockstar」に脇役出演していた女優で、本作が主演女優として本格デビューとなる。ロンドン、パリ、ニューヨーク、各シーンで全く違う表情と演技を見せており、彼女からも才能の片鱗を感じた。バラタナーティヤムの素養もあり、踊りにも自信がありそうだ。出身はハイダラーバード。また一人南インドから楽しみな女優がやって来た。

 前述の通り音楽はアリー・ザファル。作詞や歌も彼が担当しており、アディティ・ラーオ・ハイダリーが歌う曲もある。俳優がそのまま全曲を歌を歌うと、声に一貫性があって、スムーズにストーリーシーンからミュージカルシーンに入れるように感じる。ピアノの伴奏に乗せたコメディタッチのラブソング「Voh Dekhnay Mein」が素朴で良い。この曲はロンドンのシーンで使われた後、パリのシーンでもアディティの歌声でリプライズされる。

 「London Paris New York」は、その名の通りロンドン、パリ、ニューヨークを舞台にした、若い男女のラブストーリー。各都市の顔をストーリーに反映させる工夫をしているが、大筋は王道のロマンスである。どちらかというと女性中心の映画で、少女漫画的なキャラクタースケッチやストーリー運び。しかし決して悪い映画ではなく、見終わった後はとても軽い気分になれた。最近ロマンス映画が続くが、その中ではもっとも安心して観られる作品である。