Saheb Biwi aur Gangster

4.0
Saheb Biwi aur Gangster
「Saheb Biwi aur Gangster」

 インドが誇る名監督・俳優グル・ダットの傑作に「Sahib Biwi aur Ghulam」(1962年)があるが、それとよく似た題名の新作ヒンディー語映画が2011年9月30日に公開された。ティグマーンシュ・ドゥーリヤー監督の「Saheb Biwi aur Gangster」である。だが、グル・ダットの上記作品のリメイクではない。主演はジミー・シェールギル、ランディープ・フッダーとマーヒー・ギル。

監督:ティグマーンシュ・ドゥーリヤー
制作:ラーフル・ミトラ、ティグマーンシュ・ドゥーリヤー
音楽:アミト・スィヤール、スニール・バーティヤー、ジャイデーヴ・クマール、アヌージ・ガルグ、アビシェーク・ラーイ、アンキト・ティワーリー、ムクタル・サホーター
出演:ジミー・シェールギル、ランディープ・フッダー、マーヒー・ギル、ヴィピン・シャルマー、ディーパル・シャー、ディープラージ・ラーナー、シュレーヤー・ナーラーヤン
備考:DTスター・プロミナード・ヴァサントクンジで鑑賞。

 ウッタル・プラデーシュ州デーヴガルのラージャー・サーヒブ(ジミー・シェールギル)は、過去の栄光や地元における政治力こそ何とか維持していたものの、経済的には困窮していた。サーヒブは亡き父親の妾の子であり、正妻バリー・ラーニーとは不仲であった。しかし全財産はバリー・ラーニーが握っており、サーヒブは事あるごとに彼女から金を無心しなければならなかった。サーヒブは二度結婚していた。最初の妻は自殺し、2番目の妻チョーティー・ラーニー(マーヒー・ギル)は気が触れてしまっていた。その大きな原因は、サーヒブが入れ込んでいる娼婦マフアー(シュレーヤー・ナーラーヤン)の存在であった。サーヒブは週に何度もマフアーの元へ通っていた。

 また、サーヒブは地元マフィアのゲーンダー・スィン(ヴィピン・シャルマー)と敵対しており、地元の土木工事の入札で争っていた。サーヒブは州大臣のティワーリーに恩を売っていたが、ティワーリーはゲーンダー・スィンと通じていた。

 あるときチョーティー・ラーニーの運転手スンダルが轢き逃げにあって重傷を負う。その代わりにサーヒブの邸宅に運転手としてやって来たのがスンダルの甥のラリト、通称バブルー(ランディープ・フッダー)であった。バブルーは片思いしていた女の子のボーイフレンドに暴行を加えて意識不明の重体としてしまい、容疑を掛けられていた。それから逃れるためにゲーンダー・スィンに相談したのだが、ゲーンダー・スィンは彼を助ける代わりにスパイとしてサーヒブの家に送り込んだのだった。スンダルの轢き逃げもゲーンダー・スィンの手によるものだった。

 バブルーは当初、サーヒブの腹心カナイヤー(ディープラージ・ラーナー)の娘ビジュリー(ディーパル・シャー)をはじめ、サーヒブ、チョーティー・ラーニーを含め、サーヒブの家にいる人間はみんな気違いだと考える。だが、孤独を感じていたチョーティー・ラーニーに気に入られることになり、彼女と恋仲になってしまう。徐々にバブルーはチョーティー・ラーニーを手に入れることだけを考えるようになる。

 そのためにまずはサーヒブの信頼を勝ち取ろうとする。バブルーはまずサーヒブに、自分がゲーンダー・スィンのスパイとして送り込まれたことを自ら明かす。そして二重スパイになることを申し出る。最初は怒ってバブルーに暴行を加えたサーヒブであったが、バブルーの言った通りにゲーンダー・スィンの手下から襲撃を受けたことで、バブルーを信頼するようになる。バブルーは表向きはサーヒブの腹心として、裏ではチョーティー・ラーニーの愛人として、権力を握り始める。

 チョーティー・ラーニーはマフアーを殺そうと画策していた。そのためにバブルーは妙案を考える。バブルーはサーヒブとマフアーが一夜を過ごそうとしていた密会の場にゲーンダー・スィンを招き入れる。それと同時にサーヒブにもゲーンダー・スィンの襲撃を密告する。そのおかげで密会の場を襲撃したゲーンダー・スィンは逆に返り討ちに遭って死んでしまう。また、バブルーは予めマフアーの携帯電話からゲーンダー・スィンに何度も電話を掛けていた。携帯電話の請求書からわざとそれを発覚させ、サーヒブがマフアーを疑うように仕向ける。サーヒブはまんまと計略に乗り、マフアーを殺してしまう。

 マフアーが死んだことでチョーティー・ラーニーはサーヒブの愛情を受けるようになる。チョーティー・ラーニーはそれで満足するが、既にチョーティー・ラーニーの虜となっていたバブルーはサーヒブを殺そうと考える。バブルーは次期選挙でサーヒブと戦うことになるティワーリー大臣にも根回しし、サーヒブ暗殺を実行する。しかしサーヒブは瀕死の重傷を負いながらも一命を取り留めた一方、バブルーはチョーティー・ラーニーに殺されてしまう。

 選挙が行われ、半身不随となりつつもサーヒブは当選する。表立ってサーヒブを支えていたのはチョーティー・ラーニーであった。

 シェークスピア劇や、シェークスピア劇を北インドの田舎に置き換えて作られたヴィシャール・バールドワージ監督の「Maqbool」(2003年)や「Omkara」(2006年)を思わせる、重厚な人間ドラマであった。

 この映画の重要なテーマは「裏切り」である。サーヒブの家では、サーヒブとその片腕カナイヤーの信頼関係などいくつかの例外を除き、あらゆる人間関係がうまく行っていない。そして主人公となる三人――サーヒブ、ビーヴィー(チョーティー・ラーニー)、ギャングスター(バブルー)――がそれぞれ裏切りを行う。封建領主の身分を引きずるサーヒブにとっては裏切ることも裏切られることも大した問題ではなく、娼婦に散財するのも支配者の特権であり、敵に命を狙われるのも支配者の運命だと考えている。チョーティー・ラーニーは、夫に冷遇される毎日を過ごす中で精神に異常をきたすが、若い運転手が来たことで彼を性欲のはけ口とし、夫を裏切る。しかし夫への愛情は冷めておらず、サーヒブの愛人を暗殺しようと画策する。バブルーはサーヒブの敵ゲーンダー・スィンによってスパイとしてサーヒブの家に送り込まれたため、最初から裏切りの男である。だが、チョーティー・ラーニーに惚れ込んでしまったことで、まずはゲーンダー・スィンを裏切り、次にサーヒブを殺そうとする。このように裏切りに裏切りを重ねるドラマとなっている。ただし劇中には忠実な人物もおり、例えばサーヒブに絶対的服従をするカナイヤーや、サーヒブに娼婦としての対応以上の愛情を注ぎ込むマフアーにそれが見られた。しかし裏切りの連鎖反応の中では、彼らの忠信も裏切りの引き立て役にしか見えない。これらのドロドロとした人間関係が、薄汚れた邸宅の中で巧みに展開される映画だった。そして主役、脇役に関わらず、俳優たちの演技も素晴らしかった。

 旧藩王末裔の衰退しつつある栄光がかなり写実的に描かれていたのも魅力的だった。地元の村人たちからは政府役人よりも信頼されているサーヒブであるが、州政府の政治家やそれに取り入るマフィアたちからは敵視されている。また、サーヒブの人物設定で特徴的だったのは、亡き父親の妾の子であること、父親の正妻つまり継母と不仲であること、そして経済的実権を継母に握られていることである。父親が妾に子供を産ませたように、サーヒブ自身も妻よりも娼婦マフアーに没頭してしまっている。そしてサーヒブがもっとも嫌うのが、他人から懐事情の心配をされることだった。旧王族としてのプライドから彼は財政的に困窮していることを他人から指摘されることを極度に嫌っていた。だが、誰の目にも彼の経済的困窮は明らかで、愛人のマフアーからそういうことを言われたときにも彼は不機嫌になった。そういう退廃的な旧王族の実態がストーリーによく絡められていたし、それを演じたジミー・シェールギルの演技力も賞賛されて然るべきものだった。正当に評価されていない俳優の一人であるが、確かな演技力と存在感を持つ男優に成長した。

 チョーティー・ラーニーへの恋慕の情から最終的にサーヒブ暗殺まで計画する「ギャングスター」バブルーを演じたランディープ・フッダーも素晴らしかった。元々渋い演技をする男優であったが、今までそれほど役柄に恵まれて来た訳でもなかった。だが今回彼は映画の出来を左右するほど重要な役に抜擢され、それを難なくこなした。演技でもっと深みを持たせることもできたとは思うが、とりあえず合格点だと言える。今までの彼の出演作の中でベストの演技であろう。

 しかし圧巻だったのはチョーティー・ラーニーを演じたマーヒー・ギルである。「Dev. D」(2007年)で既に存在感を示していたが、しばらくは「Dabangg」(2010年)の端役など、不遇の時を過ごして来た。しかし今年に入り、「Not A Love Story」(2011年)に続いてセンセーショナルかつ演技力のいる役をもらえ、それを存分に活かしていた。濡れ場も何のその。遅咲きの女優であるが、今後ますます活躍しそうだ。

 サブヒロインの扱いになるが、娼婦マフアーを演じたシュレーヤー・ナーラーヤンもマーヒーと同じくらい濡れ場に挑戦していたが、かわいらし過ぎてあまり娼婦という感じがしなかった。あまり情報がないが、基本的にはテルグ語映画界の女優のようだ。また、ディーパル・シャーも端役で出演していた。ディーパルは「Kalyug」(2005年)でセクシーな衣装と共にかなり衝撃的なデビューをしたのだが、その後が続かず、いつの間にか目立たない穏やかな端役女優に落ち着いてしまった。「Saheb Biwi aur Gangster」も彼女のキャリアには大きな影響を及ぼさないだろう。

 ティグマーンシュ・ドゥーリヤー監督はシリアスな社会派映画で知られた映画監督であるが、この作品を見て、人と人との複雑な絡み合いもかなり巧みに描写できる監督だと改めて感心した。手前味噌になるが、ティグマーンシュ・ドゥーリヤーは、僕が出演した「Paan Singh Tomar」(2012年)の監督である。撮影現場やアフレコの場で観察した彼からは、何だかいい加減かつ優柔不断な感じがして、それほど才能を感じなかったのだが、この作品を見て見直した。ちなみに「Paan Singh Tomar」は未だに公開されていない。「Saheb Biwi aur Gangster」の方が後から撮られたはずだが、こちらの方が先に公開となってしまった。ティグマーンシュ・ドゥーリヤー監督のインタビューによると2012年3月公開予定とのこと。僕がインドにいる間に公開されるだろうか?

 音楽は多数の作曲家による合作となっている。重厚なストーリーながら、恋愛のシークエンスなどで効果的に挿入歌が入っており、決して場違いな雰囲気ではなかった。しかしひとつひとつの楽曲の力は弱い。

 舞台はウッタル・プラデーシュ州の片田舎にある架空の旧藩王国デーヴガルであったが、ロケはグジャラート州のデーヴガル・バーリヤーで撮影された。サーヒブの邸宅など、とてもいい雰囲気の建築物であった。

 「Saheb Biwi aur Gangster」は、ヴィシャール・バールドワージ監督の一連のシェークスピア映画を彷彿とさせる重厚な人間ドラマ。俳優たちの演技も素晴らしい。今週公開された多数の新作映画の中で、もっとも観る価値のある作品であろう。