Mausam

3.5

 やっと「Mausam」が公開された。パンカジ・カプールの映画監督デビュー作となるこの作品は再三に渡って公開が延期されて来た。元々は2011年7月公開予定だったのだが、アジャイ・デーヴガン主演「Singham」(2011年)に押されて延期となり、9月9日公開となった。ところがそれが1週間延期となり、その後さらに1週間延期となって、最終的に9月23日公開となった。この間、盗作訴訟、題名使用権訴訟、インド空軍からの物言いなどがあり、公開が危ぶまれて来たのだが、何とか無事に公開となった。

 主演はパンカジ・カプール監督の息子で人気男優のシャーヒド・カプール。ヒロインはソーナム・カプール。予告編は時代劇風な味付けがされており、またプリータムによる音楽の出来も上々で、公開が心待ちにされて来た。

監督:パンカジ・カプール
制作:シータル・ヴィノード・タルワール、スニール・ルッラー
音楽:プリータム
歌詞:イルシャード・カーミル
出演:シャーヒド・カプール、ソーナム・カプール、アヌパム・ケール、マノージ・パーワーなど
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 1992年。パンジャーブ州マッルコート村で生まれ育ったハリー(シャーヒド・カプール)は、空軍入隊を志す負けん気の強い若者だった。ハリーの近所には、カシュミール地方での騒乱から逃れてやって来た女の子アーヤト(ソーナム・カプール)が住んでいた。ハリーはアーヤトに一目惚れし、彼女を追い掛けるようになる。アーヤトの方も満更でもなく、二人の間には恋が芽生える。その頃バーブリー・モスク破壊事件が起きていたが、二人の間の愛情は変わらなかった。ところがアーヤトは突然ボンベイへ去ってしまう。一人残されたハリーの元には、インド空軍からの入隊合格通知が届いていた。

 1999年、スコットランド。インド空軍の少佐になっていたハリーはスコットランドに駐屯していた。そこで偶然ハリーはアーヤトと出会う。アーヤトは1992-3年のボンベイ暴動で叔父を失った後、父親と共に別の叔父を頼ってスコットランドへ移住していた。再び二人の間には恋が芽生え、結婚を決めるまでに至る。ところがハリーは突然アーヤトに何も告げずにインドへ去ってしまう。カールギル紛争が勃発し、インドへ急遽呼び戻されたからだった。ハリーの裏切りによってアーヤトの父親は心臓発作を起こし死んでしまう。アーヤトはハリーを探しにマッルコートまでやって来るが、彼の一家は皆英国に移住してしまっており、手掛かりは得られなかった。

 一方、ハリーはカールギル紛争で戦闘機隊を率いるが、機材の故障によって緊急着陸し、そのときに大怪我を負ってしまう。一命は取り留めたが、彼の左腕は麻痺してしまった。病院に半年間入院していたためにアーヤトとはずっと連絡できなかった。回復したハリーはアーヤトを探し始めた。しかし、彼女がカールギル紛争の頃にマッルコートを訪れたことまでは分かったものの、それ以降の足取りが掴めずにいた。スコットランドまで探しに行くが、既にアーヤトはいなかった。親戚のアクラムを頼って米国へ行ったとの噂だけが耳に入って来た。

 2001年。911事件が起き、米国においてイスラーム教徒への反感が強まると、アーヤトはアクラムやその子と共にインドへ帰ることを決める。その途中立ち寄ったスイスにおいて、アクラムはテロリストの疑いを掛けられて当局に連行される。ちょうど同じ頃ハリーもスイスにいた。偶然アーヤトを見掛けたハリーは彼女を追い掛けるが、アクラムと一緒にいるのを見て、彼女が結婚したと早とちりし、彼女に話し掛けずに立ち去る。

 2002年、ハリーは友人の結婚式に出席するためにアハマダーバードを訪れる。ちょうどその頃グジャラート暴動が発生し、ヒンドゥー教徒の暴徒がイスラーム教徒の居住区を襲撃する。ちょうどアハマダーバードに住んでいたアーヤトもこの暴動に被害に遭い、街を逃げ惑う。ちょうどそこへハリーが現れ、彼女を救い出す。また、ハリーはそのとき親を失って孤児となった女児を救う。ハリーとアーヤトは、結婚してその女児を育てることを決める。

 1992年から始まり、10年後の2002年に成就する長期的かつ運命的な純愛を描いた作品。面白いのは、同じ頃にインドや世界において起こった重大事件が二人の人生に何かしらの影響を与えて行くことである。映画で取り上げられていたのは、1992年のバーブリー・モスク破壊事件、1992-3年のボンベイ暴動、1999年のカールギル紛争、2001年の911事件、2002年のグジャラート暴動などで、どれもインド人や海外のインド系移民にとって歴史の転機と言える事件であった。

 舞台も目まぐるしく変化する。まずはパンジャーブ州の農村からストーリーが始まり、次にスコットランドへ飛び、カールギル紛争を転機に、スイスを経てグジャラート州アハマダーバードで完結する。舞台が変わると全く雰囲気も変わり、主人公二人の人生も変わる。題名の「Mausam(季節)」から、それらがインドの各季節(春・夏・雨季・秋・冬)を暗示しているのではとも考えたが、多分それは考え過ぎのようだ。マッルコート村でのシーンは冬から春と夏を経て雨季で終わっていたし、スコットランドのシーンは季節感がなかった。唯一、スイスのシーンだけは雪景色があり冬を感じさせられた。

 時代と舞台が変わるごとにガラリと雰囲気が変わってしまうために、映画の出来も各シーンごとに開きがあった。一番良かったのは最初のマッルコートでのシーンである。牧歌的な農村を背景に、若きハリーの夢と冒険に溢れた生活が活き活きと描かれると同時に、アーヤトとの馴れ初めが非常に丁寧に描写されていた。しかし、スコットランド、スイス、アハマダーバードで二人が偶然の出会いを繰り返すその後の展開は、いくら映画だからと言ってもあまりに非現実的で一気に映画の世界から引き戻されてしまった。

 およそ3時間ほどある長尺の映画だったが、それでもいくつかカットされたシーンがあるようで、ストーリーが飛び飛びになっていた部分も散見された。ひとつ明白なのはカールギル紛争での空中シーンで、インド空軍から物言いがあったためにかなりカットされた模様である。公開バージョンではハリーの乗った飛行機が突然故障して墜落しそうになるが、おそらく元のバージョンでは敵機との戦闘シーンがあったはずだ。また、もうひとつ気付いたのはマッルコート村でのシーンで、ハリーとアーヤトが雨に打たれながら話している部分だ。バーブリー・モスク破壊事件の後に突然そのシーンがあり、何らかの問題部分がカットされたと考えられる。だが、その後二人は10年間お互いを想い合う訳であり、そのためには二人の絆の強さがある程度納得できなければならない。その説得力が不自然なカットのために不十分だった。

 ストーリーのメインストリームを追うとハリーとアーヤトの純愛が核となっていた作品だったが、マッルコート村に住むラッジョーの存在は面白かった。ラッジョーはハリーにぞっこんで、ハリーもそれには気付いていたが彼女に気がなく、彼女の好意を利用するだけ利用していた。アーヤトが突然ボンベイに去ってからハリーとラッジョーの仲がどうなったのかは全く描かれていないが、その後、別の男と結婚したラッジョーがハリーとアーヤトの再会を邪魔したり、ハリーにそっと「今からでも2人で駆け落ちする気がある」と囁くシーンがあり、もっとうまく発展させて行けばストーリー上さらに面白いキャラクターになったと思う。だが、彼女の役割は限定的で、中途半端に終わってしまっていた。

 本作がパンカジ・カプールの初監督作品だということを考慮すれば、映画の完成度は高いと評価できる。冗長過ぎるシーンとカットすべきでなかったシーンが混在していたものの、全体的にはよく出来た作品だった。インド映画としてのアイデンティティーであるダンスシーンもうまくストーリーに組み込めていた。

 残念だったのはソーナム・カプールである。自分の中で彼女の評価はかなり揺れている。その揺れは彼女の演技のブレから来るものだ。非常にいいシーンもあったが、全く大根役者のシーンもあった。今回「Mausam」を観てみて、ソーナムの魅力が引き立つのは沈黙または口数少ないシーンだと気付いた。台詞回しが悪いのかそもそも声質が悪いのか、気が抜けたようなしゃべり方をするときがあり、それがかなりマイナスとなっている。今思えば彼女のデビュー作「Saawariya」(2007年)におけるサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の彼女の起用法は的を射ていた。しかしながら、ソーナムは今までの自身の出演作の中でもっとも優れた演技をしていたことだけは確かである。

 父親の監督作だけあって、シャーヒド・カプールの演技にも気合いが入っていた。特に序盤のマッルコート村での演技が非常に良かった。空軍に入ってからは口髭を生やしていたが、必ずしもそのルックスは彼には似合っていなかった。ちなみに、劇中でシャーヒド・カプールが乗っていたのはF-16 Super Viper。彼は撮影のために今年のバンガロール・エアロ・インディア・ショーで本当に搭乗した。トム・クルーズは「トップガン」(1986年)でF-15に搭乗したが、F-16に搭乗した俳優は世界でもシャーヒド・カプールだけらしい。ただ、インド空軍にF-16は配備されていないはずである。ロシア製のMiG、印露合作のSukhoi、フランス製のミラージュが中心の布陣だ。

 作曲はプリータム、作詞はイルシャード・カーミル。最近のヒンディー語映画の中ではベストの楽曲が揃っているが、その上にストーリーと見事にシンクロした内容の歌詞を持つ曲が適所に使われており、それが良かった。特に「Ik Tu Hi Tu Hi」が名曲であるし、パンジャービー・ダンスナンバー「Sajh Daj Ke」も良い。

 劇中にはオールドソングもいくつか使われていた。例えば「Hum Dono」(1961年)の「Abhi Na Jao Chhod Kar Ke Dil Bhara Nahin」や、「Dil Apna Aur Preet Parai」(1960年)の「Ajeeb Dastan Hai Yeh」など。これらもストーリーに沿って効果的に使われていた。

 言語は主にヒンディー語とパンジャービー語である。また、ソーナム・カプールが演じたアーヤトはカシュミール人との設定であり、カシュミーリー語が少しだけ出て来たように感じた。シャーヒド・カプールとソーナム・カプールが筆談で会話をするシーンがあり、そこではデーヴナーグリー文字とウルドゥー文字が使われる。

 パンカジ・カプール初監督作品「Mausam」は、足りない部分、カットすべきでなかった部分、もっと練るべきだった部分などが散見されるものの、全体的には佳作と評していいロマンス映画である。1992年から2002年までの時代背景を反映させながらストーリーが進む手法も面白い。シャーヒド・カプールのF-16搭乗シーンも大きな見所である。