Mirch

2.5

 今年最後の話題作「Tees Maar Khan」(2010年)の公開を次週に控えており、同作とのバッティングを避けて2010年12月17日には大きな作品の公開がなかった。代わりに小粒の映画が多数公開されることになった。その中でも比較的変わったテイストの「Mirch」を観ることにした。構成はいわゆるオムニバス形式となっており、数本の短編映画を合わせて1本の映画にしているが、全くテーマの異なる短編映画の寄せ集めではない。全体を貫くのは「女性の性欲と不倫」であり、さらに言えば、夫に不倫がばれてもうまく言い逃れ出来るほどの「女性の(ずる)賢さ」であり、それをウィットに富んだ手法で見せていた。ただ、それぞれの話はインド発祥の説話集「パンチャタントラ」に収められたものをベースにしており、そのウィットさも「パンチャタントラ」を源泉としていると言っていいだろう。監督は「Godmother」(1999年)のヴィナイ・シュクラー。コーンコナー・セーンシャルマーとラーイマー・セーンが一人二役を演じる上にホットなシーンにも挑戦。アルノーダイ・スィンが1人4役を演じる他、ボーマン・イーラーニー、シュレーヤス・タルパデー、シャハーナー・ゴースワーミー、ラージパール・ヤーダヴなどの個性派俳優が脇を固めている。

監督:ヴィナイ・シュクラー
制作:リライアンス・ビッグ・ピクチャーズ
音楽:モンティー・シャルマー
歌詞:ジャーヴェード・アクタル
振付:サロージ・カーン
衣装:マンディラー・シュクラー
出演:コーンコナー・セーンシャルマー、ラーイマー・セーン、ボーマン・イーラーニー、シュレーヤス・タルパデー、アルノーダイ・スィン、シャハーナー・ゴースワーミー、ラージパール・ヤーダヴ、スシャーント・スィン、イラー・アルン、ピトーバシュ、プレーム・チョープラー、サウラブ・シュクラー(特別出演)、ティスカ・チョープラー(特別出演)、マーヒー・ギル(特別出演)
備考:DTスター・ヴァサントクンジで鑑賞。

 マーナヴ(アルノーダイ・スィン)は映画監督になることを夢見てバンガロールからムンバイーに来ていた。彼は2年間、ひとつの脚本を様々なプロデューサーのところに持ち込んで直談判して来たが、なかなか監督を任してくれるプロデューサーはいなかった。ガールフレンドのルチ(シャハーナー・ゴースワーミー)の助言に従い、プロデューサーのニティン(スシャーント・スィン)と会う。ニティンもやはりマーナヴの脚本には難色を示すが、マーナヴが思い付きで提案した別の脚本には興味を示す。

 マーナヴが思い付いた脚本とは、「パンチャタントラ」収録の話をベースにしたもので、夫に浮気の現場を目撃された女性がうまく言い逃れるストーリーであった。時代は古代インド。職人のカーシー(ラージパール・ヤーダヴ)は妻マーヤー(ラーイマー・セーン)の浮気を確かめるため、旅に出ると嘘を付いて様子を見ることにする。マーヤーが水汲みに出掛けた隙にベッドの下に潜り込んで待っていると、案の定マーヤーは若い間男(アルノーダイ・スィン)を家に連れ込む。だが、夫が隠れていることに気付いたマーヤーは、ベッドの下の夫に聞こえるように間男に語り出す。「パンディト(僧侶)に、夫の命があと僅かだと予言され、それを防ぐためには夫以外の男と交わらなければならないと言われました。今日あなたをここにお呼びしたのはそういう訳です。」それを聞いたカーシーは妻の愛に涙する。

 ニティンは、同様の話を4つ用意し、インターバルの前に2話、後に2話を置いてひとつの映画にすることを考え、マーナヴに対し、残りのストーリーを考えて来るように命じる。1週間後、マーナヴとルチはストーリーを携えて再びニティンのオフィスを訪れる。マーナヴが考えて来たストーリーは以下のようなものだった。

 中世のラージャスターン地方。ニルグン・スィン王(プレーム・チョープラー)は70歳にして4回目の結婚をすることを思い付き、若きラヴニー(コーンコナー・セーンシャルマー)を娶る。しかしニルグン・スィン王は老齢のために不能となっており、ラヴニーは性的欲求不満を募らすばかりであった。そこでラヴニーの侍女ケーサル(イラー・アルン)は若い家臣(アルノーダイ・スィン)をラヴニーの欲求のはけ口にさせようとする。だが、家臣は3つの条件を出す。ひとつめはニルグン・スィン王の寵愛する猫を殺すことであった。ラヴニーは猫に薬を飲ませて気絶させる。ふたつめの条件はニルグン・スィン王の出っ歯を抜くことであった。ラヴニーは王の歯が虫歯になっていると嘘を付き、歯を引っこ抜く。だが、みっつめの条件は非常に難しかった。それは王の目の前で交合することであった。ラヴニーは知恵を働かせ、方法を思い付く。ある晩、ニルグン・スィン王とラヴニーは家臣を連れて庭に散歩に出掛ける。リンゴの木の下でラヴニーはリンゴが欲しいと言い出し、家臣が木に登る。ところが木から下を見下ろした家臣は、王とラヴニーが外で交接をしていると言い出す。だが、王とラヴニーは何もしていなかった。家臣の言葉を信じない王は、今度は自分で木に登って確かめる。その隙に家臣とラヴニーは実際に交接する。王はそれを見て怒り、苦労して下りて来るが、そのときまでに2人は事を終えており、何もしていなかったと言う。ラヴニーは、木にお化けが宿っていて、幻を見せたのだろうと言い、王もそれを信じる。

 今までの2つのストーリーはニティンも気に入ったが、どちらも時代劇であり、残りの2話は現代のストーリーにすることを求めた。そこでマーナヴは15分の時間(これがインターバルとなる)をもらい、その間に話を考える。

 マンジュル(シュレーヤス・タルパデー)は、妻の浮気を目撃して心臓発作を起こし入院したサティーシュ(サウラブ・シュクラー)の話を聞いて、妻マンジュラー(ラーイマー・セーン)の貞操を疑うようになり、彼女を試すことにする。マンジュルは出張に行ったと見せかけて、変装してマンジュラーに言い寄る。1回目は米国から来た旧友に化け、2回目は彼のボスを装いマンジュラーに近づいたが、2回ともマンジュラーは誘いに乗らなかった。マンジュルはすっかり安心してしまう。ところが1年後、夫婦間の愛情は以前ほど濃くなくなり、マンジュラーは欲求不満を抱えることになる。たまたま立ち寄った画廊で画家(アルノーダイ・スィン)と出会い、やがて不倫関係となる。あるときマンジュルが出張に出掛けた後、マンジュラーと画家は情事に没頭していた。だが飛行機がキャンセルとなり、マンジュルが家に帰って来てしまった。マンジュルに浮気現場を目撃されたマンジュラーは、てっきりマンジュルが変装してまた自分の貞操を確かめているのかと思ったととぼける。

 ニティンから絶賛を受けたマーナヴは得意になって最後のストーリーを語り出す。

 アーシュー・ホートマル(ボーマン・イーラーニー)は妻アニーター(コーンコナー・セーンシャルマー)に会議だと嘘を付いてホテルにチェックインし、コールガールを呼ぶ。ところがやって来たコールガールのブルカーを脱がしてみると、妻のアニーターであった。実はアニーターも夫に内緒でコールガールをしていたのだが、咄嗟に「あなたがコールガールを呼んで遊んでいると聞いて、確かめるために来た」と言い、アーシューもそれを信じる。

 マーナヴは以上の4つの話をニティンに聞かせたが、ここに来てニティンは、4つを結ぶものがなければ映画には出来ないと言い出す。そこでマーナヴはニティン自身のキャラクターを使い、ニティンの妻スィーマー(ティスカ・チョープラー)を登場させて、ニティンがスィーマーの貞操を疑うというストーリーを作る。そのときニティンから電話があり、映画制作にゴーサインが出る。

 不倫現場を夫に目撃された女性が、冷静さを失わずに咄嗟に知恵を働かせ、うまく夫を信じ込ませて事なきを得るというストーリーを4つ集めた作品で、一休さんのようなトンチ物語を見ているような気分だった。古代、中世、そして現代と時代を変えてひとつのテーマに迫っていたのも、いつの時代にも人間は変わらないという事実を浮き彫りにしており、いい効果を出していた。映画は決して女性の狡賢さを糾弾し、男性の間抜けさを笑うような内容ではなく、多少エロティックながらも終始ウィットに富んでおり、それぞれの小話の読後感は悪くない。ただ、やはりわざわざ映画館で見るようなレベルの映画ではなく、存在意義は疑問符付きである。4つの話をまとめる枠となるストーリー(マーナヴ、ルチ、ニティンの話)も大して面白くなく、この映画の大きな弱点となっていた。ニティンとルチの関係も結論が出ていなかった。

 インドの社会では男性の不倫よりも女性の不倫の方が厳しい目で見られることが多く、インド映画でも既婚男性の不倫がコメディータッチで描かれることは普通だが、既婚女性の不倫はなかなか笑って済ませられない。「Mirch」はそのタブーに風穴を開ける作品だと評価出来るかもしれない。

 4つの小話の中でグリップ力があったのはやはり前半の2話、古代と中世を舞台にしたものだ。古代の小話ではラーイマー・セーンの妖艶さが際立っていたし、中世の小話はストーリーがもっとも奇想天外で面白かった。この2話では台詞にも特徴があった。古代の小話ではサンスクリット語を多用した台詞になっており、中世の小話では特にイラー・アルン演じるケーサルを中心にラージャスターニー方言の台詞が用いられていた。それらに比べると後半の2話は力不足であったが、ラーイマー・セーンは3話目においてかなり大胆な肌露出やベッドシーンに挑戦しており、大きな見所となっていた。コーンコナー・セーンシャルマーの登場する中世の小話にも一応ベッドシーンはあったが、それほどエロティックな描写の仕方はされていなかった。今回4役を演じたアルノーダイ・スィンは、ラーイマー・セーン、コーンコナー・セーンシャルマー、シャハーナー・ゴースワーミーの3ヒロインと絡みがあり、一番おいしい役であったが、彼自身から俳優としてやっていけるだけの演技力は感じなかった。ラージパール・ヤーダヴ、シュレーヤス・タルパデー、ボーマン・イーラーニーなどの演技はいつも通り適格であった。また、マーヒー・ギルがエンドクレジットに流れるアイテムナンバー「Tikhi Tikhi Mirch」でアイテムガール出演している。

 インド映画らしく途中で挿入歌もいくつか入っているが、ダンスは最後の「Tikhi Tikhi Mirchi」のみで、ストーリー中に入る曲は全てBGM扱いである。ただ、映画の雰囲気にとても合ったものばかりで、印象的だった。

 ちなみに題名になっている「Mirch」についての言及は劇中に2回出て来る。1回目は中世ラージャスターンの小話においてで、王の后と交わるように侍女に言われた家臣が「私は王の塩を食べた(裏切れない)」と言うのだが、侍女は「ミルチ(唐辛子)も食べてみなされ」と返す。ここでのミルチとは、欲求不満の后のことを指す。2回目の「ミルチ」は4つの小話の枠となっているストーリー中に出て来る。脚本にゴーサインを出したニティンはひとつの条件を出す。それは映画に「ミルチ」を入れることであった。ここでの「ミルチ」とはアイテムソングのことで、その直後アイテムソング「Tikhi Tikhi Mirch」が始まり、マーヒー・ギルが踊るという訳である。

 「Mirch」は、女性の不倫とその見事な切り抜け方に焦点を絞ったオムニバス形式の映画。ひとつひとつの短編はとんち話のようで観ていて面白いが、映画全体の完成度という点ではどうしてもまとまり方が弱い。わざわざ観る必要はないだろう。