We Are Family

4.0

 今年の話題作の一本、カラン・ジョーハル制作「We Are Family」が本日(2010年9月3日)より公開となった。元々9月10日公開予定だったのだが、サルマーン・カーン主演の話題作「Dabangg」も同日公開だったため、衝突を避けて1週間前倒しで公開となった経緯がある。

 ストーリーはオリジナルではなく、ハリウッド映画「Stepmom」(1998年)のリメイクである。インド映画にはハリウッド映画の無断コピーが多いことは周知の事実であるが、「We Are Family」ではちゃんとタイトルクレジットで原作の明記があり、著作権が尊重されていた。非常に重要な一歩だと言える。主演はカージョルとカリーナー・カプール。共にカラン・ジョーハル・キャンプに属するA級ランクの女優である。この2人の共演は「Kabhi Khushi Kabhie Gham」(2001年)以来となる。最近出番の増えたアルジュン・ラームパールも主演だが、本作は女性中心ドラマであり、重要度は若干下がる。監督のスィッダールト・P・マロートラーはカラン・ジョーハルの助監督上がりで、今回が監督デビュー作となる。

監督:スィッダールト・P・マロートラー(新人)
制作:ヒールー・ヤシュ・ジョーハル、カラン・ジョーハル
原作:「Stepmom」(1998年)
音楽:シャンカル・エヘサーン・ロイ
歌詞:イルシャード・カーミル、アンヴィター・ダット・グプタン
振付:ボスコ・シーザー
衣装:マニーシュ・マロートラー、シラーズ・スィッディーキー
出演:カージョル、カリーナー・カプール、アルジュン・ラームパール、ディーヤー・ソーネーチャー(子役)、ノーミーナート・ギンズバーグ(子役)、アーンチャル・ムンジャル(子役)
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞、ほぼ満席。

 オーストラリア在住のインド人女性マーヤー(カージョル)は、離婚した元夫アマン(アルジュン・ラームパール)との間に出来た3人の子供――上から順に13歳の長女アーリヤー(アーンチャル・ムンジャル)、10歳の長男アンクシュ(ノーミーナート・ギンズバーグ)、6歳の次女アンジャリ(ディーヤー・ソーネーチャー)――を女手ひとつで育てていた。アマンとの関係は完全に切れておらず、たまにアマンは子供たちの面倒を見ていた。子供たちも父親と会えるのを楽しみにしていた。

 ある日、アマンはガールフレンドのシュレーヤー(カリーナー・カプール)をマーヤーや子供たちに引き合わす。シュレーヤーはファッションデザイナーの卵であった。シュレーヤーは精一杯仲良くしようと努めたが、第一印象は最悪で、マーヤーも子供たちもシュレーヤーを毛嫌いするようになる。特に年長のアーリヤーは、シュレーヤーがアマンと結婚しようとしていることに勘付き、そうなったら父親が永遠に奪われてしまうと危惧するようになる。

 それでも、いくつかの事件を経て、シュレーヤーは子供たちと仲良くなる。まずはもっとも幼いアンジャリがシュレーヤーと友情を結び、アンクシュもそれに続く。だが、アーリヤーだけは絶対にシュレーヤーを認めようとしなかった。

 一方、マーヤーは子宮頸がんに罹っていることが分かり、医者には余命わずかと宣告される。マーヤーはアマンにそのことを明かす。それを聞いたアマンは、最期のときだけでもマーヤーと一緒に過ごそうと考え、シュレーヤーと別れてマーヤーや子供たちと暮らし始める。しかしマーヤーは自分が死んだ後の子供たちのことを考え、シュレーヤーを代わりの母親として迎え入れることを決める。マーヤーはシュレーヤーに会いに行き、自分の病気のことを明かして、子供たちの代理の母親になってくれるように頼む。

 シュレーヤーはマーヤーの家に住むようになる。アンクシュとアンジャリは大喜びだったが、アーリヤーはまだ彼女のことを認めていなかった。しかし、シュレーヤーとアーリヤーも和解し、こうして2人の母親が同居するちょっと変わった家族が形となった。シュレーヤーは完全に子供たちの心を掴んだが、逆にマーヤーは次第に疎外感を感じるようになって来る。ある日2人の間で口論が生じ、シュレーヤーは家を出て行ってしまう。だが、それからすぐにマーヤーは倒れてしまう。

 マーヤーは病院に搬送された。しばらく昏睡状態が続いたが、やがて目を覚ます。死期を悟ったマーヤーはシュレーヤーに後のことを託し、最期のディーワーリー祭を家で過ごすことにする。そこでアマンらはマーヤーに今までの想い出の写真を見せ、最期の家族写真を撮影する。その写真の中にはシュレーヤーの姿もあった。

 数年後・・・アーリヤーの結婚式。シュレーヤーは美しく着飾ったアーリヤーに、マーヤーから預かった腕輪を渡す。そして死んだマーヤーのことを思い出す。

 原作となっている「Stepmom」は未見であるため、どの程度がオリジナルで、どの程度がインド映画アレンジとなっているか判別できないのだが、とてもインド映画らしい、家族愛をテーマにした感動作だと感じた。同じカラン・ジョーハル制作の名作「Kal Ho Naa Ho」(2003年)以来の感動と言っていい。鑑賞している間、これほど多くの涙が溢れ出てきたのは久し振りであった。

 カラン・ジョーハル監督の「Kabhi Alvida Naa Kehna」(2006年)では不倫、離婚から再婚に至るまでが描かれていたが、「We Are Family」では離婚から数年経った状態からストーリーが始まる。長女が13歳、末っ子が6歳という設定であるため、普通に考えたら、少なくとも主人公アマンとマーヤーの結婚生活は7年以上続き、離婚後最大6年ほど経ったことになる。離婚の原因は「お互い愛し合っていたのに喧嘩ばかりしていた」と語られていただけで、詳しく説明はされていなかったが、それはこの映画では重要ではない。離婚はしたものの、元夫婦の仲は良好で、普段母親の元で暮らす子供たちも、父親が度々会いに来てくれるため、父親の不足を感じることはなかった。

 しかし、アマンが離婚後に出会い、3年間ほど付き合って来た恋人シュレーヤーとの結婚を決めたことと、マーヤーの子宮頸がんが発覚したことで、大きく物語が動き出す。マーヤーとシュレーヤーの関係は、一人の男性を巡るいわゆる三角関係となるが、元妻と現恋人という立場であるために、恋敵的な敵対関係はあからさまには生まれない。むしろ子供たちの方が、父親を奪われることを恐れ、シュレーヤーに敵意をむき出しにしていた。もしマーヤーが子宮頸がんに罹っていなかったら普通の三角関係にもなっていたかもしれないが、余命あとわずかであることが分かったために、マーヤーとシュレーヤーの関係は、子供を中心に、実母と継母の関係となる。そしてマーヤーはシュレーヤーに子供を託し、死んで行く。もちろんマーヤーとシュレーヤーの仲は最初から良好だった訳ではない。最初の顔合わせでは事が悪い方向に悪い方向に進み、最悪のものとなってしまった。シュレーヤーが継母になることを承諾した後も、カットがあったのか多少唐突ではあったが、衝突があった。その原因は、意外にも早く子供たちの心を掴んだシュレーヤーに対してマーヤーが覚えた嫉妬であった。それでいて、同じ男性を共有し、子供を託し託される間柄となった二人の女性の間の、友情よりも強い絆がよく描写されていた。

 だが、「We Are Family」の隠れたテーマとなっていたのは、現代の女性が直面する、働く女性と結婚・子育てという問題である。劇中では簡単に触れられていただけだったが、マーヤーは元々出版社に勤めていて、結婚後は3人の子供を育てる主婦をしていた。一方、シュレーヤーはファッションデザイナーの卵で、自称キャリアウーマンであった。しかも、幼少時に母親を亡くしており、母親がどういうものかをあまり理解していなかった。シュレーヤーはマーヤーに継母になるように頼まれたとき、「キャリアウーマンの私にはいきなり3人の子供を育てることは無理だ」と言う。だが、それに対しマーヤーは、「どの女性にも母親は隠されているわ」と励ます。そしてエンディングでシュレーヤーは、アーリヤーを嫁に出す際に死んだマーヤーを思い出して、「私も母親になれたわ」とつぶやく。バリバリ働いていた女性でも、結婚し、子供を産むことで、自然に母親になれるということを伝えていたと感じた。ただ、シュレーヤーがアマンと結婚後もファッションデザイナーを続けたのかどうかは不明だし、アマンとの間に子供が出来なかったかという点にも言及がなかった。その辺りは、物語の焦点ではなかったものの、話を単純にし過ぎていたような気もした。

 やんちゃな子供たちが新しい親を受け容れるというプロットは、「Thoda Pyaar Thoda Magic」(2008年)とも似通っていたし、不治の病に罹った妻が、自分の死後のことを考えて、夫の新しい伴侶、そして子供の新しい母親を予め決めるという点では、カラン・ジョーハル監督自身の出世作「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)にも通じるものがある。死に行く人が別の同性に自分の愛する人を託すという流れは、やはりカラン・ジョーハル制作「Kal Ho Naa Ho」そのままで、マーヤーが最期にシュレーヤーに言う「子供たちの昨日は私のもの、でも子供たちの明日はあなたのもの」という台詞も、「Kal Ho Naa Ho」でアマン(シャールク・カーン)が最期にローヒト(サイフ・アリー・カーン)に言う名台詞「今生ではナイナー(プリーティ・ズィンター)はお前のものだが、来世ではオレのものだからな」を想起させる。だが、「We Are Family」は、2人の女性を中心に、単なる恋愛ではなく、愛のかなり深い意味にまで迫った傑作だと言える。

 ちなみに、オーストラリアを舞台にしたこの映画には、インド人がオーストラリアで受けている人種差別、いわゆる「カレー・バッシング」に関するシーンも含まれていたらしい。だが、全体の雰囲気にそぐわないということでカットされた。確かにそういうシーンがあったとしたら蛇足に感じたと思う。

 「We Are Family」の成功の一因はキャスティングの妙にある。適材適所という言葉がふさわしい。既に一児の母であり、現在もう一人の子供を妊娠中のカージョルは、すっかり家庭的女性の役が似合うようになり、演技も素晴らしかった。まだ未婚のカリーナー・カプールは、一方で高ビーで子供嫌いそうなイメージがあるために、序盤の子供たちとそりが合わないシーンはピッタリであったし、他方でやっぱり子供好きっぽい無邪気さもあって、中盤から終盤にかけての、子供たちとじゃれ合うシーンも似合っていた。ヒンディー語映画界切ってのハンサムボーイ、アルジュン・ラームパールもすっかり大物になった。前妻との間に3児がありながら再婚できてしまうアマンを演じるには、アルジュンほどの圧倒的なルックスがないと説得力がない。この三人のケミストリーも抜群で、特にカージョールとカリーナーの共演、そしてお互いに一歩も譲らない競演は大きな見所であった。

 子役の三人もとても良かった。やはり最年少のアンジャリを演じたディーヤー・ソーネーチャーが一番キュートで活躍の場も多かったが、アンクシュを演じたノーミーナート・ギンズバーグ、アーリヤーを演じたアーンチャル・ムンジャルも並以上の演技をしていた。

 音楽はシャンカル・エヘサーン・ロイ。事前にサントラCDを買って音楽をざっと聴いたところでは、奇をてらった曲が多すぎて、これをどう映画中で使うのかと疑問に思ったが、実際に映画を観たところでは、全てうまくストーリーにはまっていた。特筆すべきは「Dil Khol Ke Let’s Rock」。エスビス・プレスリーの有名な「監獄ロック(Jailhouse Rock)」のヒンディー語カバーとなっている。アルジュン・ラームパール、カージョール、カリーナー・カプールの三人が踊る、映画中で唯一豪華な群舞となっている。そういえば「Kal Ho Naa Ho」ではロイ・オービンソンの「オー・プリティ・ウーマン(Oh, Pretty Woman)」のヒンディー語カバーがあった。カラン・ジョーハルの趣味であろうか?

 言語は典型的な現代ヒンディー語娯楽映画のもので、英語と標準ヒンディー語のミックス。英語の割合は多いので、ヒンディー語が出来なくてもある程度理解できるだろうし、ヒンディー語が少しできるだけでも結構聞き取れるだろう。

 「We Are Family」は、ハリウッド映画「Stepmom」の公式リメイクではあるものの、インド映画らしい家族愛のメッセージが込められた感動作である。流れる涙の量では今のところ今年最大保証。必見の映画である。