Lahore

3.5

 ヒンディー語映画界にもスポーツ映画というジャンルがやっと確立されつつある。現実のインドスポーツ界を反映し、ヒンディー語スポーツ映画も、クリケット映画と非クリケット映画に大きく分類される。そして非クリケット映画には必ずと言っていいほど、クリケットの圧倒的な人気の影に隠れる他のスポーツの惨状やトラウマが描写される。非クリケット映画で代表的なものは、女子ホッケーを題材とした「Chak De! India」(2007年)、サッカーを題材とした「Dhan Dhana Dhan Goal」(2007年)、ボクシングを題材とした「Aryan」(2006年)や「Apne」(2007年)、モータースポーツを題材とした「Ta Ra Rum Pum」(2007年)などがある。

 2010年3月19日公開の「Lahore」は、キックボクシングを主題にした映画である。だが、印パのキックボクシング選手の因縁の対決を主軸に据えており、単にスポーツの枠組みに収まらず、印パ親善やスポーツの政治利用と言った大きな枠組みの中で語られるべき壮大な映画となっている。パーキスターンにある都市の名前が題名になっているが、れっきとしたインド映画である。

監督:サンジャイ・プーラン・スィン・チャウハーン(新人)
制作:ヴィヴェーク・カートカル、JSラーナー
音楽:MMカリーム
歌詞:ジュナイド・ワースィー、パンチー・ジャローンヴィー、ピーユーシュ・ミシュラー
アクション:トニー・リャン(梁小熊)
出演:ファールーク・シェーク、ナフィーサー・アリー、アナハド(新人)、シュラッダー・ダース、シュラッダー・ニガム、サビヤサーチー・チャクラボルティー、ケリー・ドルジ、スシャーント・スィン、サウラブ・シュクラー、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、ムケーシュ・リシ、ニルマル・パーンデーイ、Kジーヴ
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 ディーレーンドラ・スィン(スシャーント・スィン)はラージャスターン州出身の有能なキックボクサーであった。弟のヴィーレーンドラ(アナハド)も大学まではキックボクシングをしていたが、現在はクリケットに転向し、注目の若手選手として名を知られていた。ディーレーンドラの才能は、インドキックボクシング連盟のコーチSKラーオ(ファールーク・シェーク)の目に留まり、彼はマレーシアのクアラルンプールで開催されるアジア大会におけるインド代表に選ばれた。ディーレーンドラは決勝戦まで勝ち進み、パーキスターンのヌール・ムハンマド(ムケーシュ・リシ)と対戦することになった。ディーレーンドラはヌールを打ち負かすが、試合終了後にヌールは油断したディーレーンドラに背後から蹴りを喰らわす。打ち所が悪く、ディーレーンドラは死亡してしまう。

 不意打ちによるディーレーンドラの死はインド国民を憤らせ、パーキスターン大使館前では抗議デモが行われた。SKラーオも、パーキスターンへの抗議の気持ちを隠し切れなかった。しかし、タイミング悪く、印パ間ではキックボクシングの親善試合がラホールで開催されることが決まっていた。キックボクシング連盟の会長を務める政治家クンジャル・バースカル・レッディー(Kジーヴ)は、ディーレーンドラの死を穏便に処理し、何とか親善試合を決行しようとする。マレーシアからも、ディーレーンドラの死は事故であるとの報告書が送られて来る。二国間の政治に翻弄される中、ディーレーンドラの死はなかったこととされそうになる。

 ディーレーンドラの母親(ナフィーサー・アリー)や許嫁のニーラー・チャウドリー(シュラッダー・ニガム)の悲しみは人一倍深かった。また、パーキスターンからはキックボクシングチーム付き精神科医イダー(シュラッダー・ダース)が来ており、ディーレーンドラの家族を慰めていた。そんな中、一人復讐の炎を燃やしていたのが、ディーレーンドラの弟ヴィーレーンドラであった。彼はSKラーオを訪ね、キックボクシングに再転向したいと直訴する。SKラーオはその情熱を見て、彼のテストをすることにする。ヴィーレーンドラの才能はディーレーンドラ以上で、急遽ラホールでの親善マッチの代表5人の中に選ばれる。

 ディーレーンドラの弟ヴィーレーンドラが代表に選ばれたことで、パーキスターンではその意図が大いに議論された。インド代表がパーキスターンに着くと、イダーは早速ヴィーレーンドラに会いに行き、その真意を問うが、ヴィーレーンドラは沈黙を守ったままだった。

 遂に親善マッチの日がやって来た。因縁のヴィーレーンドラVSヌールの試合は第5回戦に行われた。ヴィーレーンドラは試合開始直後から反則無視でヌールを執拗に攻撃する。ヌールも躍起になって反撃したため、試合は予想通り大荒れとなる。最終的にヌールはダウン寸前となるが、ヴィーレーンドラは兄の「スポーツは戦争じゃない」という言葉を思い出し、トドメをしなかった。時間切れとなり、判定でヴィーレーンドラは負ける。団体戦の最後の試合で、ここまで2対2であったため、第5回戦の勝敗でもってパーキスターン側の勝利が決定する。だが、壇上に立ったヌールは初めてヴィーレーンドラに謝罪し、二人は抱き合う。それをきっかけとして印パの選手やコーチは抱き合い、お互いの健闘を讃え合う。

 サンジャイ・プーラン・スィン・チャウハーン監督はこの映画が監督デビュー作のようだが、全くそれを感じさせない、熟達した技術で満ちたスケールの大きな作品であった。キックボクシングの映画であるため、まずはキックボクシングの試合シーンがしょぼかったらお話にならない。だが、「Lahore」はハリウッドにも負けないくらいの臨場感ある試合シーンを達成しており、その点でまず合格だった。また、ストーリー進行に伴って舞台がデリー、クアラルンプール、ラホールと移動するが、各ロケ地で全く手抜きせずに細部までこだわって演出されており、安っぽさを微塵も感じなかった。特に印パ関係を考慮するとラホールでのロケは大きな見所である。俳優陣にスーパースターはいないが、皆素晴らしい演技をしており、重厚な物語を構成するのに大きく貢献していた。以上の点で映画としての楽しさが確保されていたが、それに加えてこの映画は印パ親善という南アジアの安定に欠かせない重要なメッセージが発信されており、意義のある映画になっていた。

 だが、「Lahore」の中でもっとも評価したいのは、非暴力主義に則ったストーリーである。インドでは復讐をテーマにした映画が昔からいくつも作られて来た。多くの復讐映画は、復讐を果たしてエンディングとなる。最近のヒット映画にもこの伝統的なストーリーラインに沿った作品は多い。例えば「Ghajini」(2008年)や「Wanted」(2009年)などが挙げられるだろう。非常に分かりやすい筋書きだが、僕はそのような単純な復讐劇をあまり高く評価していない。代わりに高く評価しているのが、復讐や憎悪などの負の感情を許容や非暴力などの高い精神性でもって克服するエンディングの作品である。「Lahore」は正にそのような作品であった。

 主人公のヴィーレーンドラは、兄の仇であるパーキスターンのキックボクサー、ヌールに復讐するため、クリケットのキャリアを捨ててキックボクシングの選手となる。ヴィーレーンドラの思惑通り、印パ親善試合でヌールと対戦することになり、あと一歩のところで彼にトドメをさせることができた。しかし、そのとき兄の「スポーツは戦争ではない」という言葉を思い出し、復讐を止める。それがきっかけでヌールも自分の行為を謝罪し、二人の間で、さらには印パ間で、友情が芽生える。映画の最後のマハートマー・ガーンディーの有名な格言「目には目を、が世界を盲目にしてしまった」が引用されており、映画のテーマがより鮮明になっていた。

 スポーツを戦争と同一視したり、政治の道具にしたりすることへの批判もこの映画には込められていた。パーキスターンのキックボクシング・チームは、試合を戦争、敗者には死あるのみ、と考え、そうでなければ勝利は呼び込めないという哲学を持っていた。勝利への執着が、結果的に負けそうになったヌールを自暴自棄にさせ、ディーレーンドラの命を奪う反則につながった。また、ヴィーレーンドラは元々キックボクシングをしていたのだが、殴り合いをスポーツと考えることができずにクリケットに転向した過去を持っていた。兄が試合中に殺されたことで、彼はキックボクシングに再転向するが、逆の意味で彼は試合を単なるスポーツとは見ていなかった。彼にとってそれは復讐の手段であった。だが、ずっとキックボクシングを続けていたディーレーンドラにとって、キックボクシングは純粋なスポーツであった。だからこそ彼はこのスポーツの頂点に立つこともできた。彼がかつて弟に語った言葉が最終的に弟を復讐の道から解放する。

 インドのスポーツはクリケットを含め国家の管理下に置かれており、政治家や官僚の玩具となっている。インドのスポーツ選手たちの成績やモチベーションが低いのは、このシステム自体に問題があるようで、それは「Chak De! India」でも批判されていた。「Lahore」では、政治家が印パ親善試合ありきで話を強引に進めようとし、インド人選手がパーキスターン人選手の反則によって死んだことを意図的に闇に葬り去ろうとするシーンで、政治とスポーツの癒着の危険性が指摘されていた。

 また、クリケットとクリケット以外のスポーツの格差への言及も「Lahore」は忘れていなかった。兄のディーレーンドラが儲からないキックボクシングの選手で、弟のヴィーレーンドラが花形スポーツであるクリケットの選手という設定であった。そして、ヴィーレーンドラがクリケットのキャリアを捨ててキックボクシングを始めるプロットによって、クリケット以外のスポーツもインドの国旗を背負って戦っていることが主張されていた。IPL一色のこの時期に、意義あるメッセージを持った映画であった。

 本作がデビュー作となる主演ヴィーレーンドラ役アナハド、テルグ語映画界で活躍中で本作がヒンディー語映画デビューとなるヒロイン、イダー役のシュラッダー・ダース、いつもは悪役が多いが今回は主演以上の見せ場があった兄ディーレーンドラ役のスシャーント・スィンなど、若手の力演が目立った。だが、「Lahore」でもっとも実力を感じさせられたのはインドのコーチ役を演じたファールーク・シェークである。70~90年代まで、「Garam Hawa」(1973年)、「Shatranj Ke Khiladi」(1977年)、「Umrao Jaan」(1981年)など、数多くの名作に出演しているが、最近は寡作となっている。「Saas Bahu aur Sensex」(2008年)で味のある演技をしていたが、今回はさらに飄々とした演技を見せており、底力のある名優であることを再認識させられた。他にもムケーシュ・リシ、ケリー・ドルジ、サビヤサーチー・チャクラボルティーなど、普段あまり目立たない俳優たちがこれでもかと演技力を戦わせていた。先日死去したニルマル・パーンデーイにとっては本作が遺作となってしまった。

 音楽はMMカリームだが、真面目なドラマであったため、ダンスシーンなどの挿入はなく、挿入歌の使用も限定的であった。サントラCDに収録された曲にも魅力的なものは少ない。唯一、ラーハト・ファテー・アリー・カーンが歌うカッワーリー曲「O Re Bande」が良い。

 上述の通り、舞台は主にデリー、クアラルンプール、ラホールの3都市となっている。デリーのシーンではクトゥブ・ミーナール、フマーユーン廟、コンノートプレイス、インド門などが、ラホールのシーンではバードシャーヒー・マスジド、ラホール・キラー、ミーナーレ・パーキスターンなどが出て来ていた。パーキスターンのロケは、外国人スタッフに委託しての遠隔操作で実行したらしい。一瞬だけハイダラーバードのシンボル、チャール・ミーナールが出て来るシーンもあった。他にジャイプルのロケもあったのではないかと思うが定かではない。面白いのは、場所を示す文字が、シーンに合わせて変化していたことだ。パーキスターンのシーンではウルドゥー文字が、マレーシアのシーンでは漢字が、ハイダラーバードのシーンではテルグ文字が表示されていた。

 劇中でカーンワリヤーが登場する。映画の中でカーンワリヤーを見たのは初めてかもしれない。カーンワリヤーとは、雨期の頃に北インドで行われるシヴァ神巡礼である。オレンジ色の衣服を身にまとい、ハリドワールからガンガー河の聖なる水を徒歩で運ぶ。カーンワリヤーの参加者には血気盛んな田舎の若者が多いため、巡礼ルート上にある都市などで地元の人々とトラブルを起こすことが多い。「Lahore」でもやっぱりトラブルが起こっていた・・・。

 ちなみに、印パ友好がテーマの映画ながら、皮肉なことにパーキスターンではこの映画の上映が禁止された。特定の台詞やシーンがパーキスターン政府の意向に合致しなかったようである。

 「Lahore」は、話題作の公開が控えられる時期に公開となった映画ではあるが、非常にしっかりと作られた傑作である。ヒンディー語スポーツ映画の傑作と表現してもいい。国際的な映画祭で数々の賞も受賞しているが、それも納得できる。スターパワーはないが、代わりに普段目立たない俳優たちの熱演が見られるのもいい。現在公開中の映画の中ではもっとも安心してオススメできる映画である。