Striker

2.0

 カラン・ジョーハル監督の超話題作「My Name Is Khan」(2010年)の公開が翌週に控えているため、2010年2月5日公開のヒンディー語映画はマイナーなものばかりだ。その中でもかろうじて集客力があると思われるのは、スィッダールト主演の「Striker」である。スィッダールトは基本的にテルグ語映画界で活躍中の俳優・プレイバックシンガー・脚本家であるが、ヒンディー語映画「Rang De Basanti」(2006年)で好演してヒンディー語圏の観客にも名が知られるようになった。しかし、元々寡作なこともあり、彼のヒンディー語出演作はそれ以来途絶えていた。この「Striker」で4年振りのヒンディー語映画カムバックとなる。監督は「Main Madhuri Dixit Banna Chahti Hoon」(2003年)や「Main Patni Aur Woh」(2005年)のチャンダン・アローラー。興行的には必ずしも成功していないが、しっかりとした作品を作る監督である。「Striker」は、1980年代からムンバイー暴動が発生した1992年までの時代を背景に、キャロムの名人を主人公にした、実話に基づいた作品である。ちなみにキャロムとは、ビリヤードに似たルールのボードゲームであり、インドでは非常にポピュラーである。

監督:チャンダン・アローラー
制作:チャンダン・アローラー
音楽:ヴィシャール・バールドワージ、ユヴァン・シャンカル・ラージャー、アミト・トリヴェーディー、ブラーゼ、シャイレーンドラ・バールヴェー、スワーナンド・キルキレー
歌詞:ニティン・ラーイクワール、ブラーゼ、プラシャーント・インゴーレー、ジーテーンドラ・ジョーシー、スワーナンド・キルキレー、グルザール
出演:スィッダールト、アーディティヤ・パンチョーリー、アンクル・ヴィカル、アヌパム・ケール、ニコレット・バード、パドマプリヤー、スィーマー・ビシュワースなど
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 ムンバイーのスラム街マールワーニーで育ったスーリヤ(スィッダールト)は、幼い頃から兄にキャロムを習い、才能を開花させていた。それが実を結び、ジュニア・チャンピオンにも輝いた。だが、血気盛んだったスーリヤは、幼少時からマールワーニーを支配するマフィアのドン、ジャリール(アーディティヤ・パンチョーリー)と何かと衝突していた。

 成長したスーリヤはドバイへ出稼ぎに行くために動いていたが、エージェントに騙されて今までの稼ぎを失ってしまう。悪友のザイド(アンクル・ヴィカル)に勧められ、ジャリールの主催する賭博キャロムに挑戦する。キャロムをやめて数年経っていたが、腕は鈍っておらず、勝負に勝って大金を得る。以後、スーリヤは再びキャロムに手を出すようになる。

 スーリヤの本業は宝石商間の運び屋であったが、ある日大金を運んでいるときにスリに遭い、損失を補填しなければならなくなってしまう。急いで大金を作る必要に迫られたスーリヤはジャリールの主催する賭博で、20万ルピーを賭けてキャロムをすることになる。しかし、賭博キャロムボードをしていることが家族にばれてしまったため、スーリヤは家出をせざるをえなくなり、マドゥ(パドマプリヤー)という若い女性の経営する酒場に厄介になる。

 スーリヤは特訓を積んだが、ジャリールが用意したプレーヤーとの勝負で負けそうになる。そこでスーリヤとザイドは勝負を投げ出して逃走する。その途中でザイドとはぐれてしまったスーリヤは、マドゥの酒場に隠れ住む。しばらくして、ザイドがジャリールの一味に捕まって大怪我を負わされたことを知る。病院に駆けつけたが既に危篤状態で、間もなくしてザイドは死んでしまう。

 マドゥと結婚したスーリヤは、しばらくマールワーニーを離れて堅気の仕事に就いていた。キャロムは純粋にスポーツとして続けていた。ところが1992年12月、バーブリー・モスク破壊事件の余波によりムンバイーで暴動が発生し、マールワーニー地区も暴動の現場となった。スーリヤは、ファールーキー警部補(アヌパム・ケール)指揮する警察の包囲網や暴徒の間をかいくぐってマールワーニーの自宅へ辿り着く。そこには、姉のデーヴィーとその夫の遺体が横たわっていた。怒りに我を失ったスーリヤは姉たちを殺した犯人を捜して近所を駆け巡るが、その中で偶然、ジャリールが隠れている場所を発見する。

 そこで様子をうかがっていると、暴動はヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で自然に起こったものではなく、ジャリールが裏から扇動していたものだったことが発覚する。スーリヤは暗闇に紛れてジャリールとその手下を一網打尽にする。

 実話に基づいていたためだろうか、ストーリーがまとまっていなかった。例えば主人公スーリヤは隣に引っ越して来たイスラーム教徒の家族の娘ヌーリー(ニコレット・バード)に恋をし、デートもするが、それが彼女の家族に知れてしまい、彼らは一夜の内にどこかへ引っ越してしまう。これが後に何らかの伏線になるかと思いきや、特に何にもなかった。主人公はキャロムの名人という設定であり、ストーリー中でもキャロムをプレイするシーンが何度も出て来るが、特にキャロムの勝負で緊迫感を出すような作りにはなっていなかった。おかげでキャロムのルールを知らなくても楽しめることには楽しめるが、キャロムを前面に押し出した作品としての味気はない。さらに、クライマックスは結局ムンバイー暴動であり、キャロムとは全く関係なかった。終盤で、20万ルピーを賭けた勝負で負けそうになり逃げ出したため、スーリヤとザイドはジャリールから命を狙われることになる。ザイドは殺されてしまうものの、スーリヤの方は不思議なくらい足が付かず、遂に捕まることはなかったし、スーリヤもかなり暢気に暮らしていた。映画のストーリーというのは通常、原因があって結果があるものだが、「Striker」では様々な要素が結果なしにバラバラに散りばめられている感じがして、脚本のまずさを感じた。

 主人公の人物設定や行動も一定しない。スィッダールト自身が知的な顔つきをしているため、沈着冷静な役柄なのかと思いきや、怒り狂って大暴れすることもあり、一体どんな人間なのか分からない。スーリヤが酒場の女主人マドゥをレイプするシーンまである。後にスーリヤは責任を取って彼女と結婚するのだが、それを差し引いても、主人公がここまで非道な行いを行うヒンディー語映画はあまり例がない。このため、感情移入がしにくかった。

 スィッダールトは今回ムンバイーの下層階級が使うタポーリー・バーシャーをわざわざ練習してこの映画に望んだようである。キャロムをプレイするシーンは、持ち前のリンとした迫力がうまく発揮されており、引き込まれるものがあった。しかし、基本的にスーリヤはもっとチンピラ風情のキャラであるはずで、知的な外見を持つスィッダールトはミスキャスティングに感じた。クナール・ケームー辺りが適任だったのではないだろうか?

 ただ、もしそれらの批判を好意的に解釈するとしたら、それは「Striker」の題名が示す通り、主人公を「ストライカー」に見立てて構成された映画とすることである。ストライカーとはキャロム用語でいわゆる「自分の玉」であり、ストライカーをはじいて他の駒を四隅の穴に落として行くのがキャロムの基本的な遊び方である。幼少時にスーリヤは兄から、「一度ストライカーに触れた駒にはずっと追いかけて行け」とキャロムの秘訣を教わる。スーリヤというストライカーに触れた駒とはつまりジャリールのことである。スーリヤは最後までジャリールと対決姿勢を崩さず、最後に彼を非道な方法で殺害する。また、ザイドが殺された後、堅気の商売に就いていた頃に、健全なキャロムの大会で彼は自分のストライカーを天秤にかけてそれが規定内か計っていた。それもスーリヤがアンダーワールドから足を洗ったことを象徴していたのだろう。スーリヤをキャロムのストライカーを見なすことで、この映画はかなり筋の通った作品に変身する。

 とは言え、スィッダールトのミスキャスティングは否定できない。むしろ主人公に比べて悪友ザイドは圧倒的にキャラが立っていたし、それを演じたアンクル・ヴィカルも演技力ある俳優だった。アンクルはいかにもずるそうな外見をしており、こいつは必ず何かをしでかすと予感させられ、そして案の定何かをしでかす。アンクルは「Slumdog Millionaire」(2008年)でマーマンを演じていた俳優である。そして悪役ジャリールを憎々しく演じたアーディティヤ・パンチョーリーも素晴らしかった。「Striker」はスィッダールトのヒンディー語映画カムバックばかりが取り沙汰されるが、アンクル・ヴィカルとアーディティヤ・パンチョーリーの二人の方にむしろ目が行ってしまう。他にアヌパム・ケールが出演していたが、彼の役にはまた人物設定に弱さがあり、いまいちであった。

 3人のヒロインがいたが、男中心の映画であり、それぞれ出番は限られていた。その中では、姉のデーヴィーを演じたヴィディヤー・マールヴァーデーがもっとも印象的であった。彼女は「Chak De! India」(2007年)に出演していた、いわゆるチャク・デー・ガールズの一人である。

 映画中にいくつか挿入歌が入るのだが、それらの音楽や歌詞は複数の人々によって作られており、出来も様々である。中でも特筆すべきは、主演のスィッダールトが「Bombay Bombay」と「Haq Se」の2曲で歌を歌っていることである。スィッダールトはこの映画の音楽プロデュースも務めており、多才さをアピールしている。ただ、劇中では「Bombay Bombay」は使われていなかった。

 登場人物はほとんどムンバイーのスラム街の住人であるため、台詞はムンバイーの下層階級の人々が使うタポーリー・バーシャー(ムンバイヤー・ヒンディー)となっている。独特の言葉遣いをするため、慣れていない人には聴き取りづらいだろう。

 「Striker」は、キャロムとムンバイー暴動という2つの要素を軸にした、実話ベースの映画であるが、ストーリーにまとまりがなく、残念な作品になっている。スィッダールトのファンでなければ無理して観なくてもいい作品である。ただ、この映画はインド映画で初めて、YouTubeにて全編を公式配信という面白い試みに挑戦している(ただしインド以外の国において)。その結果がどうなるか現時点では分からないが、もしかしたら将来、記念碑的作品として記憶されることになるかもしれない。