Tum Mile

3.0

 アラビア海に突き出る半島の形をしたムンバイーは、多雨な地域にある上に、元々埋め立てによって7つの島を連結させて出来た脆弱な土地であり、度々深刻な洪水に襲われている。2005年7月26日にも記録的大雨によって大洪水が引き起こされ、都市機能がストップし、多くの死者も出た。ムンバイーの人々の間でその日は「ムンバイーが静止した日」として記憶されている。その歴史的アクシデントを背景にしたヒンディー語映画が、2009年11月13日公開の「Tum Mile」である。監督は「Jannat」(2008年)のクナール・デーシュムク。主演は「連続キス魔」の異名を持つイムラーン・ハーシュミー、ヒロインはソーハー・アリー・カーンである。

監督:クナール・デーシュムク
制作:ムケーシュ・バット
音楽:プリータム
歌詞:サイード・カードリー、クマール
出演:イムラーン・ハーシュミー、ソーハー・アリー・カーン、サチン・ケーデーカルなど
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 2005年7月26日。玩具会社にデザイナーとして勤務するアクシャイ(イムラーン・ハーシュミー)は、ロンドンからムンバイーへ向かう飛行機の中で偶然昔の恋人サンジャナー(ソーハー・アリー・カーン)と再会する。ムンバイーの空港に着いた後、アクシャイとサンジャナーはお互いの近況などを簡単に話して別れる。

 アクシャイの心にはサンジャナーとの想い出が次々に浮かんで来た。かつてアクシャイは芸術家として成功することを夢見ており、南アフリカ共和国の大学で美術を専攻していた。サンジャナーは大富豪の娘であり、三文画家のアクシャイには手の届かない存在に見えたが、二人は仲良くなり、やがて同棲するようになる。しかし、裕福なサンジャナーに経済的に依存するしかなかったアクシャイは、成功を焦るようになり、スランプに陥る。アクシャイとサンジャナーの仲には次第に亀裂が入って行く。最高傑作をバイヤーに評価してもらえなかったアクシャイは絵の道を諦め、就職することを決める。アクシャイはシドニーで大きな仕事をもらい、サンジャナーに一緒にシドニーへ行こうと言う。だが、サンジャナーも編集者として自分の地位を築いており、そう簡単に新天地へ向かうことはできなかった。サンジャナーはアクシャイに結婚を切り出す。だが、まだ自分の経済力に自信を持てなかったアクシャイは、結婚はまだ早いと答える。この行き違いが原因となり、2人は別れることになったのだった。しかし、二人もお互いに未練を残したままだった。

 アクシャイがムンバイーに来たのは、ギャラリーを買うためだった。それは画家だった亡き父親の夢でもあった。しかし、着いたときからムンバイーは大雨で、交渉相手はなかなかやって来なかった。急にサンジャナーのことが気になったアクシャイは、交渉を放り出して外へ駆け出す。

 サンジャナーは道中で渋滞に捕まっていた。大雨のせいで洪水が起きており、次第に水かさが増して行った。自動車を脱出し、バスに避難したところ、そこで彼女はアクシャイと再会する。大洪水の中、アクシャイとサンジャナーは過去の甘く苦い想い出を思い返す。だが、二人とも思いを伝えることはできなかった。

 洪水の中、アクシャイの親友は感電して死んでしまうが、アクシャイとサンジャナーは何とか生き延びる。アクシャイはサンジャナーに遂に思いを伝え、2人は抱き合う。

 ハリウッドでは、「大空港」(1970年)、「ポセイドン・アドベンチャー」(1972年)、「タワーリング・インフェルノ」(1974年)などの成功によってパニック映画がひとつのジャンルとして確立した。最近では地球滅亡とか人類滅亡など、地球規模のパニック映画も作られるようになっている。ハリウッドに倣って様々なジャンルの映画が作られるようになって来ているヒンディー語映画界では、不思議なことにまだパニック映画の類は見られない。2005年7月26日ムンバイー洪水を題材にしたこの「Tum Mile」がインド製パニック映画の元祖になるかと予想していたが、実際に観てみたところ、洪水シーンよりも恋愛シーンの方に重点が置かれており、ジャンルはロマンス映画である。イムラーン・ハーシュミーが得意とする、狂おしく破滅的な恋愛が主軸であり、僕が勝手に「狂おし系」と呼んでいるジャンルでもある。恋愛部分はグッと来る出来で悪くなかったのだが、後から振り返って見ると、別に洪水シーンを無理に入れなくても成立したプロットであった。宣伝では洪水シーンが前面に押し出されているものの、実際洪水はロマンスの味付けに過ぎなかった。それでも、洪水の恐怖と狂おしい恋愛の愛称は良く、ロマンス映画として一応完成された作品になっていたと言えるだろう。

 「Tum Mile」のロマンス部分を分析すると、その核となっている要素は、裕福な家庭に生まれ育って仕事もバリバリこなす現実的な女性と、自身の才能を信じてひたすら夢を追い続ける貧しい男性の、経済的に不釣り合いなカップルの苦悩だと言える。インド映画では、家柄、経済力、カーストなどの差が恋愛の障害となると言う「格差恋愛映画」は珍しくないのだが、女性の社会進出と「家族は男が養うべき」という伝統的考え方の衝突を背景にした、現代的なカップルのすれ違いが描かれるようになったのはごく最近のことだ。「Kabhi Alvida Naa Kehna」(2006年)辺りがその先駆だったと言える。男性より女性の方が収入が多い場合、必ず男性側に劣等感が蓄積されて行く。それは成功への焦りとなって現れて来るのだが、焦った人間に成功の女神が微笑むことは稀である。それがまた負のスパイラルとなって行く。一方、女性の方は収入の格差を気にしないことが多いのだが、気にしなさ過ぎて逆に男性の神経を逆なでするようなことを口走ってしまい、それが不仲の直接の原因となることもある。このような現代的な「男女の衝突」が「Tum Mile」のロマンスの核心であり、イムラーン・ハーシュミーの狂おしい演技もあって、うまくまとまっていた。

 また、それと関連して劇中では婚前同棲のシーンが出て来る。これは「Salaam Namaste」(2005年)で初めて本格的にヒンディー語娯楽映画の中に取り込まれた現象で、先日公開された「Wake Up Sid」(2009年)に受け継がれていた。「Tum Mile」の婚前同棲は、過去の回想シーンということもあり、映画のメインテーマにはなっていなかったが、ヒンディー語映画が描く世相の変化と言う意味では見逃せない。

 映画は、2005年7月26日、ムンバイー洪水の当日である「現在」シーンと、主人公の二人が出会い、愛を育み、そして別離へと向かった「過去」シーンが相互に差し込まれる構成になっていた。多少、現在と過去の切り替えが不親切なところがあり、マルチプレックス層ぐらいの教養のある観客ならまだしも、地方の大衆観客は混乱してしまうのではないかと思われる部分もあった。インド映画は、それこそ上から下まで様々な観客層を相手にしなければならないので、クロスカッティングの手法など、混乱を招く恐れのある映像効果は注意して使わなければならない。

 イムラーン・ハーシュミーが演じたのは、自分勝手で夢追い人だが、どことなく男気のある役であったが、それは彼が今までずっと演じて来た十八番であり、やはりこの映画でもはまっていた。お世辞にもハンサムではないのだが、オーラだけで男らしさを醸し出すことのできるイムラーンは、やはり才能があるのだろう。

 ソーハー・アリー・カーンも堅実な演技であった。しかし心なしか人一倍老化が早いような気がして心配である。母親の女優シャルミラー・タゴールにとても似て来ているのだが、シャルミラー・タゴールの年齢にまで追い付こうとしているような印象である。

 他に、演技派男優サチン・ケーデーカルが一瞬だけ登場する以外は、名の知れた俳優は出て来ない。

 音楽はプリータム。ピュアな恋心を歌った曲が多く、狂おし系映画にピッタリである。タイトル曲「Tum Mile」が素晴らしい。

 ちなみに劇中、イムラーン演じる画家アクシャイが描いた絵がいくつか出て来たが、これらはサイレーシュ・アチャーレーカルという画家が描いたもののようである。

 「Tum Mile」は、2005年7月26日に実際に起こったムンバイー洪水を舞台にした狂おし系ロマンス映画である。洪水シーンは意外に物語の中心ではなく、パニック映画の部類でもない。硬派なロマンス映画が好きな人にオススメだ。