Acid Factory

2.5
Acid Factory
「Acid Factory」

 サンジャイ・グプターと言えば、ハードボイルドで男臭い映画を作ることで定評のある監督である。特にサンジャイ・ダットがお気に入りで、彼の渋い魅力を絞り出すことだけを目的にしたような映画が多い。2009年10月9日より公開された「Acid Factory」は、サンジャイ・グプターがプロデュースしているものの、サンジャイ・ダットは出演していない。しかし、何となく見逃せない雰囲気を醸し出しているのは、やはりサンジャイ・グプターの独特の作風があるからであろう。ハリウッド映画「Unknown」(2006年)の忠実なリメイクとされている。

監督:スパルン・ヴァルマー
制作:サンジャイ・グプター
音楽:バッパー・ラーヒリー、ガウラヴ・ダースグプター、マーナスィー・スコット、シャミール・タンダン
歌詞:アミターブ・バッターチャーリヤ、マーナスィー・スコット、シェリー、ヴィラーグ・ミシュラー
衣装:シャンタヌ、ニキル、シャヒード・アーミル
出演:ファルディーン・カーン、ディーヤー・ミルザー、イルファーン・カーン、マノージ・パージペーイー、ディノ・モレア、アーフターブ・シヴダーサーニー、ダニー・デンゾンパ、グルシャン・グローヴァー
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 南アフリカ共和国ケープタウン。警官のロミオ(ファルディーン・カーン)は囮捜査官として警察幹部(グルシャン・グローヴァー)から送り込まれ、カイザー(イルファーン・カーン)という大物マフィアの組織に潜入していたはずだったが、ある日突然、見知らぬ工場で目を覚ます。ロミオは自分の名前を含めた一切の記憶をなくしていた。工場には、椅子に縛られた男、手錠をかけられて吊された男の他、二人の男が床に倒れていた。奇妙なことに、五人は皆記憶をなくしていた。その原因は、その工場で作られている酸性物質による記憶喪失であった。何らかの事故が起き、その場に居合わせた人々が記憶を失ってしまったのだった。

 しかし、なぜ五人はこんな場所に居合わせたのか?そのひとつの手掛かりが、カイザーと名乗る男から時々掛かって来る電話であった。カイザーは、スルターンという人物に対して話しながら、マックスという人物を呼び出していた。他に、ロミオ、オーミーという名も出て来た。

 カイザーの話と、その場に散乱していた物証から、その場にいる人々は、誘拐犯と人質であることが分かる。だが、誰が誘拐犯で、誰が人質なのかは不明であった。さらに、マックスは女性で、工場内にいることが予想された。五人はマックスを探し出す。そのときマックス(ディーヤー・ミルザー)は一人を人質にして出て来るが、逆に彼らに取り押さえられてしまう。しかし、マックスにも記憶がなかった。

 ところが、徐々に六人に記憶が戻って来る。まず何となく記憶が戻ったのがサールタク(アーフターブ・シヴダーサーニー)であった。サールタクは化学製品企業の社長で、株取引に失敗した親友のJD(ディノ・モレア)の銀行を買収しようとしていたことを思い出す。サールタクとJDは一緒にいたところを誘拐犯に誘拐されたのだった。サールタクはJDと共に逃亡計画を練り出すが、他の人々の前では記憶が戻っていない振りをしていた。

 次に記憶が戻ったのはマックスであった。マックスはカイザーの恋人で、オーミー(ダニー・デンゾンパ)、スルターン(マノージ・パージペーイー)、ロミオと共に誘拐を実行したのだった。しかし、サールタクとJDが反抗したため、オーミーとスルターンが捕縛され、酸性物質入りのシリンダーが破裂し、この惨劇が起きたのだった。マックスはそのことをオーミーに話す。カイザーは身代金を受け取りに空港まで行っており、現在戻って来るところであった。しかし、マックスとオーミーも今のところ他の人々に真実は明かさなかった。

 そこへカイザーが戻って来る。六人は工場の入り口で待ち構える。と、その瞬間、サールタクに記憶が戻る。この誘拐劇の黒幕は買収を防ごうとしたJDであった。つまり、人質だったのはサールタク一人だった。サールタクはロミオに襲いかかろうとするが、逆に取り押さえられてしまう。

 帰って来たカイザーは、保身のために友人を裏切ったJDのことを気に入っておらず、まずはサールタクにJDを殺させる。そして次にロミオに、サールタクを表に連れて行かせ、そこで殺すように命令する。

 カイザーは身代金の山分けをしようとするが、その前に、この中に一人警察官がいると語る。カイザーはまずスルターンを疑うが、スルターンはロミオこそが怪しいと主張する。ロミオは殺されそうになるが、そこへサールタクが助太刀に入る。実はロミオにも記憶が戻っており、サールタクを殺していなかったのだった。ロミオとサールタクはガスマスクを付けて酸性物質をまき散らし、工場から脱出する。そこには警察も駆けつけていた。

 誘拐の途中で、誘拐犯と人質が等しく記憶喪失になってしまうという導入部は非常にスリリングであった。酸工場に閉じ込められた、誘拐犯と人質であるはずの六人の人間が、お互いに疑心暗鬼になりながら、事態を理解しようとしている間に、過去の断片的な映像がカットバックされ、観客には徐々に事件の全貌が明らかにされて行く。いかにもサンジャイ・グプターらしい、スタイリッシュでハードボイルドな映画で、飽きさせない展開が続いた。しかし、最後は意外とあっけなく、竜頭蛇尾の感は否めなかった。

 出演しているのは、個性派の脇役俳優か、最近低迷中の二流俳優であり、安いギャラでかき集めた様子である。紅一点のディーヤー・ミルザーが今までにないアクション女優的な演技を見せていたのが唯一新しかった。アーフターブ・シヴダーサーニーとディノ・モレアも好演してはいたものの、これが今後のキャリア上昇につながると言った性格ののものではなかった。マノージ・パージペーイーは相変わらずいやらしい演技。ダニー・デンゾンパ、グルシャン・グローヴァー、イルファーン・カーンも渋い演技であった。

 上映時間2時間以下の短い映画で、途中ダンスシーンが頻繁に挿入される訳でもなかった。また、音楽にも印象的なものはなかった。

 「Acid Factory」は、前半のスリリングな展開が売りのスリラー映画である。サンジャイ・グプターの名にピンと来る人は観ても損はないだろう。だが、観た後に何かが残るような作品ではないし、スターパワーにも乏しいため、無理に観るべき作品ではないだろう。