Wanted

3.5

 「ボリウッド映画はハリウッド映画の劣化コピー」と揶揄されることがある。残念ながら、確かにハリウッド映画のパクリのような映画はヒンディー語映画にいくつもある。しかし、ヒンディー語映画は今やその触手を世界中に伸ばしており、ハリウッド映画に限らず、いろいろなところからネタを取り込んでいる。記憶にあるところでは、ドイツ映画「ラン・ローラ・ラン」(1998年)の翻案である「Ek Din 24 Ghante」(2003年)、韓国映画「オールド・ボーイ」(2003年)の翻案である「Zinda」(2006年)、韓国映画「猟奇的な彼女」(2001年)の翻案である「Ugly Aur Pagli」(2008年)などである。そして、実はヒンディー語映画の非オリジナル作品の中でもかなりの割合を占めているのが、南インド映画の翻案である。南インド映画界でヒットした映画を、その監督自身がヒンディー語にリメイクすることもあれば、ヒンディー語映画界の監督やプロデューサーが南インド映画界のヒット作のリメイク権を買ってヒンディー語版を作ることもある。最近大きな話題となったのがアクション映画「Ghajini」(2008年)だ。同名のタミル語映画からのリメイクで、昨年の最大のヒット作となった。「Ghajini」のヒットは、ヒンディー語映画界において今後2つの潮流を生みそうである。まずは南インド映画のリメイクがますます増えるだろう。南インド映画界で当たった作品をヒンディー語でリメイクしてさらなる儲けを狙うという流れが今後活発化するはずである。そしてもうひとつ、アクション映画の復権も予想できる。ヒンディー語映画のメインストリームでは、ここ数年ほど暴力主体のアクション映画が下火になっていた。だが、「Ghajini」のヒットにより、アクション映画を望む観客層がヒンディー語圏にもまだ十分いることが確認され、今後アクション映画が増えて行きそうだ。そして、この2つの潮流をまとめると、南インド映画発のアクション映画のリメイクがヒンディー語映画界で増えて行く可能性が示唆される。

 2009年9月18日に封切られたサルマーン・カーン主演のアクション映画「Wanted」は、上記の予想の現実化の口火を切る作品となりそうだ。この映画は、テルグ語映画「Pokiri」(2006年)やそのタミル語リメイク「Pokkiri」(2007年)のリメイクである。監督は、タミル語版で監督を務めたプラブ・デーヴァ。プラブ・デーヴァと言ったら、知る人ぞ知る、「インドのマイケル・ジャクソン」と呼ばれるダンスの名手であるが、ダンサーやコレオグラファーの他に、俳優や監督としても活躍しており、非常に多才な人物である。そのプラブ・デーヴァと、ヒンディー語映画界のトップスターの一人サルマーン・カーンとのコラボレーションは、それだけで興味をそそられる現象であった。

監督:プラブ・デーヴァ
制作:ボニー・カプール
音楽:サージド・ワージド
歌詞:ジャリース・シェールワーニー、サミール、アルン・バイラヴ、ワージド、サッビール・アハマド、サルマーン・カーン
振付:プラブ・デーヴァ、ラージュー・スンダラン、ヴァイバヴィー・マーチャント、ラージーヴ・スルティー
出演:サルマーン・カーン、アーイシャー・ターキヤー、マヘーシュ・マーンジュレーカル、プラカーシュ・ラージ、ゴーヴィンド・ナームデーオ、ヴィノード・カンナー、マノージ・パーワー、アニル・カプール(特別出演)、ゴーヴィンダー(特別出演)、プラブ・デーヴァ
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 ムンバイーではマフィア同士の熾烈な縄張り争いが頻発していた。アシュラフ・カーン警視総監(ゴーヴィンド・ナームデーオ)は犯罪ゼロのムンバイーを目指し、マフィアの一掃に乗り出す。だが、悪徳警官タルパデー警視(マヘーシュ・マーンジュレーカル)をはじめ、警察の中にもマフィアと密通する者が多く、なかなか成果は上がらなかった。

 ラーデー(サルマーン・カーン)はムンバイーでフリーの殺し屋をしていた。ある日偶然出会ったジャーンヴィー(アーイシャー・ターキヤー)に一目惚れし、以後彼女を追いかけるようになる。ジャーンヴィーは、シュリーカント・シェーカーワト(ヴィノード・カンナー)の経営するフィットネスクラブに通っていた。ジャーンヴィーは最初ラーデーを気味悪がるが、タルパデー警視に嫌がらせを受けていたところを助けられ、以後ラーデーを受け容れるようになる。ジャーンヴィーがラーデーに恋するようになるのに時間はかからなかった。彼女はラーデーが殺し屋であることを知っていたが、いつか更生すると信じていた。しかし、彼と共にいることで、彼が行う殺人の数々を目の当たりにし、とうとう耐えきれなくなる。

 ところでラーデーは、ムンバイーの大半を支配するマフィアのボス、ゴールデンに協力することになる。しばらくゴールデンと共に仕事をするが、ある日突然ゴールデンが殺されてしまう。ゴールデンが殺されたことで、今までバンコクからゴールデンを操っていたドン、ガニー・バーイー(プラカーシュ・ラージ)がムンバイーにやって来る。

 ガニー・バーイーは早速ラーデーに会い、州首相を爆弾で暗殺する計画を話す。また、彼をゴールデンの後継者にしようとするが、ラーデーは拒否する。そうこうしている内にアシュラフ・カーン警視総監指揮の急襲があり、ガニー・バーイーは捕まってしまう。だが、ガニー・バーイー逮捕は公表されなかった。なぜならガニー・バーイーは政府の上層部まで影響力を持っており、もし逮捕を公表したらすぐに上から圧力がかかり、釈放を余儀なくされるからである。

 ガニー・バーイーの行方が分からなくなり途方にくれたゴールデンのマフィアたちは、アシュラフ・カーン警視総監の娘を誘拐し、ガニー・バーイーを解放させる。ガニー・バーイーは復讐に乗り出そうとするが、アシュラフ・カーン警視総監の娘から、覆面警官がマフィアの中に入り込んでいるという情報を手にする。ガニー・バーイーはその覆面警官の正体を突き止めるため、タルパデー警視に情報収集させる。その結果、シュリーカント・シェーカーワトの息子が覆面警官としてマフィアに潜入していることが分かる。

 ガニー・バーイーは直々にシェーカーワトの経営するフィットネス・クラブを訪れ、覆面警官は誰かということを突き止めようとするが、シェーカーワトは、ラージヴィールという名前を出すだけで、他に有力な情報を提供しようとしなかった。そこでガニー・バーイーはシェーカーワトを殺す。そうすればラージヴィールが駆けつけてくるだろうという算段であった。そこに駆けつけて来たのは他でもないラーデーであった。ラーデーは、アシュラフ・カーン警視総監によってマフィア殲滅のために送り込まれたエリート警官であった。

 ガニー・バーイーは、ラーデーが覆面警官であることを知って驚き憤る。すっかり騙されたガニー・バーイーは、ラーデーにテロ計画まで話してしまった。だが、だからと言って計画を中止したり変更したりするのは、ガニー・バーイーのプライドが許さなかった。州首相暗殺の決行を決める。だが、ラーデーはその前に動き出した。タルパデー警視を脅してガニー・バーイーの居場所を探らせ、単身そこに乗り込む。まずはアシュラフ・カーン警視総監の娘を救出し、その後ガニー・バーイーの手下を次々になぎ倒して、最後にガニー・バーイーに引導を渡す。そして全てが終わった後に現場を訪れた悪徳警官タルパデー警視もついでに殺し、悪の一掃を完了する。

 昨年「Ghajini」を観たときに感じたことと全く同じことを、この「Wanted」でも感じた。端的に言えば、「果たしてヒンディー語映画はこの場に及んで後退する必要があるのか?」という疑問である。僕は南インド映画には全く疎く、偉そうに語る資格は全くない。南インド映画界でも優れた映画がコンスタントに作られていることと思う。しかし、アクション映画に限っては、南インド映画をそのままヒンディー語映画界に持って来ることはもうやめてもらいたい。暴力に次ぐ暴力、支離滅裂で無茶苦茶なストーリー、ストーリーとはほとんど無関係なダンスシーン、真剣にやっているのか受け狙いなのか判別不能なオーバーアクティングなどが「Wanted」には満載であった。それらは南インドのアクション映画ではまだ日常茶飯事なのかもしれないが、ヒンディー語映画界はもうとっくの昔に捨て去ったものである。リメイクにかこつけてそれらを無理に復活させるのは、時間を逆戻りさせようとする、無駄で迷惑な努力にしか思えない。

 全体のストーリーは子供の妄想みたいに幼稚なものであったが、「Wanted」で優れていたのは各部品である。天下一品のコレオグラファーであるプラブ・デーヴァが監督なだけあり、まずダンスはどれも高いレベルであった。特に主演のサルマーン・カーンに加えて、特別出演のアニル・カプールとゴーヴィンダー、それにプラブ・デーヴァ自身もカメオ出演のダンスナンバー「Jalwa」はとても豪華だったし、その他映画の途中で挿入されるダンスシーンのどれも手抜きがなかった。惜しむらくはどれもストーリーとの関連性が希薄であることである。アクションシーンも、一般的なヒンディー語のアクション映画に比べて高い水準を誇っていた。アクションでいかに観客に爽快感を与えるか、研究し尽くされた映像美であった。そしてコメディーシーン。まるでショートコントのような小ネタがいくつも挿入され、それ自体はとても面白かった。欠けていたのはそれらをうまくつなぎ合わせて行く編集能力である。

 サルマーン・カーンはおそらく「Tere Naam」(2003年)以来初めてのアクション映画主演であろう。スターシステム100%フル稼働であり、サルマーン・カーンがおいしいところ全てを取る展開になっていた。何しろ無敵の殺し屋として映画が始まり、終盤でエリート警官としての素性が明かされるという、これ以上にないかっこいい展開である。全ての道はサルマーンに通ず。ヒロインの心も鷲づかみ。かっこよすぎである。サルマーン・カーン親衛隊にとっては「待ってました!」の映画だろう。彼のスターパワーのみで、田舎を中心に観客を動員しそうだ。

 サルマーンのかっこよさを際立たせる余り、そのキャラクター設定に無理が出ていた一方で、悪役の人物作りはなかなかうまかった。それはマヘーシュ・マーンジュレーカルとプラカーシュ・ラージの演技力の賜物であろう。マヘーシュ・マーンジュレーカル演じる悪徳警官タルパデー警視は、小悪党をそのまま絵にしたような男で、ブレのない演技で憎たらしさをうまく醸し出していた。プラカーシュ・ラージ演じるガニー・バーイーの方は、典型的な悪の親玉ではなく、どことなく抜けた感じの仕草や台詞によってユニークな悪役になっており、劇中の意外な笑いの壺となっていた。

 ヒロインはアーイシャー・ターキヤー。決して悪くはない女優で、「Wanted」でも悪くはなかったが、伸び悩んでいる様子が感じられ、ここらが彼女の限界かと思われてならない。それに映画の脚本自体が混乱しているため、彼女の演技も混乱気味であった。

 他にヴィノード・カンナーやゴーヴィンド・ナームデーオなど、渋い俳優が脇役で出演していた。アニル・カプールやゴーヴィンダーは前述の通りアイテム出演のみである。

 音楽はサージド・ワージド。プラブ・デーヴァを初めとした振付師陣によるダンスは優れたものが多かったが、音楽自体にはこれと言って卓越したものが見当たらなかった。

 言語は基本的にヒンディー語であるが、ムンバイーのアンダーワールドが舞台であるため、タポーリー・バーシャーと呼ばれるマフィア語がふんだんに使われていた。その他、カメオ出演のプラブ・デーヴァが一瞬だけタミル語を話しているのが面白かった。

 「Wanted」は、プラブ・デーヴァ監督、サルマーン・カーン主演という、いかにも興味をそそられるアクション映画であるが、南インド映画リメイクの悪い部分が前面に出てしまっており、最近ヒンディー語映画で主流の娯楽映画を見慣れている人には退屈に思えるかもしれない。だが、「Ghajini」と同様、こういう映画を望んでいる層も多く、ヒットする可能性は残されている。