Morning Walk

2.5

 年配の観客層をターゲットにしたシルバー映画が隆盛を極めたのは2005~06年であった。そもそも「Baghban」(2003年)のヒットを機に時間差で一時的に盛り上がった流行であり、「Baabul」(2005年)、「Pyaar Mein Twist」(2005年)、「Viruddh」(2005年)、「Umar」(2006年)など、高齢者を主役に据え、高齢者の抱える問題に迫った作品が次々と作られた。大ヒット作「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)も、部分的にこの流れに乗った作品と言える。この流行はその後沈静化していたのだが、久し振りにそのシルバー映画群の後継者と言える作品が現れた。2009年7月10日公開の「Morning Walk」である。「Morning Walk」のテーマは正に当時好んで取り上げられた「老年期の恋の是非」と「息子世代とのジェネレーション・ギャップ」だ。先日観た「Sankat City」(2009年)にも出演していたアヌパム・ケールが主演で、監督のアループ・ダッターは新人のようだ。

監督:アループ・ダッター(新人)
制作:タパン・ビシュワース
音楽:ジート・ガーングリー
歌詞:ニダー・ファーズリー、サンジーヴ・ティワーリー、ディッベーンドゥ・ムカルジー、シャーン
振付:ナイメーシュ・ブラフマバット
出演:アヌパム・ケール、シャルミラー・タゴール、ラジト・カプール、ディヴィヤー・ダッター、シャヤン・ムンシー、ナルギス、アーヴィカー・ゴール
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 コルカタに住むジャイモーハン(アヌパム・ケール)は、大学教授を定年退職し、妻に先立たれた後は、一人で静かに老後の余生を送っていた。だが、心臓マヒで入院したことをきっかけに、ムンバイーに住む息子夫婦のところへやって来る。息子の名前はインドラ(ラジト・カプール)、妻の名前はリーター(ディヴィヤー・ダッター)で、二人の間にはガールギー(アーヴィカー・ゴール)というかわいらしい女の子がいた。また、彼らの家ではシルパーというメイドが働いていた。

 ガールギーはジャイモーハンのことが大好きだったが、リーターはジャイモーハンを嫌っていた。だが、リーターはマイホームの夢を持っていた。ジャイモーハンがコールカーターの家を売れば、マイホームのための資金が得られる。リーターはマイホームのためにジャイモーハンに対し、ムンバイーに住むように勧め、同時にマイホームの話を切り出す。ジャイモーハンはお金を出すことを快諾する。

 ジャイモーハンは早朝公園を散歩することを日課としていた。ムンバイーに来てからもその日課を続けていた。ある朝、公園で近所の女性たちにヨーガを教えている一人の女性に気付く。それはかつての教え子ニーリマー(シャルミラー・タゴール)であった。ニーリマーの夫は既に他界し、息子は米国に移住していた。娘のアンジャリ(ナルギス)が一緒に住んでいたが、彼女も米国留学を希望していた。アンジャリにはミュージシャン志望のアジャイ(シャヤン・ムンシー)というボーイフレンドもいた。

 ジャイモーハンは、ニーリマーに息子がいることは知っていたが、娘がいることは知らなかった。実は以前、ジャイモーハンはある鳥獣保護区域でニーリマーと偶然会ったことがあった。そのときニーリマーが森林局員の夫に暴力を受けているところを目撃してしまったジャイモーハンは、彼女を慰めると同時に、彼女と関係を持ってしまう。そのときの子供がアンジャリなのではないかという疑問が、彼を悩ませるようになった。彼の推測は外れではなかった。

 アンジャリは米国留学のために奨学金を申請していたが、学位が不十分のため合格しなかった。ニーリマーは装飾品や家を売って何とかお金を作ろうとするが、それでも十分な留学資金になりそうではなかった。それを知ったジャイモーハンは、自分がアンジャリの留学を支援すると言い出す。また、彼はアンジャリに、自分が父親であると打ち明ける。

 ジャイモーハンは、そのことをインドラとリーターにも話す。ジャイモーハンはお金をアンジャリの留学に当てるため、マイホームのための資金援助はできなかった。マイホームの夢が崩れ去ったリーターは激高し、インドラも父親の年甲斐のない行動に憤る。ジャイモーハンは静かに家を出て行く。コールカーターに帰ったジャイモーハンは家を売り払い、まとまった金を作って、アンジャリの留学資金にする。そしてニーリマーと共に住み始める。

 終盤、コルカタの公園で主人公ジャイモーハンが友人と相談するシーンがある。そこで友人に「我々の社会では、老年期に恋をすることは許されない」と言われたジャイモーハンは、「しかし老年期に恋を守ることも許されないのか?」と問い返す。つまり、過去の恋の責任を今取ることは許されるべきだ、と受け取れる。この部分がこの映画の核心であった。偶然、かつての教え子で、一時不倫関係を結んでしまったニーリマーとムンバイーにおいて再会してしまったジャイモーハンは、彼女が同居する娘アンジャリが実は自分の子供であることを知り、責任を感じ始める。そして最後には、実の息子の家族を捨て、アンジャリの米国留学を資金援助し、ニーリマーと共に暮らし始める。非常に物議を醸すエンディングであった。

 その老年期の恋の主人公を演じたのは、ベテラン俳優アヌパム・ケールとシャルミラー・タゴールである。彼らの出演シーンは非常に引き締まっていて、それだけをピックアップすれば上質の映画である。だが、問題はそれ以外の部分である。ディヴィヤー・ダッターとラジト・カプールのオーバーアクティング、シャヤン・ムンシーとナルギスの未熟な演技と三流ダンスシーン、謎のメイド、シルパーの存在、そして物語を盛り下げるあからさまなBGMなど、不必要な要素が多すぎる。アループ・ダッター監督がどういうバックグラウンドの人間か不明なのだが、これらの特徴を見る限り、テレビドラマ界で下積みを積んで来たのではなかろうか?現代ヒンディー語映画の一般的な文法とは相容れないものが多く、映画の完成度を低めていた。

 ストーリーの発想自体は悪くなかったと思う。だが、ストーリーの運び方はまずい部分が多かった。ジャイモーハンはわざわざアンジャリに自分が父親だと明かす必要はあったのか?息子のインドラ、自分になついてくれていたガールギーを捨ててまでニーリマーと同居する行為は正当化されるのか?リーターにしても、マイホームへのこだわり方が異常ではなかったか?幼稚な脚本のせいで映画は大惨事となっていた。

 前述の通り、アヌパム・ケールとシャルミラー・タゴールは素晴らしかった。この映画の唯一の救いである。シャヤン・ムンシーは久々にスクリーンで見たが、特に進歩は見られなかった。アンジャリを演じたナルギスという若い女優は初めて見た。とても溌剌とした魅力があったが、オーバーアクティング気味であった。いつもはしっかりした演技をするディヴィヤー・ダッターも演技が大袈裟過ぎて引いた。ラジト・カプールはまあまあだったと言える。

 「Morning Walk」は、シルバー層へのアピールがある映画かもしれない。現に映画館には老年の観客がいつになく多かった。だが、少なくとも若い世代には非常に退屈な映画と言う他なく、自分のことを若いと思っている人々には、この映画の鑑賞は避けるべきだと忠告したい。