Kambakkht Ishq

3.0
Kambakkht Ishq
「Kambakkht Ishq」

 近年、低迷期に入っているハリウッドがアジア市場に猛烈なアピールをしている。日本のアニメが原作のハリウッド映画がいくつか作られていることからも明らかである。インドでも、ハリウッド資本のヒンディー語映画が作られるようになって来ており、ハリウッドの市場開拓の野望をヒシヒシと感じる。そしてここに来てハリウッド俳優がカメオ出演することで話題のヒンディー語映画まで登場した。本日(2009年7月3日)より公開の「Kambakkht Ishq」である。今やヒンディー語映画界のナンバー1男優となったアクシャイ・クマールと、円熟期に入ったヒロイン女優カリーナー・カプールを主演に据えているだけでも話題性十分なのに、シルベスター・スタローンをはじめとした有名なハリウッド俳優が多数出演するのは今までにないゴージャスな印米核融合だと言える。プロデューサーとマルチプレックスの対立のせいで公開が遅れていたが、ヒット中の「New York」(2009年)に続き、満を持してのモンスーン期公開となった。

監督:サービル・カーン
制作:サージド・ナーディヤードワーラー
音楽:アヌ・マリク
歌詞:アンヴィター・ダット・グプタン
振付:ヴァイバヴィー・マーチャント
アクション:スピロ・ラザトス、フランコ・ソロモン
出演:アクシャイ・クマール、カリーナー・カプール、アーフターブ・シヴダーサーニー、アムリター・アローラー、キラン・ケール、ヴィドゥ・ダーラー・スィン、ジャーヴェード・ジャーフリー、ボーマン・イーラーニー
特別出演:シルベスター・スタローン、デニス・リチャーズ、ブランドン・ラウス、ホリー・ヴァランス
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞、満席。

 ヴィラージ・シェールギル(アクシャイ・クマール)は、ロサンゼルスのハリウッド映画業界で凄腕のスタントマンとして名を馳せていた。弟で同じくスタントマンのラッキー(アーフターブ・シヴダーサーニー)やタイガー(ヴィドゥ・ダーラー・スィン)と共に住んでいた。ヴィラージは結婚は人生の墓場だと信じるプレイボーイで、女には不自由しない悠々自適の生活を送っていた。ところがある日、ラッキーがモデルのカーミニー(アムリター・アローラー)と結婚してしまう。ヴィラージは教会まで押しかけてラッキーを説得しようとするが彼は聞かない。と、そこへカーミニーの親友で、医者をしながらモデルのバイトもするスィムリター・ラーイ(カリーナー・カプール)がやって来て、スタントマンのような低俗な職業の男と結婚しないようにカーミニーを説得し出す。スィムリターの母親と姉は共に離婚しており、彼女は極度の男性不信症であった。ヴィラージとスィムリターは初対面から火花を散らし合ったが、その後も事あるごとに鉢合わせ、お互いにちょっかいを出し合う。結局ヴィラージとスィムリターの抗争に巻き込まれる形でラッキーとカーミニーは不仲になってしまい、離婚の手続きに入る。裁判所からは3ヶ月間の猶予期間の後、離婚届に署名するように言い渡される。

 ある日、ヴィラージはスタントで大怪我を負ってしまい、病院に担ぎ込まれる。そこで手術に当たったのが偶然スィムリターであった。スィムリターは淡々と手術をこなすが、手術を終えた後、叔母でトラブルメーカーのドリー(キラン・ケール)からもらったアラーム時計をヴィラージの体内に残してしまったことに気付く。それが発覚したら彼女の医者としてのキャリアはおしまいであった。スィムリターは急いで手術し直そうとするが、既にヴィラージは病院から脱走した後だった。アラーム時計からは時刻になると「オーム・マンガラム・マンガラム・・・」というマントラが流れるのだが、ヴィラージはそれが何なのか分からずに苦労する。

 スィムリターは何とかヴィラージにもう一度手術をするため、彼に惚れたふりをして近付く。一方、ヴィラージもスィムリターを1週間の内に手込めにして捨て去る賭けをしたため、彼女に近寄るようになる。スィムリターは彼をホテルの一室に誘い、彼に媚薬を飲ませようとするが、逆に自分がそれを飲んでしまい、ヴィラージを誘惑する。翌朝、スィムリターは自分の過ちに気付き後悔する。だが、ヴィラージは本気でスィムリターを愛するようになっていた。彼は彼女にプロポーズをする。だが、隙を見せた瞬間にスィムリターはヴィラージに麻酔を打ち、そのまま手術をして時計を取り出す。

 時計を取り出した今、スィムリターにとってヴィラージは用済みであった。彼女は彼に冷たい態度を取る。ショックを受けたヴィラージは、ハリウッド女優のデニス・リチャーズにプロポーズをし、二人の結婚が決まる。だが、スィムリターはドリー叔母さんやラッキーから説得され、本当の恋を失おうとしていることに気付く。彼女はラッキーとカーミニーの離婚を引き留め、ヴィラージとデニスの結婚式に駆けつける。ヴィラージはデニスに謝り、皆に祝福されながらスィムリターと共に結婚式場を逃げ出す。

 ハリウッドとボリウッドが、資本という目に見えない形ではなく、俳優という目に見える形で本格的に手を取り合った初の作品。しかも、決して二流三流の俳優の寄せ集めではない。ヒンディー語映画界からは、アクシャイ・クマールとカリーナー・カプールという一線で活躍するスター俳優が出演。ハリウッドからは、その名を知らぬ者はいないだろうアクション俳優シルベスター・スタローンをはじめ、元ボンドガールのデニス・リチャーズ、スーパーマン俳優のブランドン・ラウスなどが出演。さらに、過去映像の流用になるが、トム・クルーズ、ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー、ジュリア・ロバーツなど、いわゆるセレブと呼ばれるスター俳優たちも登場する。スタントマンが主人公の映画であるが、スタントシーンではハリウッドの全面的協力を得ており、迫力あるアクションが楽しめる。作りは典型的インド娯楽映画で、ロマンス、アクション、コメディー、ドラマなど、様々な要素が詰め込まれている。これほど豪華なデコレーションの映画は近年他にない。だが、惜しむらくは脚本と編集の甘さである。全体のプロットは定型ながら面白かったのだが、細かい点で雑さが目立った。特に前半は冗長で、もう少しスピーディーに展開させても良かっただろう。時計がヴィラージの体内に入ってしまってからは急に活況付いてくるが、今度は端折っている部分が多かった。また、下品なギャグやエロティックなシーンが多く、家族向けの映画ではないこともネックであろう。

 ストーリーを一言で言い表してしまえば、お互いに嫌い合っていた男女がいつの間にか惹かれ合い、最後には結婚するという何の変哲もないものだが、手術中に時計を誤って患者の体内に置き忘れてしまうという奇想天外な爆笑ギミックのおかげで映画が救われていた。関連部分では腹がよじれるほど笑わせてもらった。しかもちゃんとそれがラストで生きるようになっており、ただの小ネタで終わらせていなかったところが憎い。

 2008年~08年は当たり年だったアクシャイ・クマールだが、今年に入ってまだヒット作に恵まれていない。娯楽大作「Kambakkht Ishq」は起死回生が狙える作品であったが、去年までの彼がまとっていた無敵のオーラがあまり感じられなかった。チョコマカと動き回りペチャクチャとしゃべりまくっているだけの、目障り耳障りなシーンが多かったし、偉そうな態度も鼻についた。急に小者になってしまった印象である。だが、元スタントマンのアクシャイにとって、スタントマンが主人公のこの映画は正に魚にとっての水のようなものであり、アクションシーンでは変わらず輝いていた。また、彼が時々つぶやくちょっとしたフレーズが面白かった。これらは彼のアドリブなのであろうか?多少運気の衰えを感じたが、いい作品といい役に恵まれればまだ彼の時代は続きそうだ。

 カリーナー・カプールが演じたのは男性不信に陥っている女性役で、終始イライラした表情を見せており、見ているこちらもイライラした。高ビーな女の子役はカリーナーがデビュー当初から得意とした役柄であるが、昔はキュートさを伴っていたために魅力が損なわれなかった。だが、最近はなまじっか演技力や貫禄も付いて来たため、スクリーン上でイライラされるとこちらまでイライラが伝わって来て落ち着かないのである。だが、ふとした拍子に見せる笑顔はホッと安心させられるものだった。今回は「Don」(2006年)でのセクシーダンスを想起させるような大胆な誘惑シーンもあり、ファンには生唾モノである。ちなみに、劇中の彼女の愛称ベボは、現実世界の彼女自身の愛称でもある。また、彼女が演じたスィムリターは医者兼モデルというかなり無理のある設定であったが、それはご愛敬であろう。

 アーフターブ・シヴダーサーニーとアムリター・アローラーは完全に脇役である。さらに、ジャーヴェード・ジャーファリーやボーマン・イーラーニーはただの端役だ。キラン・ケールも、十八番の肝っ玉母さん役ではなく、少しトチ狂った叔母さん役であった。だが、彼女の見せ場はちゃんと用意されていた。

 特別出演したハリウッド俳優の中で、ストーリー進行上もっとも重要な役割を果たしていたのはデニス・リチャーズである。だが、インパクトは何と言ってもシルベスター・スタローンだ。物語の途中にあったスタント賞授賞式で、最優秀スタントマン賞を受賞したヴィラージにトロフィーを渡す役でまずスタローンが出て来る。彼の出番はそれだけかと思わせられるが、クライマックス直前に、かなり無理矢理ではあるが、もう一度スタローンの見せ場が用意されており、必見である。

 音楽はアヌ・マリク。「Kambakkht Ishq」の音楽の中で何と言っても印象に残るのは「Om Mangalam」である。他にもノリノリの曲が多数用意され、ロケ地もロサンゼルスからヴェネツィアまで豪華だったが、コレオグラフィーに覇気が感じられず、ダンスシーンを見ていていまいち楽しくならなかった。カリーナー・カプールの誘惑シーン「Bebo」も、エロティックなだけで美しくなかった。唯一「Om Mangalam」が音楽、ダンス共に秀逸であった。

 ヒンディー語映画なので台詞は基本的にヒンディー語だが、英語のフレーズも多用されるため、ヒンディー語が理解できない人でも比較的理解しやすい映画であろう。ハリウッド俳優たちは英語で台詞を話す。字幕はない。

 「Kambakkht Ishq」は、ハリウッドとボリウッドが融合した豪華な娯楽映画である。多少雑ながらも全体としては合格点だと言えるが、下品なシーンやエロティックなシーンが多いため、一般向けの映画ではない。それがどう転ぶかは現時点では予想不可だが、普通に考えたら、都市部の家族層から敬遠される一方で、地方の若者層から支持を集める可能性が強い。