Anubhav

2.0

 2009年4月から続いていたプロデューサー対マルチプレックスの対立も何とか合意に至ったようで、ストライキにより公開が延期されていた作品が来週から続々と公開される予定である。特に7月は話題作のラッシュとなりそうだ。そのため、ここ2ヶ月の間、スクリーンの空きに乗じて上映されて来た低予算映画の数々は、すぐに映画館から姿を消しそうである。観るならお早めに、と言いたいところだが、本当につまらなそうな映画ばかりなので、無理して観なくてもいいだろう。その中でも、2009年6月5日に封切られたヒンディー語映画「Anubhav」は、キャストが渋かったので観てもいいかと思い、映画館に足を運んだ。監督はマラヤーラム語映画で活躍するラージーヴ・ナートで、主人公の親友役でも出演しているアヌープ・メーナンが脚本を担当している。元々2007年夏公開予定であったがお蔵入りし、今回のストライキでようやく日の目を見たという曰く付きの作品である。

監督:ラージーヴ・ナート
制作:MMRエンターテイメント
音楽:アーデーシュ・シュリーワースタヴ、クリシュナモーハン
出演:サンジャイ・スーリー、グル・パナーグ、ジャッキー・シュロフ、アヌープ・メーナン、ラージ・ズトシー、ミーター・ヴァシシュト、スダー・チャンドラン、シュルティー・セート
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 ムンバイーの演劇学校を卒業したアヌバウ・マロートラー(サンジャイ・スーリー)は、映画界での運試しを決意する。オーディションで偶然、彼のファンだという女性ミーラー(グル・パナーグ)と出会い、恋に落ちる。アヌバウは、親友で監督志望のアーディティヤ(アヌープ・メーナン)と共に下積みを積みながら、ミーラーとの愛を育む。やがてアヌバウはミーラーと結婚する。

 アーディティヤとアヌバウは、老プロデューサーを説得することに成功し、二人で協力して映画を作ることになる。ところが完成間近になってプロデューサーが急死してしまい、映画は暗礁に乗り上げてしまう。また、妊娠していたミーラーは難産の末に女児を産むが、障害を持っており、その手術のために200万ルピーが必要であった。アヌバウは、女児が生きていること、そして手術に大金が必要なことをミーラーに隠し、彼女には女児は死んだと伝えた。そして、手術に必要な金を集めに奔走することになる。

 アヌバウは、ヴァンラージ(ラージ・ズトシー)という投資家を紹介され、彼から手術代の援助をもらう。だが、当然のことながらそれは無料ではなかった。ヴァンラージは大都市の裕福な女性たちに男娼を斡旋する仕事をしていた。アヌバウは借金返済のために男娼になることを強制される。元々男優であったアヌバウは、男娼になることを演技だと自分言い聞かせ、ジゴロの世界へと入って行く。だが、屈辱的な思いをすることが多く、アヌバウの精神は崩壊しそうになる。当然、ミーラーとの仲もギクシャクしたものとなってしまった。アーディティヤや、演劇学校時代の恩師(ジャッキー・シュロフ)もアヌバウが選んだ道にショックを受ける。

 だが、アヌバウは屈辱に耐え、同情した裕福なマダムの寄付も受けたおかげで、借金を完済する。ヴァンラージはアヌバウを男娼から解放する代わりに、最後の仕事を命じる。その最後の相手がミーラーであった。ミーラーは男娼となったアヌバウを罵る。だが、後にアーディティヤから真実を聞き、ミーラーは反省する。彼女はもぬけの殻となって帰って来たアヌバウを受け容れる。アヌバウは救いを得られるが、ミーラーの口からショックな知らせを受ける。手術は成功せず、女児は息を引き取ってしまっていた。二人はただ嘆き悲しむ。

 サンジャイ・スーリーは「My Brother… Nikhil」(2005年)で、HIVに感染して死んで行く同性愛者というかなり際どい役を演じたのであるが、今回は男娼というこれまたぶっ飛んだ役に挑戦しており、真面目な外見とは裏腹にキワモノ街道をまっしぐらしている興味深い男優である。ただ、「Anubhav」で彼が演じたのは単なる男娼ではなく、妻と娘のためにプライドを捨てた悲劇の男であり、どれが本当の自分なのかアイデンティティーの危機に苦悩する姿には、彼が傾倒するハムレットの姿が重ねられる。さらには彼の体験を通して、インドの娯楽産業における男性への性的搾取という珍しいトピックにも触れられていて、一筋縄ではいかない映画に仕上がっていた。それでも、ストーリーは先読み完全可能であったし、エンディングは悲しすぎで、ハッピーエンドを求めるインド人観客には向かないだろう。一応「5年後・・・」として悲しすぎるエンディングのフォローがナレーションによってしてあったが、ちゃんと映像で見せてもらわなければ観客の魂は完全には浮かばれない。ちなみに、脚本のアヌープ・メーナンによると、この映画は実話に基づいて作られているようで、インドの男娼の実態についても一応リサーチしてあるようである。

 この映画をわざわざ見に行った最大の理由はグル・パナーグであった。1999年のミス・インディアであるグル・パナーグは、同じミスコンから映画界に入ったアイシュワリヤー・ラーイなどと比べて圧倒的に地味な位置におり、しかも寡作であるが、いい選択眼を持っており、彼女が出演する映画は見て損はないと思わせる何かがある。既に30歳を越えてはいるが、元ミス・インディアの美貌は健在である上に、ますます知的な魅力の漂う女優に進化して来ている。「Anubhav」でも演じているのは単なるヒロインを越えた重要な難役であり、後半は幾分出番が減るものの、十分な熱演を見せていた。

 他にジャッキー・シュロフやラージ・ズトシーなど渋い俳優も登場する。ジャッキー・シュロフは「Devdas」(2002年)の頃から挙動不審な脇役がすっかり板に付いてしまい、今回も変人振りだけが取り柄の役であった。変人と言えばラージ・ズトシーが演じた男娼斡旋屋も十分に変人であったが、むしろ彼の方がいかにもいやらしげな、インパクトのある演技をしていた。

 主人公のアヌバウはテレビドラマ俳優としてキャリアをスタートするが、その影響からか映画には主にテレビドラマで名を馳せている女優が多数登場する。ミーター・ヴァシシュト、スダー・チャンドラン、シュルティー・セートなどである。

 テーマが際どいため、劇中には多少ホットなベッドシーンも出て来る。だが、何よりも際どいのは、アヌバウが顧客のマダムたちを抱くときの嫌悪感を独白する終盤のシーンである。受け止め方によっては、もう既に若くない女性たちへの侮辱とも取れる言葉の数々であったが、もしかしたらこれが長年お蔵入りになっていた最大の原因かもしれない。

 上映時間2時間強の短い映画であるが、通常のインド娯楽映画と同様にダンスシーンやミュージカルシーンが入る。しかし、特に魅力的なものはない。基本的にシリアス路線を行きながらダンスやミュージカルもちゃっかり挿入する作風の映画は2002年頃から流行だし、サンジャイ・スーリーなどはそういう映画に多く出演しているが、そういう映画にはもはや目新しさを感じなくなってしまった。

 「Anubhav」は、主人公がジゴロになるという一風変わったストーリーが売りの映画で、それを演じるサンジャイ・スーリーが最大の見所だが、それ以外ではヒロインのグル・パナーグが輝いているくらいである。最後のまとめ方などに若干不整合性を感じたのだが、それは一旦お蔵入りになった作品を、再公開向けにアレンジし直した結果かもしれない。典型的娯楽映画が数ある中でこういう映画もあるならまだいいが、現在のようにメインストリームの映画が枯渇している状態だと、ますます力不足さが目立ってしまう。4月からのストライキ期間に公開された他の低予算映画と同様に、無理して観る価値のある映画ではない。