Siddharth: The Prisoner

3.0
Siddharth: The Prisoner
「Siddharth: The Prisoner」

 先週の「Delhi-6」(2009年)を一区切りとして、ヒンディー語映画界ではしばらく話題作の公開が途切れることになりそうだ。今週から3ヶ月ほどは中小規模の映画の公開が続く。3月は日本で言うセンター試験の時期であるし、4月~5月はクリケットのインディアンプレミアリーグ(IPL)期間であり、大予算型の大作の公開は控えられる。

 本日(2009年2月27日)から公開されたヒンディー語映画は2作のみだが、アイシュワリヤー・ラーイ出演のハリウッド映画「Pink Panther 2」も公開されている。今日は新作ヒンディー語映画「Siddharth: The Prisoner」を鑑賞した。2008年初公開作品で、アジア太平洋映画賞の審査員賞などを受賞した芸術映画である。

監督:プラヤース・グプター
制作:プラヤース・グプター、ローハン・グプター、サンディープ・フーダー
音楽:サーガル・デーサーイー
出演:ラジャト・カプール、サチン・ナーヤク(新人)、プラディープ・サーガル、プラディープ・カーブラー、グラーブ・C・ソーニー、ギーター・パンチャール、アヴァ・ムカルジー、ラメーシュ・ラーイ、ディーパク・ダドワール、クリシュ・バーティヤー、ラーディカー
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 ムンバイー。刑期を終えて刑務所から出て来た作家のスィッダールト・ロイ(ラジャト・カプール)は、弁護士(ディーパク・ダドワール)に用意してもらった部屋で、刑務所の中で書きためた小説「The Prisoner(虜囚)」のタイピングを始める。この小説を発表することで名誉挽回を考えていた。タイピングし終えた原稿をスーツケースに入れ、近くのネットカフェへ行き、メールをチェックすると、ある出版社が小説に興味を示しているとのメールが入っていた。スィッダールトは原稿をコピーしに出掛ける。ところがそのとき、たまたまその場に置いてあった別のスーツケースを持って行ってしまった。

 そのスーツケースは、下っ端マフィアのアミーン(プラディープ・サーガル)が、ネットカフェのオーナー、モーハン(サチン・ナーヤク)に預けていったものだった。スィッダールトがスーツケースを開けると、中には200万ルピーの現金が入っていた。呆然とするスィッダールト。様々な考えが頭の中に浮かんだ。

 スィッダールトは、離婚した妻マーヤーとの間に一人の息子が生まれていたのを、出所後に初めて知る。スィッダールトは、メイド(ギーター・パンチャール)と相談して、息子と公園で遊ぶようになる。だが、訴訟を起こして息子を取り戻すには、多額の金が必要だった。小説を出版し、成功すれば、金は手に入るかもしれなかったが、原稿は行方不明になってしまった。代わりに手に入れた200万ルピーで訴訟を起こすこともできたが、出所後にそんな大金を持っているのはどう考えても不自然であった。

 一方、200万ルピーが行方不明になったことも明らかになる。マフィアのドン、アトゥル・バーイー(ラメーシュ・ラーイ)は、アミーン、アミーンの部下のアスィーム(プラディープ・カーブラー)、そしてモーハンを呼び寄せ、金の在処を問いただす。だが、モーハンはスーツケースに何が入っているのかさえ知らなかった。アミーンは責任を取らされ、2日以内に金を用意するように命令される。アミーンはモーハンを脅し、彼に金を探させる。

 モーハンは、スーツケースの中に残っていた小説の原稿から、スィッダールト・ロイの名前を見つけ、ネットで検索する。彼はそこそこ名の知られた作家であったため、写真も出て来た。モーハンは写真をプリントアウトし、それを手掛かりに探し回る。夜になり、偶然タクシーに乗っていたスィッダールトを見つけたが、そのままタクシーに引かれてしまう。スィッダールトはモーハンを病院へ連れて行き、話し合う。その結果、小説の原稿と金を交換することになった。

 ところが、小説の原稿の多くは散逸してしまっていた。モーハンは友人の助言に従って、残っていた原稿をコピーして水増しし、スィッダールトに渡すことにする。スィッダールトも、紙幣をコピーして偽札を作り、それをモーハンに渡すことにしていた。2人は落ち合い、スーツケースを交換する。

 スィッダールトはそのまま息子に会いに行き、メイドが恋人と逢い引きしている間に息子を連れて逃げ出す。また、モーハンは金をアミーンに渡さずに横領し、妹のギーター(ラーディカー)と共にムンバイーを逃げ出そうとするが、アミーンとアスィームに見つかってしまう。だが、アミーンはアスィームを殺し、モーハンはアミーンを殺す。二人は列車に乗って逃げ出す。同じ頃、駅には息子を連れたスィッダールトもいたが、彼は考え直す。小説の原稿をゴミ箱に捨て、息子をメイドに返し、金も道端に捨て、一人ムンバイーの朝焼けの中に消えて行く。

 「願望も欲望もない場所で我を不死にせよ」というリグヴェーダの言葉から映画が始まることからも分かるように、人間の欲望をテーマにした90分の短篇映画であった。スーツケースの取り違えから始まるストーリーはヒッチコック映画的であるが、そこからとんでもない犯罪や事件に巻き込まれていくサスペンス映画という訳でもない。映画の最初に提示されるいくつかの謎は、最後まで謎のままである。スィッダールトがなぜ刑務所に入っていたのかは映画中明かされないし、妻マーヤーとの離婚の経緯についても触れられることはない。見終わってから分かるように、それらは映画の進行上どうでもいいことである。主役のスィッダールトと、準主役のモーハンの感情と行動のみに特化してストーリーが組まれていた。無駄を徹底的にそぎ落としたスリムな脚本は、インド映画にはとても目新しいものであった。また、ムンバイーの街の風景をネットリとしただるい映像で映し出しており、美しい映画でもあった。

 ラジャト・カプールは、高品質の映画に好んで出演する男優であり、時々映画監督もしている多才な人物である。今回は影のある役をじっくりと演じており、素晴らしかった。モーハン役のサチン・ナーヤクはこの作品がデビュー作のようである。ロナウジーニョに似た奇妙な外見をしており、決してハンサムではないが、演技に不足はなかった。その他、アミーンを演じたプラディープ・サーガルの演技が良かった。

 「Siddharth: The Prisoner」はマルチプレックスの限定された観客向けの芸術映画である。通常の娯楽映画が好きなインド映画ファンには向かないだろうが、インド映画界でもこのようなヨーロッパ映画志向の映画が作られ、一般公開されるようになったことは、大変な進化だと言える。