Victory

2.5

 同日に公開された映画が偶然似通ってしまうということはインドで時々あることである。その最たる例が、2002年のバガト・スィン映画同時公開事件だ。バガト・スィンとは、国会議事堂で爆弾を爆発させた罪により1931年に絞首刑になったインド人革命家で、今でもインド人の間で英雄視されている人物である。奇しくもバガト・スィンの生涯をテーマにした映画が2本同時並行して制作され、しかも2002年6月7日、同日に公開されるという変わった出来事があった。一方のタイトルは「The Legend of Bhagat Singh」(2002年)。アジャイ・デーヴガンがバガト・スィン役で、ARレヘマーンが音楽を担当した。もう片方のタイトルは「23rd March 1931: Shaheed」(2002年)。ボビー・デーオールがバガト・スィンを演じ、アイシュワリヤー・ラーイが特別出演した。残念ながらどちらも興行的に失敗したが、批評家の間での評価は悪くなかった。

 2009年1月30日に同時公開された2本のヒンディー語映画「Luck By Chance」(2009年)と「Victory」も、非常によく似たプロットの映画である。どちらも駆け出しの若者が、前者では映画界において、後者ではクリケット界において、成功、挫折、そして挫折の克服を経験するというものである。どちらとも、2008年にデビューした男優の2本目の主演作という点でも共通しているし、特別出演する人物の豪華さでも酷似している。今日は「Victory」の方を鑑賞した。

監督:アジトパール・マンガト
制作:マンモーハン・シェッティー、アジトパール・マンガト
音楽:アヌ・マリク
歌詞:サイヤド・グルレーズ、アミターブ・ヴァルマー
振付:ガネーシュ・アーチャーリヤ、レモ
衣装:シャヒード・アーミル、アシュレー・レベロ、ニミシャー・キムジー
出演:ハルマン・バヴェージャー、アヌパム・ケール、アムリター・ラーオ、グルシャン・グローヴァー、ダリープ・ターヒル、その他実在のクリケット選手多数出演
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ジャイサルメールで生まれ育ったヴィジャイ・シェーカーワト(ハルマン・バウェージャー)は、父親ラーム(アヌパム・ケール)の願いもあり、クリケット選手になることを夢見ていた。彼のバッティング技術はずば抜けており、地元では名の知れた選手であったが、スカウトの目にはなぜか留まらなかった。ヴィジャイは既に24歳になっており、焦り始めていた。だが、幼馴染みのナンディニー(アムリター・ラーオ)はいつかヴィジャイがインド代表に選ばれることを信じて疑わず、彼を励まし続けていた。

 ヴィジャイは、ジャイプルで行われたインド代表のキャンプに飛び入り参加し、監督(ダリープ・ターヒル)に直談判する。チャンスを与えられた彼は存分に才能を発揮し、監督から評価され、国内試合への出場が決まる。そこでも彼は大活躍をする。ヴィジャイはオーストラリア戦でインド代表デビューをし、その試合でセンチュリーを達成して一躍時の人となる。快進撃は止まらず、ヴィジャイはセンチュリーに次ぐセンチュリーを叩き出した。

 ヴィジャイは、アンディー・スィン(グルシャン・グローヴァー)とマネージメント契約を交わす。ヴィジャイのもとには急に多額の金が舞い込むようになり、次第に成功に酔い出す。彼はムンバイーの高級マンションに家を購入し、そこで住むようになる。父親から離れたヴィジャイの生活は歯止めが掛からなくなり、次第に試合そっちのけで遊びふけるようになる。ヴィジャイの成績にもブレーキが掛かり始めた。

 その頃、彼の背骨に異常が見つかり、医者は数ヶ月間の休養を提案する。だが、既にヴィジャイは多くのスポンサーと契約を結んでおり、インド代表から外れたら違約金を支払わなくてはならなかった。アンディーはそれを許さず、試合に出場し続けることを彼に強要する。ヴィジャイは監督に嘘を付き、身体を騙しながら試合に出場するようになる。だが、そのような状態で活躍できるはずがなく、すぐにアウトになる試合が続いた。それでもヴィジャイの傲慢な性格は直らず、遂に父親やナンディニーにも見放される。そして監督が命運を賭けた大切な試合でもヴィジャイは活躍できず、インド敗北の原因となってしまう。また、この頃までにヴィジャイの背骨は、手術が必要なほど悪化していた。

 とうとうヴィジャイは監督に背骨のことを打ち明けることを決める。背骨のことが明らかになれば、成績不振のヴィジャイがインド代表から外されることは明らかであった。だが、アンディーの方が行動が早かった。アンディーはメディアの前で、ヴィジャイが背骨の異常を隠して試合出場を続け、インド人クリケットファンたちを騙したと暴露する。しかも、彼はヴィジャイに賠償金の請求までする。おかげでヴィジャイは裏切り者の汚名を着せられた上に、無一文になってしまう。地元ジャイサルメールでは、激怒したクリケットファンによって家が焼かれ、父ラームは発作を起こして入院してしまう。

 消沈のヴィジャイは、一度はクリケットから足を洗うことを決めるが、ナンディニーに叱咤激励され、再起することを誓う。まずはオーストラリアへ行って背骨の手術をし、ジャイサルメールに帰ってからは地道にトレーニングを行う。勘を取り戻したヴィジャイは試合でも活躍するようになり、エアテル主催の国際トーナメントの代表にも選ばれる。だが、監督はヴィジャイに裏切られたことを忘れておらず、彼を試合で起用しようとはしなかった。インド代表は順調に勝ち続け、決勝戦まで進むが、直前に絶好調だったローヒト・シャルマーが練習中に怪我をして試合出場が不可能となる。監督は悩むが、もう一度ヴィジャイにチャンスを与えることにする。ヴィジャイは半年ぶりに国際試合出場の機会を得る。

 決勝戦の相手は強豪オーストラリアだった。ヴィジャイはバウンダリーを連発し、大活躍するが、途中で頭部にボールを受けて下がってしまう。残ったバッツマンはボウラーのみで、インド代表は苦境に立たされる。また、ヴィジャイは重傷を負っていた。医者と監督はヴィジャイの入院を決めるが、ヴィジャイは試合出場を懇願する。次々にインド代表のバッツマンがアウトとなる中、もはやヴィジャイにしか勝利の望みはなかった。監督はヴィジャイにゴーサインを出す。ヴィジャイの再登場に、意気消沈していたインド人観客は息を吹き返し、大声援を送る。それに応えるようにヴィジャイは6回連続バウンダリー6という偉業を達成し、一気にオーストラリアとの得点差を詰める。最終ボール直前に再びヴィジャイは頭部に衝撃を受けて倒れるが、最後の力を振り絞ってバットを振り、最後にバウンダリー6を出してインド代表に勝利を呼び込む。ヴィジャイ完全復活であった。

 ヴィジャイはジャイサルメールに凱旋する。今まで頑なにヴィジャイと会話することを拒んで来たラームは、このとき初めて彼を受け容れる。だが、それと同時にラームはそのまま息を引き取ってしまう。悲しみを乗り越え、ヴィジャイはその後も国際試合で活躍を続ける。

 いわゆるスポ根映画であり、多少テンポが早すぎたものの、定石通りの展開である。スポ根アニメなどに親しんで来た日本人の目には何の新しさもない映画に映るだろう。だが、それでも要所要所でツボを押さえた作りになっており、娯楽映画として十分に通用する内容となっている。クリケットのルールさえ分かっていれば、普通に楽しめる映画だと言える。

 インドではクリケットは宗教である。インドは多民族国家、多言語国家で、様々なコミュニティーが共存しているが、その大半に共通する夢はクリケットである。その様子は、「Victory」の冒頭でもインド各地でクリケットが遊ばれている映像によってよく描写されていた。このような状態であるため、才能あるクリケット選手は映画スター以上の人気を誇り、巨万の富を手にする。同時に、大舞台で国民の期待に応えられなかったクリケット選手は容赦なく叩かれる。映画では、怒ったクリケットファンが選手の家が焼き討ちするシーンがあったが、同様の事件は実際に時々起こる。インド人クリケット選手の肩には10億人の夢が乗っかっており、そのプレッシャーは世界最大級と言っても過言ではないだろう。

 過去にクリケットがインド映画の題材になったことは何度かあった。だが、意外にクリケットをテーマとした映画で成功したものは少ない。あらゆる意味で圧倒的存在感を誇る傑作「Lagaan」(2001年)を除けば、興業と批評の両方でもっとも成功したのは間違いなく「Iqbal」(2005年)のみであろう。聾唖者の若者がインド代表に選ばれるまでを描いたシンデレラ・ストーリーである。後は、クリケットの八百長ビジネスをテーマにした変わり種の映画「Jannat」(2008年)がヒットしたくらいだ。この「Victory」が主に踏み込んでいたのは、成功を手にしたクリケット選手の堕落の理由だと言える。マネージメント会社と契約を結ぶことで、クリケット選手は巨万の富を得る代わりに常に成功をし続けなければならなくなる。富とプレッシャーがいかに一人の選手を駄目にするかがよく描写されていた。

 ストーリーは何の新鮮味もないのだが、「Victory」の真の見所は、実在のクリケット選手が多数実名出演することである。インド、オーストラリア、パーキスターン、スリランカ、南アフリカ共和国、ニュージーランドの現役選手または引退済みの選手が30人以上特別出演する。その中でも特に重要な役割を果たしていたのは、オーストラリアのブレット・リー選手である。彼は時速160kmの剛速球を投げるオーストラリア・クリケット界の大投手だが、彼がかなりストーリーに関わって来るので、クリケットファンにはたまらないだろう。インドのハルバジャン・スィンやナヴジョート・スィッドゥーなども出演機会が多い。

 主演のハルマン・バウェージャーは、2008年最大の失敗作の1本「Love Story 2050」でデビューした俳優である。彼はリティク・ローシャンに顔、体型、話し方、踊りなど、あらゆる面でよく似ているためにかなり損している上に、デビュー作が大コケしたため、未だヒンディー語映画界で確固たる地位を築けていない。「Victory」は前作よりはしっかりした作品であったが、ヒットはしていないようで、まだ彼の苦悩は続きそうだ。

 ヒロインのアムリター・ラーオは、「Welcome to Sajjanpur」(2008年)に続き、田舎育ちの純粋な女の子を好演。素朴な美しさがある女優で、こういう役は彼女にピッタリである。重要な場面でしっかりした演技も見せていた。アヌパム・ケール、グルシャン・グローヴァー、ダリープ・ターヒルら脇役陣も素晴らしかった。

 音楽はアヌ・マリク。映画の最後で流れる「Balla Utha Chhakka Laga」は威勢のいい応援歌的な曲だが、それ以外で耳に残る名曲はない。

 「Victory」は、クリケットを題材にしたスポ根映画であり、クリケットのルールを知らず、スポ根映画に食傷気味の日本人観客にはあまり受けそうにない作品だと言える。だが、実在のクリケット選手が多数特別出演しており、それに価値を見出せる人なら、観ても損はないだろう。