Raaz: The Mystery Continues

3.0

 2002年、「Raaz」という映画が公開された。この映画は、高い露出度(いわゆるスキンショー)とホラーという2つの意味において、その後しばらくヒンディー語映画のトレンドを決定付けた重要な作品である。それまでヒンディー語映画には「Raaz」ほど際どい露出シーンのある映画はなく、また、ホラー映画というジャンルも一般的ではなかった。だが、「Raaz」のヒットにより、ヒンディー語映画界はホラー映画に真剣に取り組むようになり、また、女優のスキンショーさえあればどんな映画でもヒットするという妄想にも取り憑かれてしまったのであった。さらに「Raaz」は、2001年に「Ajnabee」で衝撃のデビューを果たしたモデル出身女優ビパーシャー・バスの第2作という意味でも重要である。彼女は、「Ajnabee」での新人賞獲得に続いて「Raaz」で一気に知名度を高め、スターダムを駆け上がった。その後、「Jism」(2003年)などにより彼女はセックスシンボルとしての地位を確立するのであるが、彼女自身はその称号を不名誉に思っており、演技派への転向を模索するようになる。そうこうしている内にセックスシンボルの称号は「Murder」(2004年)のマッリカー・シェーラーワトによって奪取されることになるが、21世紀のヒンディー語映画界における元祖セックスシンボルは本人が望もうと望むまいとビパーシャー以外におらず、その影響は計り知れない。今でも「ビパーシャー」という名前はセックスシンボルやセクシーな女性の同義語として使われることがある。「Raaz」は、音楽のヒットが映画のヒットに大いに貢献した映画としても記憶されている。当時、「Raaz」のヒットにより、ヒンディー語映画における音楽の重要性が再認識されたと言えるだろう。

 その「Raaz」の続編が本日(2009年1月23日)より公開された。一般に「Raaz 2」と呼ばれているが、正式名称は「Raaz: The Mystery Continues」であり、プロデューサーのマヘーシュ・バット以外、キャストにもストーリーにも前作とのつながりは一切ない。おそらく題名は「Raaz」のヒットにあやかっただけであろう。ところで現在インドはダニー・ボイル監督の「Slumdog Millionaire」(2008年)で持ち切りで、不幸にも「Raaz: The Mystery Continues」は同作品のインド一般公開と公開日が重なってしまったが、それでも「Raaz」の頃の異常な盛り上がりを知る者としては「Slumdog Millionaire」以上に興味ある作品であった。

監督:モーヒト・スーリー
制作:マヘーシュ・バット、ムケーシュ・バット
音楽:ラージュー・スィン、トシ/シャリーブ、プラナエ・M・リジヤー、ゴウラヴ・ダースグプター
歌詞:サイード・カードリー、クマール
出演:イムラーン・ハーシュミー、カンガナー・ラーナーウト、アディヤヤン・スマン、ジャッキー・シュロフ(特別出演)
備考:PVRバンガロールで鑑賞、満席。

 モデルのナンディター(カンガナー・ラーナーウト)は、テレビ番組のプロデューサー、ヤシュ(アディヤヤン・スマン)と付き合っていた。ヤシュは、「アンドヴィシュワース(迷信)」という、インドに伝わる迷信の嘘を科学の力で暴くドキュメンタリー番組を制作して受賞しており、絶好調であった。ナンディターはかねて自分の家が欲しいと願っていたが、ヤシュは彼女にマンションを買い与え、彼女のその夢を叶える。ナンディターも幸せの絶頂期にあった。

 ところが、ナンディターは自分を付け回す不気味な男の影に怯えるようになる。その男はプリトヴィー(イムラーン・ハーシュミー)という名の画家であった。数ヶ月前から彼女の顔が脳裏に浮かんで来るようになり、狂ったようにナンディターの絵を描いていた。そして最近、彼はナンディターが手首を切って倒れる絵を描いてしまい、それが未来を予知するものだと考え、彼女に警告しに来たのであった。ナンディターは不気味に思ってプリトヴィーから逃げ出すが、その後彼女は入浴中に得体の知れない力に襲われて手首を切り、病院へ搬送される。そのときからナンディターの身の回りで恐ろしい現象が起こるようになり、彼女の奇行は周囲にも知られるようになる。彼女に悪魔が取り憑いたと噂する者もいた。迷信を暴く番組を制作していたヤシュは、ガールフレンドが迷信に取り憑かれてしまい、面目丸つぶれであった。ヤシュはナンディターの奇行を精神異常と決め付け、彼女にもそう説明するように強要する。

 だが、ナンディターは依然恐ろしい目に遭い続けていた。その中で、「トゥム・アシュッド・ホー、サル・チュケー・ホー(お前は穢れている、腐り切っている)」という言葉が彼女を悩ますようになる。その言葉は、プリトヴィーの絵の中にも登場していた。プリトヴィーはインターネットでその言葉を検索する。すると、ヒマーチャル・プラデーシュ州のカーリンディーという村で起こった奇怪な事件に行き着く。カーリンディー村では、村の僧侶や外資系工場のオーナーが同じような状態に陥って死亡する事件が続発していた。プリトヴィーは当初、ナンディターとは一切関わらないようにしようと決めるが、ナンディターがあまりに危険な状態に陥っていたため、彼女を助けざるをえなくなる。プリトヴィーとナンディターはカーリンディー村へ向かう。一方、ヤシュはナンディターにプロポーズをして彼女の精神を落ち着かせようとするが、彼女はそれを振り切ってプリトヴィーと共に去って行ってしまう。ヤシュは密かに2人の後を追いかける。

 カーリンディー村は聖河の畔にある村で、河で沐浴する大祭が行われようとしていた。プリトヴィーとナンディターは事件の関係者に会って話を聞くが、真相ははっきりしなかった。だが、ナンディターはひとつの井戸に行き着き、その中に落ちることで、真実を知る。全ての怪奇現象の原因は、プリトヴィーの父親ヴィール・プラタープ・スィンであった。

 第3次印パ戦争の英雄ヴィールは、カーリンディー村の河の水質調査の結果、上流にある外資系工場によって河が汚染されており、巡礼者がここで沐浴をするのは危険であると知る。だが、村の経済は大祭に依存しており、僧侶も警官も工場オーナーもその事実の公表を望んでいなかった。ヴィールは彼らに捕まり、暴行を受け、最後に井戸に落ちて死んでしまう。だが、彼は死ぬ前にある人物に電話をかけていた。それはテレビ番組プロデューサーのヤシュであった。カーリンディー村に駆けつけたヤシュは、ヴィールが殺される一部始終をカメラに収録する。だが、彼は工場のオーナー、デーヴィッド・クーパーと取引をし、その映像を報道しない代わりに番組のスポンサーになるように要求する。ヤシュの成功の裏には、こんな秘密があったのだった。だが、亡霊となったヴィールはその映像の公表を望んでおり、事件に関わった者を呪い殺すと同時に、ヤシュに報道を訴えかけていたのであった。ナンディターはヤシュの強欲の原因ともなっていたため、怨念を受けていたのだった。

 ナンディターはカーリンディー村まで追って来たヤシュに対し、映像を公表するように求める。だが、ヤシュはそれを拒絶し、彼女を殺そうとする。プリトヴィーが助けに来るが、彼は隙を見せた瞬間に大怪我を負わされてしまう。絶体絶命のピンチとなるが、そのときヴィールの亡霊が現れ、ヤシュを惨殺する。こうして河の汚染とヴィールの死の真相が公表され、カーリンディー村の祭りは中止となり、多くの人々が犠牲となるのが防がれたのであった。

 映画の冒頭と最後で、中世の詩人カビールの以下のドーハー詩が引用される。

बुरा जो देखण मैं चला, बुरा ना मिलिया कोई।
जो मन खोज आपणा, तो मुझसे बुरा ना कोई॥

burā jo dekhan main chalā, burā nā miliyā koī
jo man khoj āpnā, to mujhse burā nā koī

悪を探しに出掛けたが、どこにも悪はいなかった
自身を振り返って見ると、自分よりも悪い者はいなかった

 この詩はつまり、「人の振り見て我が振り直せ」という日本の諺に近い意味になる。主人公ナンディターは、自身に降りかかる数々の心霊現象の原因を突き止めに遠くまで出掛け、遂にその原因は自分のボーイフレンド、ヤシュの過去の行動にあることを知る。だが、ヤシュがそのような行動をするに至ったそもそもの原因は、彼女自身の、成功のためなら何でもやっていいという考え方にあった。ホラー映画でありながら、カビールの詩を引用し、それをもとにストーリーを構築することで、含蓄があり、しかもインドの地に根ざした映画に仕上っていた。さらに、ヒンドゥー教の聖典バガヴァドギーターや、大祭クンブメーラーを彷彿とさせるヒンドゥー教祭典などもさりげなく物語に織り込んであった。インド製ホラー映画にまたひとつ傑作が生まれたと言える。ちなみに今まで個人的に殿堂入りしたインド製ホラー映画傑作は、「Om Shanti Om」(2007年)と「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)である。

 それでも、細かいところではまだまだ未熟な部分が散見される。「Raaz: The Mystery Continues」が売りとする怖さは、日本映画が「リング」シリーズなどで完成させたような精神的恐怖には到底及ばず、まだ音や映像で物質的に観客を怖がらす段階からも脱却できていない。ナンディターの身の回りに起きる超常現象も、種明かしを見た後にもう一度考え直してみると整合性の低いものが多い。しかし、インド映画の永遠の命題である、ホラー映画とミュージカルの融合は、何とか相互反発現象を起こさない程度に調和されており、ひとまず失敗ではないと言えるだろう。また、ホラー映画とヌードは古来より相性がいいが、カンガナー・ラーナーウトの(比較的)大胆な入浴シーンもあり、映画のひとつの見所となっている。

 イムラーン・ハーシュミーは着実に名優の道を歩んでいる。イムラーンらしさを維持しながら、それでも映画ごとに違った魅力を見せるのが彼の持ち味である。「Raaz: The Mystery Continues」では影のある落ち着いた演技に徹していて良かった。カンガナー・ラーナーウトも、もっぱら得意とする狂気をちらつかせた演技をしており、素晴らしかった。イムラーンとカンガナーの共演は「Gangster」(2006年)以来だが、この二人のスクリーン上のケミストリーはアクシャイ・クマールとカトリーナ・カイフに劣らないほど良い。イムラーンもカンガナーもパーソナリティーの中にどこか破滅へ向かう狂気じみた要素があり、それが映画に狂おしさを加えるのに役立っている。

 もう一人の主演アディヤヤン・スマンはあまり名の知られていない俳優であるが、「Haal-e-Dil」(2008年)でデビューした新人である。今回は主役に見せかけておいて実は悪役に近い役であったが、今後は主役として活躍しそうだ。ジャッキー・シュロフが特別出演していて驚いたが、彼にはすっかりこういう役しか回って来なくなってしまって同情を禁じ得ない。だが、少ない出番をしっかりとこなしていた。

 「Raaz」(2002年)はヴィクラム・バットが監督だったが、「Raaz: The Mystery Continues」はモーヒト・スーリーが監督である。モーヒト・スーリーは、「Zeher」(2005年)、「Kalyug」(2005年)、「Woh Lamhe…」(2006年)、「Awarapan」(2007年)などの監督であり、イムラーン・ハーシュミーやカンガナー・ラーナーウトとも相性がいい。「Raaz: The Mystery Continues」の成功は、イムラーン、カンガナー、モーヒトのタッグの賜物とも言えるだろう。

 音楽はラージュー・スィン、トシ/シャリーブ、プラナエ・M・リジヤー、ガウラヴ・ダースグプターなどの合作となっている。中でもトシ/シャリーブ作曲「Maahi」はヒットとなっており、映画中この曲が登場したときも歓声が上がった。それ以外はそこそこの曲しかないが、ストーリーとの相性は悪くなかった。また、サントラCD/カセットはソニーBMGが配給している。

 「Raaz: The Mystery Continues」は、話題性では同時公開となった「Slumdog Millionaire」の影に隠れてしまっているところもあるが、もしかしたら興行収入ではこちらの方が上を行くかもしれない。「Raaz」(2002年)と同様に、ホラー映画ながらインド映画らしい万人向けの娯楽映画に仕上がっており、広い客層に受け容れられるだけの要素がある。一般的な日本人の趣向には必ずしも合致しないだろうが、インド製ホラー映画のひとつの完成形を見る目的ならオススメできる。