Chandni Chowk to China

2.5

 興味深いことに、故意か偶然か、2008年12月から2009年1月にかけて、ヒンディー語映画界のトップスター3人が真のトップの座を巡って競り合うことになり、映画ファンを熱中させている。その3人とは、「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)のシャールク・カーン、「Ghajini」(2008年)のアーミル・カーン、そして「Chandni Chowk To China」(2009年)のアクシャイ・クマールである。昨年12月に公開済みの「Rab Ne Bana Di Jodi」と「Ghajini」は既に大ヒットを記録している。残るはアクシャイ・クマールだけであった。アクシャイ・クマールはここ数年絶好調で、出演作のほとんどは大ヒットとなっている。その勢いが果たして2009年も続くか、そしてシャールク・カーンとアーミル・カーンという強大なライバルとの直接対決にどれだけ成果を上げられるのか、今年最初の話題作「Chandni Chowk To China」に注目が集まっていた。

 「Chandni Chowk To China」はいろいろな意味で歴史的な作品である。まず、この映画はハリウッド資本の入った映画である。ヒンディー語映画界では2年前からハリウッド資本の入った映画が作られるようになっており、今まで「Saawariya」(2007年/ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント)、「Saas Bahu Aur Sensex」(2008年/ワーナー・ブラザーズ)、「Roadside Romeo」(2008年/ウォルト・ディズニー)が公開された。「Chandni Chowk To China」はワーナー・ブラザーズ出資ヒンディー語映画第2弾ということになる。

 題名からも察せられる通り、この作品では中国ロケが行われている。中国でロケが行われたインド映画はおそらく初めてのはずであるが、香港なども含めるともしかして正確には初とは言い切れないかもしれない。しかし、アジアの二大国であるインドと中国が映画によって本格的に結ばれたことの意義は大きい。さらに、この映画は「インド初のカンフー・コメディー」を謳っており、それも注目である。

 「Chandni Chowk To China」は2009年1月16日より公開であるが、最近インドでは話題作に限ってペイド・プレビューという有料試写会が事前に行われる習慣が定着しつつあり、一般公開より1日前に鑑賞することができた。

監督:ニキル・アードヴァーニー
制作:ラメーシュ・スィッピー、ローハン・スィッピー、ムケーシュ・タルレージャー
音楽:シャンカル・エヘサーン・ロイ、カイラーシュ・ケール、パレーシュ、ナレーシュ、バッピー・ラーヒリー
歌詞:カイラーシュ・ケール、ラジャト・アローラー、シャイリー・シェイレーンドラ、ボヘミア
振付:ポニー・ヴァルマー
スタント:ディー・ディー・クー
出演:アクシャイ・クマール、ディーピカー・パードゥコーン、ミトゥン・チャクラボルティー、ランヴィール・シャウリー、ゴードン・リュー、ロジャー・ヤン
備考:PVRアヌパム4で鑑賞、プレビュー、満席。

 スィッドゥー(アクシャイ・クマール)は捨て子だったが、チャーンドニー・チョークで安食堂を経営するダーダー(ミトゥン・チャクラボルティー)に拾われ、育てられた。小麦粉をこね、野菜を切る毎日だったが、人生一発逆転を信じ、占いに頼ったり、宝くじを買ったりしていた。中国の風水とインドのヴァーストゥ・シャーストラの両方をマスターしたと自称する詐欺師チョップスティック(ランヴィール・シャウリー)は、そんな頭の弱いスィッドゥーを騙しては小銭を巻き上げていた。

 ある日、チャーンドニー・チャウクに中国人がやって来る。彼らの村は、ホージョーという名のカンフーの達人が率いるマフィアに支配されていた。占いによると、ホージョーを打倒できるのは、中国を異民族の手から守った英雄劉勝(リューシェン)の生まれ変わりだけで、それはデリーにいるとのことであった。彼らはスィッドゥーを劉勝の生まれ変わりだと断定する。中国語ができるチョップスティックは金儲けの臭いを感じ、スィッドゥーを騙して、とにかく中国へ行くことを承諾させる。チョップスティックも通訳として同行することになる。

 中国へ行くため、スィッドゥーはヴィザを取りに中国大使館へ行くが、そこでサキー(ディーピカー・パードゥコーン)というTVCM女優に出会う。だが、このときサキーに一杯食わされたため、スィッドゥーは恨みを抱いていた。スィッドゥーは中国行きに反対するダーダーを説得し、チョップスティックと共に中国へ飛ぶ。

 空港では村人たちが劉勝の生まれ変わりを待っていた。スィッドゥーは何が何だか分からないまま村人たちの期待を一身に背負う。また、空港でスィッドゥーはサキーに似た美女を見掛け追いかける。だが、彼女はホージョーの手下ミャオ(ディーピカー・パードゥコーン)であった。ミャオはダイヤモンドの密輸をしていたが、スィッドゥーのせいでそれがばれてしまい、逃亡する。ホージョーは、劉勝の生まれ変わりが中国にやって来たことを知り、刺客を差し向ける。

  一方、サキーも中国に来ていた。サキーは、中国の発明会社TSMのブランドアンバサダーになっており、本社を表敬訪問する目的で中国を訪れたのだが、彼女には別の目的もあった。実はサキーは中国人の父親とインド人の母親の間に産まれたハーフであった。父親のチャンは優秀な警察官であったが、ホージョーに殺され、母親はサキーを連れてインドに逃げて来たのであった。サキーには双子の姉妹スージーがいるはずであったが、彼女の生死は不明であった。サキーは父親を供養するため、父親が死んだ万里の長城を一度訪れたいと思っていたのであった。

 万里の長城には、スィッドゥーの一行も来ていた。なぜなら劉勝の死んだ場所もここだったからだ。ミャオとホージョーの手下たちはスィッドゥーを殺そうとするがうまく行かなかった。また、サキーは指名手配されたミャオと間違えられ、警察に追われることになった。サキーはスィッドゥーの姿を見つけ、彼の車に隠れて逃げる。車は、ホージョーの支配する村へ向かった。村では村人たちによって歓迎会が行われたが、ホージョーの手下たちも送り込まれた。だが、酔っぱらったスィッドゥーは何が何だか分からない内に手下たちを撃退する。村人たちの期待はさらに高まった。

 夜になった。ミャオはスィッドゥーを暗殺しようと忍び寄るが、スィッドゥーとチョップスティックに気絶させられてしまう。その前にサキーも気絶させられていた。意識を取り戻したサキーは、自分とうり二つの人間がいるのを見つけ、双子の姉妹スージーだと直感する。だが、縛られていたために彼女と話すことはできなかった。また、次に意識を取り戻したミャオは、考え直してチョップスティックを連れてアジトへ戻る。スィッドゥーだけ注目を浴びて面白くなかったチョップスティックは、スィッドゥーは実は劉勝の生まれ変わりではないとホージョーに暴露する。そのとき、インドへ調査に送り込んでいた部下も戻って来た。彼もスィッドゥーが劉勝ではない証拠を掴んで来ていた。安心したホージョーは、翌朝村に総攻撃をかける。

 未だに何が何だか分からないスィッドゥーは、ホージョーと共に村に戻って来たチョップスティックから初めて事情を聞き、ショックを受ける。また、そこにはダーダーも連れて来られていた。スィッドゥーはダーダーの命乞いをするが、ホージョーはダーダーの命を奪ってしまう。スィッドゥーもコテンパンにやっつけられ、万里の長城から放り投げられてしまう。だが、スィッドゥーを救った1人の男がいた。彼は乞食のような身なりをしていたが、実は彼こそがホージョーに殺されたはずのチャン、つまりサキーとスージー(ミャオ)の父親であった。ホージョーにやられたときに頭に受けた傷がもとで記憶喪失であったが、インド人の妻といたときに覚えたヒンディー語はまだ覚えていた。スィッドゥーはチャンの看病もあって回復するが、ダーダーを殺したホージョーに復讐することを決めていた。スィッドゥーとチャンが生きていることを知ったホージョーによって送り込まれた刺客を倒した後、スィッドゥーは演劇鑑賞中のホージョーを殺そうとするが成功しなかった。一転して追われる身となったスィッドゥーだったが、その場にはサキーも駆けつけており、TSM社の発明品のおかげで脱出に成功する。サキーは父親のチャンと再会し、チャンも記憶を取り戻す。チャンは警察に復職するが、スィッドゥーの願いを聞き入れ、彼にカンフーを教え込むことを決める。スィッドゥーは厳しい訓練を重ね、カンフーをマスターする。

 チャンとスィッドゥーはホージョーの秘密工場を襲撃し、チョップスティックを救出すると同時に手下の1人を捕まえる。チャンは娘のスージー(ミャオ)がホージョーの手下になっていることを知り、ホージョーに人質とスージーを交換することを提案する。だが、ホージョーはミャオに、彼女の父親を殺したのはチャンだと吹き込む。解放されたスージーはチャンのところへ駆け寄るが、そのままチャンに刃物を突き刺す。だが、スージーはサキーの姿を見て、ホージョーが嘘を付いていたことを悟る。スィッドゥー、チョップスティック、サキーは怪我をしたチャンを連れて村へ逃げる。

 村ではチャンの治療が行われた。そこへホージョーの手下たちが襲って来る。スィッドゥーは雑魚たちを一網打尽にするが、その隙を突いてサキーがさらわれそうになる。だが、サキーを助けたのはミャオであった。最後にホージョーがスィッドゥーと対決しにやって来る。やはりホージョーは強力で、一度スィッドゥーはやられそうになるが、チャーンドニー・チャウクで鍛えた料理人の技とカンフーを合体させ、究極の格闘技を編み出してホージョーを倒す。

 その後、スィッドゥーは中国でインド料理屋を開いた。だが、そこへアフリカからピグミー系の部族が救世主スィッドゥーを訪ねてやって来る。今度はスィッドゥーはアフリカへ行かなければならないのか?

 インドと中国を股に掛けた映画とのことで、スケールの大きな作品を期待していたのだが、案外こぢんまりとまとまっていて残念であった。カンフー・コメディーという看板に嘘はなく、カンフーもコメディーも十分楽しめるレベルのものであったが、いかんせん編集が雑で、冒頭部分やラストを含め、端折り過ぎに思える部分が散見された。ダンスシーンやミュージカルシーンも短縮されたりぶつ切れになっており、純粋に歌と踊りを楽しめるようなものではなかった。映画の上映時間は2時間半ほど。「Ghajini」のようにいっそのこと3時間の映画にして、もう少し丁寧にシーンとシーンをつないで行けば、もっと完成度の高い作品になったのではないかと悔やまれる。ハリウッド資本が入ったことと、編集の乱雑さはもしかして無関係ではないかもしれない。もしかしてワーナー・ブラザーズが上映時間の短縮を要求し、そのせいで多くの重要なシーンを削らなければならなかったのではなかろうか?もしそうだとしたら、ハリウッド資本がインド映画に入り込むことは必ずしも歓迎できない。ハリウッドの下らない哲学に屈して映画の完成度を低めるよりは、インド人が作品を完全にコントロールし、インド人が楽しいと思える映画をとことん追求して行ってもらいたい。今後の課題を感じた映画であった。

 少々外し気味のギャグも多かったのであるが、この映画の最大のギャグは何と言っても、主人公スィッドゥーがラストの悪役ホージョーとの対決シーンで編み出した「デーシー・カンフー(インド風カンフー)」であろう。スィッドゥーはカンフーの師匠チャンから、「誰にでもその人にしかできない動きが何かある」という言葉を教え込まれており、自分の独自の動きとは何かと考え続ける。絶体絶命のピンチに陥ったとき、彼の脳裏に浮かんだのは、子供の頃からやって来た、野菜を切ったり小麦粉をこねたりずた袋を持ち上げたりする動作であった。その動作をカンフーと融合させ、スィッドゥーは最強の「デーシー・カンフー」を編み出す。正にカンフー・コメディーの名にふさわしいクライマックスであった。カンフーですらインド臭く料理してしまうところは素直に感心する。

 主演のアクシャイ・クマールは、実際にチャーンドニー・チョークのパラーンテーワーリー・ガリーで生まれ育った経歴を持っている。また、子供の頃からマーシャルアーツを習っており、ほとんどのスタントを自分でこなせるほどスポーツ万能で、ヒンディー語映画界でもっともアクションが得意な俳優として知られている。よって、「Chandni Chowk To China」は彼の自伝的映画だと言える。アクシャイ・クマールは今や全てのインド人若者のアイコンとなっており、特に今回は下層の人々の共感を呼びやすい役であったことから、彼一人の人気で多くの観客を映画館に呼び込むと思われる。

 次期トップ女優候補の一人ディーピカー・パードゥコーンは、今回一人二役に挑戦。しかもアクションシーンにも果敢に取り組んでいる。だが、本作はロマンスの要素が弱かったためか、彼女からデビュー作「Om Shanti Om」(2007年)のような輝きは感じられなかった。舞台が中国のため、今回ディーピカーはチャイナドレス(旗袍)など中国風衣装を着ており、それがとても色っぽかった。

 悪役ホージョーを演じた中国人俳優ゴードン・リューは、クエンティン・タランティーノ監督「Kill Bill」シリーズにも出演していたベテラン俳優で、「Chandni Chowk To China」でもずば抜けて迫力のある演技とアクションを見せていた。チャンを演じたロジャー・ヤンも好演していた。中国人俳優のキャスティングは素晴らしかったと言えるだろう。敢えて言うならば、もし中国人女優が絡んでいればもっと面白くなっていただろう。

 キャスティングで弱かったのはむしろインド人脇役である。ミトゥン・チャクラボルティーが演じたダーダーも、ランヴィール・シャウリーが演じたチョップスティックも、キャラクターがうまく描き切れていなかったし、二人とも中途半端な演技であった。

 音楽は、シャンカル・エヘサーン・ロイやカイラーシュ・ケールなどの合作となっている。特筆すべきは、インド映画音楽におそらく初めて中国語の歌詞が本格的に挿入された「India Se Aaya Tera Dost」であろう。スィッドゥーの紹介曲である「S.I.D.H.U.」はカイラーシュ・ケールが歌うカッワーリー風ナンバーで、歌詞もチャーンドニー・チョークの路地裏の食堂の光景が浮かんで来るようでとてもよい。エンディングのスタッフロールで流れる「CC2C」は、パーキスターン/パンジャーブ系アメリカ人ボヘミアが参加しているラップ調ソングで、彼自身も映像に登場する。アクシャイ・クマールが歌声を披露しているのにも注目。その他、タイトル曲「Chandni Chowk To China」や、ラブソング「Tere Naina」など、ひとつひとつはいい曲が多い。だが、前述の通り、概して映画ではこれらの曲が上手に挿入されておらず、歌って踊ってなんぼのインド映画としては残念な編集の仕方となっている。

 映画は、実際にオールドデリーのチャーンドニー・チョークやデリーの各名所、例えばクトゥブ・ミーナール、フィーローズ・シャー・コートラー、ウグラセーン・キ・バーオリーなどでロケが行われた他、中国の万里の長城や故宮などで撮影が行われている。また、途中でなぜかタイでロケが行われたシーンも出て来る。日本人が見れば明らかに中国ではないことが分かるだろう。

 言語は基本的にヒンディー語だが、中国語もたくさん出て来る。いくつかの中国語の台詞には英語の字幕が付くが、全てではない。サキーがブランドアンバサダーを務める中国企業TSM社は自動翻訳器を開発しており、それをサキーが装着しているという設定なので、ストーリー進行に必要な中国の台詞はその機械を通して音声でヒンディー語に翻訳される。インドは英語字幕もヒンディー語字幕も万人向けにはならないので、字幕よりも音声翻訳に頼る方法の方がより親切であろう。また、ストーリー進行上重要ではない台詞にはいちいち字幕は付かない。ちなみに、映画の最後で、クリック音を多用したアフリカの言語らしきものも出て来るが、多分いい加減なものであろう。

 日本ロケが行われたインド映画「Love in Tokyo」(1966年)のおかげでインド人の間に「さよなら」という日本語が広まったことは有名な話だが、「Chandni Chowk To China」ではそのようなことはなさそうだ。「ニーハオ」や「シェシェ」のような簡単な挨拶が映画中に出て来ないことはなかったのだが、インド人観客がつい覚えてしまうような方法での使われ方ではなかった。唯一、ミャオが終盤で「ウォ(我)」という短い台詞をしゃべり、英語字幕で「I will」と出て来たとき、インド人観客の多くが反応し、あちこちから「ウォ」「ウォ」「ウォ」と復唱が聞こえて来た。そういえば、耳を凝らしているとアクシャイ・クマールが中国人に対し「さよなら」という日本語をしゃべるシーンがある。どうもやっぱり中国語と日本語を間違えているようである・・・。

 「Chandni Chowk To China」は決してつまらない映画ではない。ヒットする可能性も十分ある。だが、予告編があまりによく出来ていたためか、期待が大きすぎて落胆することになった。どうもハリウッド資本が入ると予告編だけはうまく作るようだ。そういうせこい技術だけはインド映画には学んで欲しくない。実は中国ロケのハリウッド資本インド映画ということで、話題性も十分で、もしかして日本一般公開も狙えるのではないかと淡い期待を抱いていたのだが(実際に公開予定ありのようだ)、日本の一般の観客の鑑賞に堪えうるだけの完成度はお世辞にも満たしてない。あまり大きな期待を抱かず、一般的なインド娯楽映画として楽しむのが吉であろう。