Karzzzz

3.5
Karzzzz
「Karzzzz」

 毎年特別な事情がない限りヒンディー語映画のヒット作は一本も見逃さずに映画館で観ているが、去年一本だけ見逃してしまった重要作があった。それは、ヒメーシュ・レーシャミヤー主演の「Aap Kaa Surroor」(2007年)である。ヒメーシュ・レーシャミヤーは音楽監督、プレイバックシンガーとして人気の音楽畑の人物だったのだが、「Aashiq Banaya Aapne」(2005年)あたりからビジュアルでも人気を博すようになり、「Tom Dick and Harry」(2006年)での特別出演を経て、やがて「Aap Kaa Surroor」で俳優デビューを果たした。しかし、ヒンディー語映画界で過去にプレイバックシンガーから俳優に転向した例はいくつかあるが(ラッキー・アリーやソーヌー・ニガムなど)、大成功した例はほとんどない。いくら作曲家や歌手として人気があろうとも、ヒメーシュも俳優としては成功しないだろうと考えていたのだが、意外や意外、「Aap Kaa Surroor」はヒット映画となった。後でDVDで見たところ、ヒメーシュの演技は全く素人のそれなのであるが、いかにもコテコテのインド映画に仕上がっており、それがヒメーシュの潜在的なファン層の趣向と合致し、ヒット作になったのだと思う。とにかく、ヒメーシュ映画は決して無視できないということが明らかになった。

 そして2008年10月17日、遂に第二のヒメーシュ主演作が公開された。「Karzzzz」である。輪廻転生をストーリーにうまく組み込んだ名作「Karz」(1980年)のリメイクであり、昨年の大ヒット作「Om Shanti Om」(2007年)とも類似点が多い。ヒメーシュが主演することで原作がどう変わるかが見物である。

監督:サティーシュ・カウシク
制作:ブーシャン・クマール、クリシャン・クマール
原作:スバーシュ・ガイー「Karz」(1980年)
音楽:ヒメーシュ・レーシャミヤー
歌詞:サミール
出演:ヒメーシュ・レーシャミヤー、ウルミラー・マートーンドカル、シュエーター・クマール(新人)、ラージ・バッバル、ダニー・デンゾンパ、グルシャン・グローヴァー、ヒマーニー・シヴプリー、イクティヤール・イーラーニー、アスラーニー、ディノ・モレア(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 南アフリカ共和国のケープタウン。王族のシャーンター・プラサード・ヴァルマーの息子ラヴィ・ヴァルマー(ディノ・モレア)は、父の死後に、父の友人サー・ジューラー(グルシャン・グローヴァー)との間で生じた土地の所有権問題に関する裁判に勝ち、係争中だった広大な土地の所有権を獲得する。ラヴィは恋人のカーミニー(ウルミラー・マートーンドカル)と結婚し、ケニアへ帰る。ケニアでは、ラヴィの母親と妹のジョーティが彼の帰りを待ちわびていた。また、母親はカーリー寺院を建立し、息子が帰って来たら開山式を行おうと思っていた。ところが、カーミニーはサー・ジューラーと通じていた。ケニアに着いたラヴィとカーミニーは小型飛行機に乗って家へ向かうが、事前に飛行機は故障するように仕組まれており、しかもカーミニーしかパラシュートを装備していなかった。カーミニーは飛行中にエンジン停止した飛行機から飛び降り、ラヴィはそのまま母親が建立したカーリー寺院のそばに墜落して死んでしまった。息子の死を悲しんだ母親は、カーリー女神に対し、息子を返さなければ寺院は廃墟になると呪いをかける。

 25年後のケープタウン。モンティー(ヒメーシュ・レーシャミヤー)は世界的に有名なシンガーであったが、彼は孤児であり、強欲なGGオーベローイ(ラージ・バッバル)とその妻(ヒマーニー・シヴプリー)によって育てられていた。モンティーは金も名声も全てを手に入れていたが、ただひとつ母親の愛だけに飢えていた。幼馴染みの親友で医者のダヤール(イクティヤール・イーラーニー)も、彼の心の奥底にあるその悩みを知る。

 あるときモンティーは、ティナ(シュエーター・クマール)という女の子と出会う。2人は一目惚れするが、ティナはケニアから研修に来ていただけで、すぐに母国へ戻ってしまう。モンティーはティナを想って作詞作曲をし始める。だが、彼があるメロディーを奏でると、突然トランス状態になり、不思議な光景が脳裏に浮かぶようになった。医者のダヤールはストレスが原因だと言うが、先輩の医者のシャーストリーは、前世の記憶かもしれないと言い出す。とにかく休息が必要だということになり、モンティーはケニアへバカンスに出掛ける。

 ケニアでモンティーとティナは再会する。やがてモンティーはティナにプロポーズするが、彼女と結婚するには二人の人物から許可をもらわなければいけなかった。まずその一人はカビーラーおじさん(ダニー・デンゾンパ)であった。カビーラーおじさんは、両親のいないティナの育ての親であった。カビーラーおじさんはモンティーを気に入り、二人の結婚を認める。

 幸せいっぱいでケニアの高原をドライブしていたモンティーとティナであったが、その先で巨大な邸宅を見掛ける。その邸宅は、トランス状態になったモンティーの脳裏に浮かんで来たイメージのひとつであった。また、どこかからトランス状態を引き起こすメロディーが聞こえて来た。それを奏でていたのはジョンという人物で、ラヴィの古い知り合いであった。それらのデジャヴを体験することで、モンティーは前世の記憶が戻る。モンティーはラヴィの生まれ変わりであった。モンティーはカーリー寺院を目指すが、寺院は廃墟と化していた。彼は母親と妹の消息を知りたかったが、それを知る者はいなかった。

 ティナと結婚する上でもう一人会わなければならない人物がいた。それは、例の邸宅に住むカーミニー姫であった。カーミニー姫こそ、25年前にラヴィ・ヴァルマーを殺して全てを奪い去った張本人で、その邸宅も元々はヴァルマー家のものだった。だが、過去のとある事件の影響でカーミニーはティナの保護者になっていた。モンティーはカーミニーを見て前世での因縁を思い出すが、カーミニーは何も感じなかった。

 モンティーは、母親と妹の手掛かりを掴むため、また、彼女に復讐をするため、カーミニーに近付き、自分はラヴィの生まれ変わりだと告白する。カーミニーは最初驚くが、モンティーが、前世に死んだときのことを覚えていないと言うのを聞き安心する。カーミニーはモンティーに恋するようになる。だが、モンティーとカーミニーが一緒にいるのを見て、カビーラーおじさんは激怒する。誤解を解くため、モンティーはカビーラーおじさんとティナにも生まれ変わりの話をする。すると、カビーラーおじさんは彼の言うことを信用し、カーミニーへの復讐に協力することを約束する。

 だが、モンティーの最大の目的は母親と妹を探し出すことであった。カーミニーは、彼女たちは既に死んだと言うが、モンティーの心は、母親も妹もいまだにどこかで生きていると主張していた。何の手掛かりもないまま、ティナの家で夜を明かし、翌朝モンティーは目を覚ます。すると、そこに妹のジョーティにそっくりの女性が現れる。ティナの家の家政婦の代理として来ていたのだが、彼女は自分の名をラクシュミーと名乗った。しかし、モンティーには彼女がジョーティだとしか思えず、問いただすと、それを認める。彼女によれば、母親もまだ生きているとのことだった。しかし、ラヴィの死後、固く口を閉ざしてしまい、ラヴィの写真を眺めたまま植物人間のように身動きせずに暮らしていた。モンティーが現れると、母親はすぐに彼がラヴィであると見抜き、彼を優しく受け容れる。

 次はカーミニーへの復讐であった。まず、ティナはカーミニーのところへ行き、彼女がモンティーと結婚することを認める。その言葉に喜んだカーミニーは早速モンティーと結婚式を挙げることにする。モンティーは、3日後のコンサートで結婚式を挙げることに決めたと言い、彼女をコンサートに招待する。

 コンサートの開始前に観客の面前でモンティーはカーミニーと結婚式を挙げ、ついで2人の出会いの話をミュージカル仕立てで上演し始める。その中でカーミニーが行った悪事が披露され、最後にラヴィの母親と妹がステージに登場する。それを見て騙されたことを知ったカーミニーは会場を後にする。

 カーミニーの邸宅で、モンティーはカビーラーおじさんや警察と共にカーミニーに詰め寄り、ラヴィを殺したことを自白させ、さらに邸宅をヴァルマー家に取り戻させる。だが、そこへサー・ジューラーがティナを人質に取って現れる。サー・ジューラーは、カーミニーがラヴィを殺した後、ラヴィが所有していた土地の権利書を探し出せなかったことを理由に土地を奪い取り、彼女には王族としての称号と年金だけを与えていた。だが、生まれ変わったモンティーは土地の権利書の隠し場所も覚えており、それをやすやすと取り出してしまう。それが裁判で出て来ると、せっかく奪い取った土地は奪い返されてしまう。よって、サー・ジューラーはモンティーとカーミニーの争いに介入したのだった。だが、そこへ駆けつけたGGオベロイの機転によってサー・ジューラーとその子分たちは倒される。

 その混乱の中、カーミニーは自動車に乗って脱走する。モンティーはカーミニーを追いかけるが、カーミニーは飛行機に乗り換え、上空からモンティーを殺そうとする。だが、モンティーは自動車を爆発させてカーミニーの乗る飛行機を炎上させる。そのまま飛行機はカーリー寺院のそばに墜落する。

 細部に変更点があり、現代の観客向けにゴージャスなビジュアルになっていたものの、キャラ設定やストーリーの大まかな流れ、それに重要な決め台詞は原作「Karz」を踏襲しており、忠実なリメイクと言うことができるだろう。よって、「Karz」を見たことがある人は大体先が読める展開であった。

 おそらく原作のストーリーにあった辻褄の合わない部分を埋めるためにいくつか変更を加えたのだと思うが、最大の変更点だと言えるのは、モンティーがカーミニーにかなり早い段階で自分はラヴィの生まれ変わりであることを伝えることである。原作では、ラヴィの母親や妹と再会した後、モンティーはすぐにカーミニーを暗殺しようとするが、カビーラーおじさんに止められ、ちゃんと彼女にラヴィを殺害したと自白させて復讐すべきだとたしなめられる。その後、モンティーはカーミニーに近付き、彼女を口説くようになる。だが、「Karzzzz」では、モンティーは最初からカーミニーに言い寄る。観客はこのとき、モンティーが本当にカーミニーに恋しているのか、それとも復讐のためにそう装っているだけなのか判断しかねるが、後にそれが後者であったことが分かるという設定になっている。確かにこの持って行き方の方が中盤はスムーズである。だが、原作「Karz」の最大のハイライトは、モンティーがラヴィ・ヴァルマー・メモリアルホールで「Ek Haseena Thi」を上演してからのシーンである。このときカーミニーは初めてモンティーがラヴィの生まれ変わりであることを確信し、「お前は誰だ!」と問い掛け、最後には動揺して「私がラヴィを殺したのよ!」と絶叫の自白をするのである。このシーンはリメイク「Karzzzz」でもほぼそのまま使われていたが、予めラヴィの生まれ変わりであることを伝えていたので、「お前は誰だ!」という問い掛けに矛盾が生じてしまってしまっていた。

 それでも、原作の脚本は完成されており、ほぼそれに沿って作られた「Karzzzz」もとても面白い娯楽作品に仕上がっていた。モンティーと母親の再会シーンは何度見ても、リメイクだと分かっていても泣けるし、最後のモンティーとカーミニーの一騎打ちシーンは原作よりも緊迫感あるものにグレードアップしていた。それに加え、ヒメーシュ・レーシャミヤーの曲が満載で、ミュージカルシーンは通常の映画に比べて多めになっており、彼のファンはたまらないだろう。現に映画館はとても盛り上がっており、ひとつひとつ曲が流れるたびに拍手が起こり、観客も一緒に歌っていた。こういう映画は最近とんと減ってしまったのである。

 「Aap Kaa Surroor」のときに比べてヒメーシュの演技力は格段にアップしており、一人の俳優として遜色のない演技をしていた。彼は帽子がトレードマークだったのだが、今回はそれを敢えて捨てて、ノーキャップで勝負している。「Aap Kaa Surroor」ではヒメーシュの特徴である「鼻」がネタになっていたが、今回は「帽子」がネタになっていた。幼馴染みのダヤールと再会したモンティーは彼に「おい、帽子はどうしたんだ?」と聞かれていた。また、彼はどうも影のあるヒーロー像が目標のようで、前作同様終始物憂さを漂わせた演技をしていた。

 ヒロインのシュエーター・クマールは新人。プロデューサー・監督のインドラ・クマールの娘である。可もなく不可もなくという美貌と演技であった。

 悪女カーミニーを演じたウルミラー・マートーンドカルは、演技力・ダンス力共にトップクラスの女優であったのだが、あとひとつふたつ出世作に恵まれずにトップになれず、とうとうこういう役を演じるようになってしまったかという感じであった。元々エキセントリックな演技には定評があったが、今回40歳プラスの悪女役を演じたことで、もう二度と純粋なヒロインには戻れないように思われる。だが、彼女だから演じ切れた役だったことは確かだ。過去にこだわらず、今の年齢でできる最大限のことをしていってもらいたいものである。

 原作ではカビーラーおじさんはやたら詩を吟じる洒落た男だったが、リメイクではヒンディー語映画の台詞を引用するキャラになっていた。また、悪役のサー・ジューラーは、原作でもリメイクでも言葉をしゃべらないのだが、原作ではタップ信号で会話をし、リメイクではメロディーで会話をしていた。

 音楽は全てヒメーシュ・レーシャミヤー作曲である。原作「Karz」は、映画と音楽の融合が素晴らしかった作品であった。特に、「Ek Haseena Thi」のメロディーが要所要所で使われ、映画を見事にまとめていた。リメイク「Karzzzz」でもそのメロディーはそのまま使用されていた。原作の挿入歌「Om Shanti Om」は、2007年の大ヒット映画「Om Shanti Om」で使われるほど人気の曲であったが、「Karzzzz」ではそれをそのまま使うことをせずに、それと酷似した「Hari Om Hari Om」という曲が代わりに使われていた。モンティーとティナの出会いの曲は、原作では「Dard-e Dil」という名曲であったが、やはり「Karzzzz」ではそのままそれが使われず、ヒメーシュ・オリジナルの「Masha Allah」が使われていた。このように、音楽では微妙に原作を踏襲し、微妙にヒメーシュ色が出されていた。また、ダンスナンバー「Tandoori Nights」もキャッチーでいい曲だ。ディスコでヒットしそうである。

 原作「Karz」の大部分はタミル・ナードゥ州の有名な避暑地ウータカマンドで撮影されたが、リメイク「Karzzzz」は南アフリカ共和国とケニアが主な舞台であった。インドのシーンはひとつもなかった。

 「Karzzzz」は、1980年の「Karz」のリメイクで、ストーリーに大きな変更はないが、ヒメーシュ・レーシャミヤーというユニークなパーソナリティーが主演し、しかもいかにもヒメーシュな歌を次から次へと歌いかけて来るため、原作を知っていても知らなくても楽しめる作品になっている。リメイク映画のひとつの完成形と言えるだろう。