Bachna Ae Haseeno

3.0
Bachna Ae Haseeno
「Bachna Ae Haseeno」

 インドの映画入れ替え日である金曜日が、ちょうどインドの独立記念日と重なった。先週公開された「Singh Is Kinng」(2008年)が今のところ今年最大のヒット作になりそうな勢いだが、本日(2008年8月15日)から公開の2作品も十分に期待できる。今日は「Bachna Ae Haseeno(美人たち、ご用心)」を観た。最近絶不調の大手プロダクション、ヤシュラージ・フィルムスの最新作で、監督は「Salaam Namaste」(2005年)や「Ta Ra Rum Pum」(2007年)のスィッダールト・アーナンド。去年デビューした大型新人ランビール・カプールとディーピカー・パードゥコーンの第2作であることも重要だ。

監督:スィッダールト・アーナンド
制作:アーディティヤ・チョープラー
音楽:ヴィシャール・シェーカル
歌詞:アンヴィター・ダット・グプタン
振付:アハマド・カーン
衣装:アキ・ナルラー
出演:ランビール・カプール、ビパーシャー・バス、ディーピカー・パードゥコーン、ミニーシャー・ラーンバー、クナール・カプール(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。満席。

 1996年。デリー出身の学生ラージ(ランビール・カプール)は、友人たちと女の子との出会いを求めてスイス旅行に来ていた。そこで出会ったのが、アムリトサルから来たマーヒー(ミニーシャー・ラーンバー)という女の子であった。マーヒーは「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)の大ファンで、シャールク・カーンが演じた主人公ラージを求めて両親や友人たちと共にスイスに来ていたのだった。二人揃って電車に乗り遅れてしまったことをきっかけに、ラージとマーヒーの仲は急接近する。だが、空港での別れの際、ラージが友人たちの前で強がって口にした言葉がマーヒーの心を傷付けてしまう。

 2002年。ラージはマイクロソフト社に就職し、ムンバイーで今をときめくITエンジニアとして生活していた。ラージの部屋の隣には、ジャールカンド州ラーンチーから映画スターになることを夢見てムンバイーへやって来たラーディカー(ビパーシャー・バス)という女の子が住んでいた。ラージとラーディカーはやがて同棲するようになる。だが、ラージはラーディカーとの結婚は全然考えていなかった。シドニーへの転勤が決まったことをきっかけに、ラーディカーと別れようとする。だが、ラーディカーは結婚して彼と一緒にシドニーへ行くと言い出す。断れきれない内に話はどんどん進んでしまい、困ったラージは結婚登録直前にシドニーへ逃亡する。

 2007年。ラージはシドニーのゲーム会社で管理職になっていた。相変わらず派手な女遊びをしていたが、ある晩、タクシー運転手をして学費を稼ぐインド人の女の子ガーヤトリー(ディーピカー・パードゥコーン)と出会う。ガーヤトリーは自立をモットーとしており、生活の安定のために結婚するという考え方を否定していた。結婚願望のないガーヤトリーに惹かれたラージであったが、やがて恋に落ち、あるとき彼女にプロポーズする。だが、ガーヤトリーの考えは変わっていなかった。彼女はプロポーズを拒否する。ラージは生まれて初めて失恋した。

 失恋の痛みを味わったラージは、急にマーヒーやラーディカーのことを思い出す。無断欠勤のために会社を解雇されたラージは、彼女たちに許しを乞うためにインドへ旅立つ。

 アムリトサルでラージはマーヒーがジョーギンダル(クナール・カプール)と結婚したことを知り、彼女に会いに行く。ところが、ジョーギンダルはラージに会った途端にパンチをお見舞いする。マーヒーは今でもラージの仕打ちによって受けた心の傷を引きずっており、夫に対しても心を開こうとしなかった。その原因を知ったジョーギンダルは、ラージに対して憎しみを燃やしていたのであった。だが、責任を感じたラージはマーヒーに許しを乞うと同時にジョーギンダルとの仲を取り持ち、二人の間に信頼関係を芽生えさせることに成功する。

 次にラージはムンバイーへ向かった。ラーディカーはいつの間にかシュレーヤーという名で大スターとなっていた。彼女は忙しい毎日を送っており、周囲には常にガードマンがいたため、ラージはなかなかラーディカーと話すことができなかった。そこで、ラーディカーがイタリアの別荘へ休暇に行くと、それを追って行く。ラーディカーは簡単に許そうとしなかったが、ラージを個人秘書として雇い、こき使うことにする。ラージは嫌な顔ひとつせずにラーディカーに仕える。やがてラーディカーの心にも変化が訪れ、彼を許す気になる。そもそもラージに捨てられたおかげで夢を叶えることができたのだし、ラージを許すことで彼女の気持ちは楽になったのだった。

 シドニーに戻って来たラージは、部屋にガーヤトリーからの手紙がたくさん来ていることに気付く。ラージが急にいなくなった半年間、ガーヤトリーはラージのプロポーズを受け入れる気持ちになったのだった。ラージとガーヤトリーは再会し、愛を受け入れ合う。

 シンプルで分かりやすい筋のラブコメ映画であった。若手スター2人が輝いている上に、ちょっとした下ネタ、豊富な海外ロケ、軽快な音楽とダンス、過去のヒンディー語映画のパロディーやオマージュ満載で、優良な娯楽映画に仕上がっていた。まずまずのヒットになることが予想される。

 映画のポスターを見れば、1人の男が3人の美女と恋愛を繰り広げるストーリーであることは容易に想像が付くだろう。それらの恋愛が同時進行するのかとも予想していたが、基本的には、主人公ラージが人生の各段階――大学入学前、就職後、海外転勤後――において出会った3人の女の子との恋愛がオムニバス的に語られる映画だった。だが、3人の美女との出会いと別れは、前半で終わってしまう。後半は一転して、過去に心を傷付けた女の子たちへの贖罪の旅となる。そしてそれが終わったときに、本心から恋したヒロイン、ガーヤトリーと結ばれるのである。結婚を否定していたガーヤトリーがいつの間にかラージとの結婚を望むようになった過程が詳しく描かれておらず、突然の展開のような印象を受けたが、それ以外は分かりやすく退屈しない筋であった。

 映画の題名の意味と、映画中に織り込まれている監督のメッセージを考え合わせると、もっとも重要なのはジョーギンダルとマーヒーのシーンである。ジョーギンダルは真面目なスィク教徒で、昔から一途に恋して来たマーヒーと結婚し、2児をもうける。だが、マーヒーの心には常に、スイス旅行中に会ったラージから受けた傷が残っていた。マーヒーは再び裏切られることを恐れ、夫にも完全に心を開けないでいたのである。ジョーギンダルはラージに対し、「どうして女はすぐにお前みたいないい加減な男に騙されるんだ!?俺は、お前の犯した過ちの尻ぬぐいをずっとさせられているんだぞ!」と怒りをぶつける。ラージのような調子のいい男にご用心という訳だ。さらに、ラーディカーとの恋愛からは、精神的結婚適齢期に達していない男が突然結婚に直面したときに精神状態がよく表されていた。3人の美女が出て来るため、一見すると男性向けの映画だが、実際は、1人の男性の精神的成熟の過程が研究された作品で、やはり題名が示す通り、どちらかというと女性向けの映画になっているように思えた。

 ちなみに、「Bachna Ae Haseeno」というフレーズは、主人公ランヴィール・カプールの父親リシ・カプールが主演した映画「Hum Kisise Kum Naheen」(1977年)の中のヒット曲の歌詞である。「美人たちよ、気を付けろ、何しろ俺様がやって来たんだからな!」というキザな歌詞のこの曲は、インド人なら誰でも知っているというレベルの有名なものだ。映画「Bachna Ae Haseeno」中のタイトルソングには、原作のキショール・クマールの歌声がアレンジされて使われている。

 インド人ITエンジニアの王道を進む主人公と、1996年、2002年、2007年、そして現代へと進んでいく時間軸は、そのままインドの経済発展の象徴となっている。時間が進むにつれ、ラージがとんとん拍子に出世して行く様子が観察でき、面白い。これは、ITブームの波に乗った幸運なインド人の人生の真実であろう。

 映画中、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)、「Dhoom」(2004年)、「Jhoom Barabar Jhoom」(2007年)など、ヤシュラージ・フィルムス関連の過去の作品のパロディーが見られた。ラージとラーディカーが婚前同棲する下りも、スィッダールト・アーナンド監督自身の作品「Salaam Namaste」のパロディーと言える。

 昨年デビューし話題をさらったランビール・カプールとディーピカー・パードゥコーンにとって、第2作に当たるこの映画は、今後のキャリアの方向性を決める重要な試金石であった。二人ともデビュー作のイメージを踏襲しつつ発展させており、合格点と言えるだろう。ただ、前作「Om Shanti Om」(2007年)でソロのヒロインを演じたディーピカーは、今回は3人のヒロインと一本の映画を共有する形であるため、存在感は前作ほどではない。だが、先輩女優になるビパーシャー・バスを差し置いて、メインヒロインの座を確保したことは意義ある点であろう。あと、前作ではディーピカーの声は吹き替えだったが、どうも今回も吹き替えのような感じである。

 ランビールには十分にヒーローのオーラがある。しかも彼はこの映画で、「連続キス魔」の異名を持つイムラーン・ハーシュミーのお株を奪う3連続キスを達成した。つまりランビールは3人のヒロインとリアルでキスをする。ちなみに、現在ランビールとディーピカーは恋人関係にある。

 ビパーシャー・バスは演技で貫禄を見せていた。特に後半、贖罪に来たラージをやっとのことで許すシーンで見せるホッとした笑顔に彼女の魅力が集中していた。デビュー以来彼女に付きまとってキャリアの妨げになって来たセックスシンボルのイメージがだいぶ薄れて来たように思う。ミニーシャー・ラーンバーは、他の二人の女優に比べて色白である点で突出しているが、それ以外で魅力は感じなかった。彼女は小じわが目立つため、どうしても老けて見えてしまう。あとはクナール・カプールがスィク教徒役でサプライズ出演でしっかりした演技を見せていたのが収穫であった。

 音楽はヴィシャール・シェーカル。もっともノリノリなのは前述のタイトルソング「Bachna Ae Haseeno」であるが、ディスコ・ナンバー「Lucky Boy」、バーングラー・ナンバー「Jogi Mahi」などもよい。サントラCDはまずまず買いの出来である。

 デリー、ムンバイー、アムリトサル、スイス、イタリア、オーストラリアでロケが行われており、とても豪華な雰囲気の映画になっていた。ロケ地の選定にもかなり戦略的な意図が感じられる。その辺りはヤシュラージ・フィルムスらしい。

 「Bachna Ae Haseeno」は、盛りだくさんだが疲れない、ちょうどいいバランスの娯楽映画である。次世代の大スター候補、ランビール・カプールとディーピカー・パードゥコーンの成長を見守る意味でも、押さえておいて損はない。