Contract

3.0

 2008年7月18日から2本のヒンディー語映画が公開された。「Kismat Konnection」と「Contract」である。本当は先に前者を観ようと思って出掛けたのだが、なぜかPVR系列の映画ではこの映画の公開が中止になっており、仕方なく「Contract」の方を先に観ることになった。

 「Contract」は、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督がもっとも得意とするアンダーワールド映画である。ヴァルマー監督は「Satya」(1998年)以来、ムンバイーのアンダーワールドに深く切り込んだ作品を世に送り出して来ている。しかも、時代の変遷と共に変容しつつあるアンダーワールドの構造も、一連の映画の中に反映させている。それらは今や、単なる作品群ではなく、「研究」と言ってもいいほどのボリュームになりつつある。ヴァルマー監督の映画は、インドの裏社会を理解する上で大きなヒントを与えてくれる。

 今回公開された「Contract」は、アンダーワールドとテロリズムの結びつきを主題にした映画である。

監督:ラーム・ゴーパール・ヴァルマー
制作:プラヴィーン・ニシュチャル、アジャイ・ビジュリー、サンジーヴ・K・ビジュリー
音楽:アマル・モーヒレー、サナー、バーピー・トゥトゥル
歌詞:プラシャーント・パーンデーイ、メヘブーブ
出演:アドヴィク・マハージャン、サークシー・グラーティー、プラサード・プランダレー、ザーキル・フサイン、スミート・ニジャーワン、ウペーンドラ・リマエー、キショール・カダムなど
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 陸軍士官のアマン・マリク(アドヴィク・マハージャン)は、インドで無差別テロを指揮する狂信的宗教指導者スルターン(ザーキル・フサイン)を追い詰めるが、スルターン自身に「お前は何のために生きている?国のためか?国とは何だ?」と問い掛けられ、混乱する。その隙にスルターンに逃げられてしまうが、アマンは以後、その問いを自問し続け、遂には除隊してしまう。アマンは一般人となり、妻のディヴィヤーや娘と共にムンバイーで生活していた。

 そこへある日、ムンバイー警察特捜部のアハマド・フサイン(プラサード・プランダレー)が訪ねて来る。アハマドもスルターンを追っていたが、新たな方法でスルターンまでアプローチすることを模索していた。スルターンのような外国人テロリストは、インドでのテロを実行するため、地元のギャングと手を結ぶ。スルターンは、ムンバイーのアンダーワールドを牛耳るRD(スミート・ニジャーワン)と提携関係にあった。そこで、まずはインフォーマントをRDのギャングに送り込み、そこからスルターンへアプローチしようとしていたのである。そのインフォーマントとして白羽の矢が立ったのがアマンであった。警察内部にも裏切り者がおり、警察官をインフォーマントにすることは困難だった。そこで、陸軍で数々のメダルを受勲し、現在は一般人のアマンが適任だったのである。

 アマンは最初「一般人だから」と言って断るが、アハマドは、「テロリストは一般人を狙う」と釘を刺す。その直後、アマンの妻子はテロに遭って死んでしまう。アマンはアハマドを自ら訪ね、インフォーマントになる決意を告げる。

 アマンは、アマーン・アリー・ユースフという偽のアイデンティティを与えられ、監獄へ送られた。アマンの潜入活動を知っているのはアハマドのみであった。アマーンは監獄でRDの部下を殺害し、それをきっかけにRDに目をかけられる。釈放された後、アマーンは海外に住むRDの駒としてムンバイーのギャング抗争に飛び込み、ライバルのグーンガー(ウペーンドラ・リマエー)のギャングの部下を次々に葬る。グーンガーはインド政府とつながっており、政府に働きかけ、アマーンを指名手配させる。アマーンは、ムンバイー警察の銃撃戦スペシャリスト、ダーラー(キショール・カダム)に命を狙われるものの逆に彼に恥辱を味わわせる。だが、次第に捜査が本格化したため、アマーンはRDの住む国へ呼び寄せられる。そこで初めて彼はRDと顔を合わせる。

 ダーラーは、グーンガーに雇われてアマーンを追って来る。ダーラーはRDとアマーンを殺そうとするが逆にアマーンの活躍で返り討ちに遭う。これらの事件を通し、RDの妹のイヤー(サークシー・グラーティー)はアマーンに惚れ込む。RDも二人の仲を認める。アマーンとイヤーは協力してグーンガーのギャングを壊滅させる。

 その頃、スルターンはムンバイーで大規模なテロを計画していた。RDは、その実行者としてアマーンを推した。イヤーも同行することになり、アマーンとイヤーは船でムンバイーへ向かう。だが、アマーンは船上でイヤーに、「俺はアマーンではなくアマンだ」と自分の正体を明かし、本当の目的を言う。イヤーはそれでもアマンを信じ、付いて来ることになった。

 一方、アハマド・フサインは内相の家を訪れていた。アマンからの垂れ込みにより、スルターンがムンバイーにいることが明らかになったため、スルターン逮捕のために内相自らの介入を求めたのである。だが、実はスルターンの裏には内相自身がいた。今度の選挙で息子が立候補しようとしており、そのためにムンバイーでテロを起こして選挙を有利に進めようとしていたのである。アハマドは捕まってしまう。また、アマーンがムンバイーへ発ってから、RDの隠れ家で爆発があり、RDのギャングは壊滅してしまっていた。

 ムンバイーでアマーンとイヤーはスルターンと会った。だが、アハマドがムンバイーでのテロ計画を知っていたこと、RDのギャングが壊滅したことで、スルターンはアマーンを疑っていた。アハマドはアマーンの目の前で殺されてしまうが、アマーンの機転に疑いは晴れる。

 スルターンは、往来の多い駅でのテロを計画していた。しかも、その近くに病院がある駅を探していた。なぜなら、まず駅で爆弾を爆発させ、怪我人が病院に運び込まれたときに、そこで2度目の爆発を起こして、さらに被害を甚大にしようとしていたのである。それらの話を聞き、アマンはテロで死んだ妻子のことを思い出し、遂に我慢できなくなってスルターンを射殺する。スルターンの部下たちをもイヤーと共に皆殺しにし、警察に一報を入れてその場を去る。メディアは、スルターンに変わる新たなテロリストの首領、アマーン・アリー・ユースフの登場を盛んに報じた。

 「Contract」の予告編では以下のような宣伝文句が出て来た――アンダーワールドのインサイド・ビューを描いた「Satya」(1998年)、そのオーバー・ビューを描いた「Company」(2002年)、それらの次に来る「Contract」では、アンダーワールドがテロリズムと出会う――ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は、他にも多くのアンダーワールド映画を監督したりプロデュースしたりしているが、どうやら監督は新作を上記の2作の続編扱いとしたいようである。「Satya」は未見なのだが、「Company」は印象に残っている映画の一本である。インドで携帯電話が一気に普及したのは2001年~02年であったが、それはインドの社会を大きく変えた。情報の伝達が飛躍的に迅速になり、社会の様々な面で革新が起こったが、もっとも大きな出来事は、国民民主連合(NDA)政権の失脚であろう。NDA政権が2004年の下院選挙で過半数割れして政権を失った原因はいくつもあるが、その内のひとつに携帯電話の普及が考えられている。家庭用電話しかなかった時代に比べ、政治家や政党のスキャンダルを含むあらゆる情報が有権者から有権者へ野火の如く伝わるようになり、選挙の方法論そのものが大きく変わってしまった。インドでは伝統的に選挙は与党が不利であったが、携帯電話の登場でそれに拍車がかかった。携帯電話は、アンダーワールドの構造にも大きな変化をもたらした。ギャングのドンは離れた土地から携帯電話によって実働部隊を操るようになったのである。「Company」は、海外に住みながら携帯電話一本でムンバイーを支配するギャングを描いた作品で、携帯電話が異様な存在感を放っていた。

 では、「Contract」における「アンダーワールドがテロリズムと出会う」とはどういうことであろうか?ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は、映画のウェブサイトで興味深いデータを示している。「Satya」が公開された1998年、ムンバイーではアンダーワールド関連の銃撃戦が108件もあった。だが、2006年にその数は5件まで減少している。だが、それは必ずしもギャングの活動が失速したことを表していない。むしろ、現状はより危険な傾向に向かいつつある。ギャングがテロリストの支援組織に変容しつつあるのである。

 インドでテロを行うテロ組織は多くの場合、外国(パーキスターン、バングラデシュ、アフガニスタンなどと読んで差し支えないだろう)を拠点としている。彼らはインドでテロを実行するために、現地の犯罪組織の支援を必要としている。地元マフィアはテロリストの要望に応えられるだけの組織を元から持っており、テロリストとマフィアは簡単に提携関係となってしまう。こうして、現在インドのアンダーワールドは、外国テロ組織の支援機関として再構成されつつあるのである。「Contract」は、アンダーワールドのその最新事情に切り込んだ作品という訳だ。

 「Contract」とは「契約」という意味である。ここまで解説を読むと、映画の題名は、外国テロ組織と地元マフィアの間の契約のように思われるかもしれないが、そうではない。インドのアンダーワールドの文脈で「コントラクト」と言った場合、それは特に「殺しのライセンス」を意味する。ヒンディー語ではそれを「スパーリー」と呼ぶ。一般に、マフィアのドンが特定の人物の暗殺を暗殺者に命じることを「コントラクト」と言い、その暗殺者を「コントラクト・キラー」と呼ぶのである。映画の中で「コントラクト」を与えられたのは、主人公のアマン/アマーンであり、与えたのはムンバイー警察特捜部のアハマド・フサインである。アハマドは、テロリストの首領スルターンまで辿り着くためのあらゆる殺人を許可、つまり「コントラクト」を与えたのである。

 アマンは映画の最後で「契約」を果たし、スルターンを殺す。だが、スルターンの裏にはあろうことか内相がいた。有力政治家が政局を自分に有利にするためにテロリストを利用しようとしていたのである。アマンは黒幕を白日の下にさらし出すまでは、スルターンに殺されたアハマド・フサインとの「契約」は切れていないと感じ、そのときまで偽のアイデンティティであるアマーン・アリー・ユースフを使い続けることを決意する。この時点で映画はエンディングを迎えている。続編を作れそうな終わり方であったが、おそらくヴァルマー監督の意図は、テロを政治に利用する悪徳政治家への警鐘に留まるものであろう。果たしてこの部分まで真実なのかどうかは分からないが、インドなら十分ありうる話である。

 ヴァルマー監督ならではの凝ったカメラアングルがこの映画でも健在であった。だが、今回は脚本により重みを持たせていたようで、「ちょっとこれは凝りすぎだろう」という珍妙なレイアウトのシーンは目立たなかった。おかげで自然にスクリーンに入り込めた。

 非常に硬派な映画であったが、女っ気を無理に入れてしまったところに弱みを感じた。女っ気とはヒロインのイヤーの存在に他ならない。RDの妹で、新しくギャングに加わった凄腕の男アマーンに惚れ込むという設定までは許せたが、彼と一緒にライバルのギャングを殲滅しに行ったり、彼の本名と正体を知った後も「あなたの名前ではなく、あなたを愛している」と言って彼に付き従うのには、場違いな甘さを感じた。どうせなら男オンリーの映画にして欲しかった。

 とは言え、イヤーを演じたサークシー・グラーティーは悪い女優ではなかった。彼女は2007年のミス・インディア最終候補者で、本作が映画デビュー作。ミステリアスな雰囲気がよかった。王道ヒロイン女優としては大成しないかもしれないが、演技に磨きをかければ映画界に居場所ができるだろう。

 対する主人公アドヴィク・マハージャンも本作がデビュー作である。台詞のしゃべり方に多少強みが欠けていたが、それ以外は可もなく不可もなくといったところであった。

 脇役陣の中では、アハマド・フサインを演じたプラサード・プランダレー、RDを演じたスミート・ニジャーワン、グーンガーを演じたウペーンドラ・リマエーなどが良かったが、特においしかったのは銃撃戦スペシャリストのダーラーを演じたキショール・カダムであった。彼がムンバイーの市中を素っ裸で走るシーンがあるので注目である。

 「Contract」は、インドの現在のアンダーワールドの実情に深く切り込んだスリリングな映画である。有名な俳優は一人もおらず、通常の娯楽映画ファンには向かないが、ヴァルマー監督の過去のアンダーワールド映画と併せて観て、インドの裏社会がどのように変遷して来ているのかを概観すると面白いだろう。