Boothnath

3.0

 現在インドではクリケットリーグのIPL(インディアンプレミアリーグ)が開催中である。クリケットの大きな試合がある期間は伝統的に駄作映画のダンピング期間となり、良作のインド映画は公開されにくい。現在あまりいい映画が公開されていないのはそのためである。一応先月末に期待作「Tashan」が公開されたが、これは興行的に沈没してしまった。本日(2008年5月9日)から公開の「Bhoothnath」は、一見すると安っぽい子供向けのホラー映画で、やはりダンピング期間だからこそ封切られた映画だと思われた。だが、アミターブ・バッチャン、シャールク・カーン、ジューヒー・チャーウラーなど、俳優陣はとても豪華であり、一定の期待が持てたために映画館に足を運んだ。

監督:ヴィヴェーク・シャルマー
制作:ラヴィ・チョープラー
音楽:ヴィシャール・シェーカル
歌詞:ジャーヴェード・アクタル
振付:レモ、ヴァイバヴィー・マーチャント
出演:アミターブ・バッチャン、ジューヒー・チャーウラー、サティーシュ・シャー、ラージパール・ヤーダヴ、アマン・スィッディーキー、テージャス、アーシーシュ・チャウダリー、プリヤーンシュ・チャタルジー、シャールク・カーン(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 7歳のやんちゃな男の子アマン・シャルマー(アマン・スィッディーキー)、通称バンクーは、両親(シャールク・カーンとジューヒー・チャーウラー)と共にゴアの古い屋敷ナートヴィラへ引っ越して来た。クルーズ船で働く父親は、すぐに仕事へ行ってしまい、バンクーと母親は二人で住み始める。だが、地元の人々の話では、この屋敷にはお化けが住んでいると言う話であった。バンクーは最初怖がるが、母親は「お化けなんていないのよ。でも天使はいるのよ」と教える。また、母親は屋敷に住み着いていた酔っ払いのアントニー(ラージパール・ヤーダヴ)を見つけ、お化けの正体を見破ったと得意気になる。また、バンクーは地元の小学校に通い出すが、クラスメイトのジョジョ(テージャス)とすぐにライバル関係となり、校長(サティーシュ・シャー)から睨まれる存在となる。

 ある晩、バンクーがアイスクリームを食べに台所へ行くと、ボロボロの衣服を身にまとった長身の男(アミターブ・バッチャン)が現れる。男は最初自分のことを「ブート(お化け)」と名乗り、後で本名を「ナート」と名乗ったので、バンクーは彼をブートナートと呼ぶようになる。バンクーは母親からお化けなんていないと聞いていたので、ブートナートのことを天使だと思い、親しげに語りかける。ブートナートは自分を怖がらない少年を見て驚き、お化けとして自信を失う。

 その夜からバンクーとブートナートのおかしな関係が始まった。ブートナートは何とかバンクーを怖がらせようとするが、バンクーはブートナートに家の掃除をさせたりしてからかう。バンクーが階段から落ちて怪我を負ったことをきっかけにブートナートはバンクーと友情を交わすようになり、よき遊び相手かつよき相談役になる。最初はバンクーの行動は周囲の人々から奇行と見られていたが、やがてバンクーの両親もブートナートの存在を信じるようになる。

 あるときブートナートは身の上話を始める。ブートナートの本名はカイラーシュ・ナートであった。カイラーシュ・ナートはこのナートヴィラに妻と一人息子(プリヤーンシュ・チャタルジー)と共に住んでいた。彼は息子を米国に留学させるが、息子はそこに住み着いてしまい、帰って来なかった。妻は息子の帰りをずっと待ち侘びていたが、遂に死んでしまった。妻の葬式に息子は帰って来るが、そのとき息子はナートヴィラを売り払ってカイラーシュ・ナートを米国へ連れて行こうとする。カイラーシュ・ナートはそれを拒否し、息子も米国へ去って行ってしまう。だが、そのときカイラーシュ・ナートは階段から足を滑らせて頭を打ち、死んでしまう。そのときから彼は幽霊となってこの屋敷に住み着いていた。

 だが、その息子が再びゴアに来ていた。ナートヴィラを売却するためだった。父親は、ブートナートを成仏させる儀式を行うため、息子に会いに行く。インドでは父親の葬式は息子が行う習慣になっていた。だが、息子はそれを拒否する。また、息子を決して許そうとしないブートナートを見て、バンクーは「僕には許すことが大事だと言っていたのに、なんで自分の息子のことは許さないの?」と問い掛ける。ブートナートは空を見上げる。だが、バンクーには成仏がどういうことかよく分かっていなかった。

 ブートナート成仏の儀式が始まった。最初はバンクーがその儀式を行ったが、途中で息子がやって来たため、彼に代わる。その儀式を経てブートナートは成仏してしまう。バンクーはブートナートが消えてしまったことを悲しむが、次の日、ブートナートはひょっこり姿を現す。一旦は成仏したブートナートだったが、バンクーのために戻って来たのだった。

 子供向け映画は現在のヒンディー語映画のトレンドのひとつである。子供向けアニメ映画「Hanuman」(2005年)の成功を受け、数々の子供向け映画が、実写・アニメ共に作られるようになった。おそらく制作者や映画館にとって子供向け映画はおいしい商品なのだろう。子供は経済の原動力のひとつである。子供のためにいくらでも金を使う親はインドにも少なくない。さらに、子供単体で映画館に来ることはなく、家族揃っての鑑賞が主となるため、通常の映画に比べて動員数が数割増しになることが期待される。ちなみにインドの映画館に子供料金はない。また、特にシネコンでは館内のスナックバーで儲けを出しているものだが、食欲と好奇心が旺盛な子供が多ければ多いほど飲食物の売上アップも期待できる。さらに、子供向け映画の上映時間は一般に2時間ぐらいであり、上映時間3時間の一般のインド映画に比べて回転がよく、映画館にとってチケットを多くさばける都合のいいコンテンツになる。

 一方、ホラー映画はヒンディー語映画界においてすっかり定着したジャンルとなった。現在のヒンディー語映画界におけるホラー映画トレンドの直接の発端は「Raaz」(2002年)の大ヒットだった。だが、インド映画の特徴であるミュージカルや、ラサ(情感)の多様性と、ホラー映画の本質である「恐怖」の折り合いが難しく、しばらく試行錯誤の時代が続いた。数々のホラー映画が作られ、その多くは失敗作に終わった。だが、インド映画とホラー映画の融合は遂に「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)や「Om Shanti Om」(2007年)において一定の完成を見た。インド映画的ホラー映画は、今もっとも旬なジャンルである。

 「Bhoothnath」も、てっきりそれらのトレンドに乗っかった作品だと考えていた。だが、実際には子供だけでなく全年齢の人々が楽しめる優れた娯楽映画になっていたし、お化けの映画なのでホラー映画だと思いきや、むしろ笑いと感動に重点を置いた作品となっていたのも驚きだった。しかも、子供の情操教育に役立つような道徳映画としても十分完成されていた。インド映画の特徴を保持しながら、子供向け映画とホラー映画を上手に融合し、しかも万人が楽しめる笑いと感動に溢れた作品にまとめたことが、「Bhoothnath」の最大の美点である。

 ただ、ヴィヴェーク・シャルマー監督は新人監督であるためか、所々で未熟さも見られた。特にブートナート登場シーンは、もう少し溜めが欲しかった。幽霊映画で初めて幽霊が姿を現すシーンは、監督の腕の見せ所である。なるべく溜めて溜めてこれ以上にないほど溜めたところでグァッと行かないと、ホラー映画としては失格だ。子供向け映画ということで、意図的にあまり怖くしなかったのかもしれないが、あまりにスムーズにブートナートが登場してしまったので、多少拍子抜けであった。

 カイラーシュ・ナートとその息子の関係は、映画の感動ポイントのひとつである。良かれと思って米国へ留学させたが、そのままそこに住み着いてしまって全く帰って来ない息子を思う両親の姿は、もしかしたら現代のインドでよくある光景なのかもしれない。カイラーシュ・ナートは、最後で成仏の儀式によって天に召されて行くが、儀式を通してではなくむしろ、息子の涙ながらの「お父さん、許して下さい!」という言葉によって成仏したように見えた。映画の大きなテーマは「許し」であった。人を許すことの大きさが訴えられていた。

 最後で一度成仏したブートナートが再び帰って来るのは、ハッピーエンドを基本とするインド映画の習慣に合わせたのだろうか?インド初SF映画「Koi… Mil Gaya」(2003年)の終わりとも似ていた。映画の終わらせ方に、日本人とインド人の美意識の極端な違いを感じる。また、「To be continued…」と書かれていたので、続編の予定もあるのだろう。

 アミターブ・バッチャンは今までのキャリアの中で初めて幽霊役に挑戦したと言う。お化けにしては無力で感情的で悪戯好きだったが、バンクーと心を通わせて行く中で次第に柔らかくなって行く姿をよく表現できていた。ジューヒー・チャーウラーは近年の演技の中ではベストである。復帰後の彼女の演技はドン臭いものが多かったのだが、「Bhoothnath」で本来の良さが出せていた。シャールク・カーンは特別出演扱いだが、登場時間は長く、重要なキャストの一人であった。他の映画に比べて老けて見えたが、貫禄の演技であった。

 主人公バンクーを演じた子役俳優アマン・スィッディーキーはとても良かった。最近のヒンディー語映画では、いい子役がたくさん登場しており、安心できる。ただ、バンクーのライバル、ジョジョを演じたテージャスと顔が似ており、区別するのが難しかった。

 音楽はヴィシャール・シェーカル。子供たちがギャングのような格好をして踊る「Hum To Hain Andhi」、アミターブ・バッチャンとジューヒー・チャーウラーのデュエット「Chalo Jaane Do」などが面白かったが、サントラCDを買うほどのものではない。

 ゴアが舞台になっていただけあり、ゴアのいろいろな名所でロケが行われていた。フォート・アグアダ、チャポラ・フォートなどが特定できた。

 「Bhoothnath」は、ただの子供向け映画ではなく、笑いあり、涙ありの典型的なインド娯楽映画となっており、全ての人々にオススメできる良質の作品である。何気に豪華なスターが出演しているのも見所だ。