Hope and A Little Sugar

2.5

 先日公開されたパーキスターン映画「Khuda Kay Liye」(2007年)は911事件後のイスラーム教をテーマにした映画だった。同映画に出演していたインド人俳優ナスィールッディーン・シャーは「Yun Hota To Kya Hota」(2006年)で監督デビューしているが、これも911事件を題材にしていた。米国では、「Fahrenheit 9/11」(2004年)、「World Trade Center」(2006年)、「United 93」(2006年)など、既にいくつも911事件に関連する映画が作られている。後世、21世紀の最初の10年の映画の傾向が分析された場合、必ず911事件がひとつの象徴的テーマとして評価されることになるだろう。2006年初公開ながら、2008年4月18日からインドで封切られた「Hope and a Little Sugar」も、やはり911事件を題材にした映画である。監督や主演はインド人だが、基本言語は英語になっている。

監督:タヌジャー・チャンドラー
制作:スコット・パルド、グレン・ルソー
音楽:ウェイン・シャープ
出演:アヌパム・ケール、マヒマー・チャウダリー、アミト・スィヤール、スハースィニー・ムレー、ヴィクラム・チャトワール、ランジート・チャウダリー、ポール・ベリー、ニコエ・バンクス、シルパー・グハー
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 ニューヨークでバイクメッセンジャーとして働きながらカメラマンを目指すインド人ムスリム男性アリー・スィッディーキー(アミト・スィヤール)はある日、菓子屋「Hope and a Little Sugar」を経営するインド人スィク教徒女性サローニー(マヒマー・チャウダリー)と出会い、一目惚れする。だが、サローニーはオーベローイ大佐(アヌパム・ケール)の息子ハリー(ヴィクラム・チャトワール)と結婚していた。それでも三人は仲良くなり、アリーはオベロイ家にも行き来するようになった。

 そんな中911事件が発生し、世界貿易センタービルに勤務していたハリーは行方不明になってしまう。オーベローイ大佐は貼り紙を作ってあちこち息子を探して回るが、何の手掛かりも得られなかった。次第に彼は荒れて行く。しかも、常にターバンをかぶっていたオーベローイ大佐は、米国人からウサーマ・ビン・ラディーンと言われ、攻撃の対象となることが多くなった。さらに、アリーがサローニーと仲良くしているのを目撃し、怒りが爆発する。アリーは大佐に殴られ、オーベローイ家に出入り禁止になる。

 それでもアリーとサローニーは密かに会っていた。もうアリーはオーベローイ家に行けなくなってしまったため、サローニーは初めてアリーの家へ行く。彼の部屋の壁はサローニーの写真で埋め尽くされていた。アリーは彼女に愛の告白をする。

 だが、オーベローイ大佐の怒りは収まっていなかった。妻(スハースィニー・ムレー)からサローニーの幸せのことも考えてあげるべきだと言われて激怒したオベロイ大佐は、拳銃を持ってアリーの家へ向かった。オーベローイ夫人から知らせを受けたアリーは、大事にしていたカメラを質に入れて拳銃を購入し、大佐を待つ。だが、オーベローイ大佐は途中でチンピラに捕まってリンチに遭ってしまう。

 オベロイ大佐は入院し、一命を取り留める。彼はアリーに謝り、妻と共にインドへ帰ることを決める。ニューヨークに残ったアリーとサローニーは、二人で菓子屋「Hope and a Little Sugar」を再スタートさせる。

 「Hope and a Little Sugar」は、2006年にニューヨークで開催された南アジア国際映画祭で最優秀長編映画賞を受賞したようだ。だからある程度の質の映画であることを期待して映画館に足を運んだのだが、その期待に応えられるような作品ではなかった。

 2001年、ニューヨーク、イスラーム教徒の主人公、スィク教徒のヒロイン、一目惚れ、だがヒロインは既婚、911事件によるヒロインの夫の死、米国人から差別を受けるヒロインの父親、イスラーム教徒への憎悪、夫の死後ヒロインの心の支えとなる主人公、これらのキーワードを与えられれば、あらすじを読まなくても誰でも内容と結末が想像できそうな作品であった。悪い映画ではないのだが、無難にまとまりすぎで、面白みに欠けた。

 911事件をインド人の視点から見るため、1992年から93年にかけてのムンバイー暴動と重ね合わせたのは工夫が見られた点であった。主人公のアリーは、幼い頃にムンバイー暴動を経験しており、そのとき弟を死なせてしまう。弟は暴徒に殺されたのであるが、アリーは自分が殺したのだと考え、トラウマとなっていた。そのトラウマは、銃を持ってオーベローイ大佐が自分を殺しに来るときに観客に明らかになるが、詳細は映画の中では語られていない。また、オーベローイ大佐は1971年の第3次印パ戦争のときの英雄であり、それもイスラーム教徒に対する偏見という意味で、物語の伏線となっていた。

 911事件後に、米国において、ターバンをかぶったスィク教徒がテロリストの一味と間違えられて差別を受けたりしたのは有名な話だ。映画で本当に語りたかったのはその出来事だと思われる。911事件で息子を失ったスィク教徒の父親が、人々からテロリストと罵られるのは大変な苦痛である。だが、同じような状況を強力なメッセージと共に描写した「Khuda Kay Liye」と違い、「Hope and a Little Sugar」ではただの悲劇的な出来事で終わってしまっており、インド人側からの主張みたいなものが全く感じられなかった。結局オーベローイ大佐夫妻は米国を去ってインドに帰ってしまい、むしろ何かわだかまりが残る終わり方になっていた。

 もしインドの同様の事件と911事件を結び付けて映画らしい効果を求めるならば、ムンバイー暴動や第3次印パ戦争よりも、1984年にデリーで起こったスィク教徒虐殺事件の方が適していたのではないかと思う。

 一応カテゴリーとしては恋愛映画になるだろう。映画はアリーとサローニーの出会いから始まり、二人のゴールインで完結しているからだ。だが、911事件で夫を失ったサローニーがアリーに心を開くのが早すぎではないかと思った。そのせいで、恋愛映画として見ても中途半端なものとなっていた。

 ヒロインはマヒマー・チャウダリー。彼女を見たのは久し振りである。あまりに久し振りすぎて名前がすぐに浮かんで来なかった。第一印象は「老けたなぁ・・・」というものだった。しかも映画の撮影は2004年に行われたというので、スクリーンに映っているのは4年前の彼女ということになる。今ではもっと老けてしまっているだろう・・・。てっきりお母さん役か何かに転向して出演しているのかと思ったのだが、しぶとくヒロインを演じていた。もしかして英語映画出演は初めてかもしれないが、演技や台詞に問題はなかった。もう少し自分をわきまえた役を演じる勇気を持てば、復活もありうるだろう。

 主演のアミト・スィヤールは、舞台などの経験は豊富のようだが、長編映画での演技はこれが初めてのようである。舞台の世界でどれだけ活躍しているかは分からないが、映画向けの俳優ではないと感じた。与えられた役も悪かった。人物描写に失敗しており、個性のないキャラクターになってしまっていた。

 他に、ベテラン俳優のアヌパム・ケールが、ヒロインの父オーベローイ大佐として重要な役を演じていた。陽気でおどけた表情から、涙を浮かべた激怒の仕草まで、貫禄の演技であった。オーベローイ夫人を演じたスハースィニー・ムレーもベテラン女優である。

 言語は基本的に英語だが、パンジャービー語やヒンディー語も出て来る。だが、英語以外の言語の場合は英語字幕が付くので、理解には困らないだろう。

 「Hope and a Little Sugar」は、インド人の視点から911事件を描いた作品として記録に残る映画の一本になるだろうが、あまりに無難にまとまりすぎており、映画としての楽しさはあまりない。期待はしない方が吉である。