U Me Aur Hum

3.5
U Me Aur Hum
「U Me Aur Hum」

 昨年末、人気男優アーミル・カーンが「Taare Zameen Par」(2007年)で監督デビューを果たした。アーミル・カーンは寡作な代わりに各作品に全身全霊をつぎ込む完璧主義者として知られており、昔から監督志向が強いとされて来た。よって、彼が監督デビューしても、「遂に」という声が上がりこそすれ、驚きの声はほとんど聞かれなかった。だが、アジャイ・デーヴガンの監督デビューは意外性に満ちていた。アジャイ・デーヴガンはアクションスターとして人気のある渋めの男優で、映画監督タイプの人物ではないというのが大方の見方だっただろう。その彼が初めてメガホンを取り、妻のカージョル・デーヴガンをヒロインに据え、主演監督作「U Me Aur Hum」を発表した。2008年4月11日公開である。これで失敗作に終われば「やっぱり慣れないことするから言わんこっちゃない」ということになったのだろうが、さらに意外なことに、「U Me Aur Hum」は公開と同時に多くの批評家から高い評価を受けている。

監督:アジャイ・デーヴガン
制作:アジャイ・デーヴガン
音楽:ヴィシャール・バールドワージ
作詞:ムンナー・ディーマン
振付:アシュレー・ロボ、ガネーシュ・アーチャーリヤ
衣装:アンナ・スィン、マニーシュ・マロートラー
出演:アジャイ・デーヴガン、カージョル・デーヴガン、ディヴィヤー・ダッター、イーシャー・シェールワーニー、カラン・カンナー、スミート・ラーグヴァン、ムケーシュ・ティワーリー、サチン・ケーデーカル
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 医師仲間のアジャイ(アジャイ・デーヴガン)、ニキル(スミート・ラーグヴァン)、その妻リーナー(ディヴィヤー・ダッター)、ヴィッキー(カラン・カンナー)、その恋人のナターシャ(イーシャー・シェールワーニー)は豪華クルーズに参加してエンジョイしていた。ニキルとリーナーは夫婦喧嘩ばかりの「アンハッピー既婚カップル」だった一方、ヴィッキーとナターシャーは「ハッピー未婚カップル」を謳歌していた。

 アジャイは、クルーズのバーでバーテンダーとして働くピヤー(カージョル・デヴガン)に一目惚れする。アジャイはピヤーの日記を盗み見て彼女の好みや夢を研究し、うまく口説くが、正直にそのことを明かすと一転して嫌われてしまう。だが、ムンバイーに戻って来た後にピヤーはアジャイに電話して再会する。こうして二人は結婚することになった。

 ところがある日突然ピヤーにアルツハイマー症候群の症状が表れ始める。アジャイの先輩の精神医サチン・クラーナー(サチン・ケーデーカル)は精神病院への入院を勧めるが、アジャイはそれを認めなかった。さらに悪いことに、ピヤーは妊娠していた。妊娠と出産はアルツハイマー症候群を悪化させる可能性があった。ピヤーは男の子を産み、アマンと名付けられたが、ある日アマンを入浴させていたときにそれを忘れてしまい、アマンは危うく溺死寸前に陥ってしまう。それを機にアジャイはピヤーを、サチンの運営する精神病院へ入院させる。

 だが、ピヤーを入院させて一番苦しみを味わったのはアジャイ自身であった。アジャイは考えを変え、サチンに無理を言ってピヤーを退院させる。アジャイは何があっても彼女の世話をし続けることを誓う。

 25年後・・・。かつてアジャイとピヤーは、結婚25周年をクルーズ上で祝うと約束していた。アジャイはピヤーをクルーズに連れて行き、かなりの記憶を失ってしまった彼女の前で、今までの二人の話を、とある誰かの話として聞かせるのだった。

 映画は25年後のシーン(現在)から始まる。食堂らしき場所で、ある年配の男が、ある年配の女性を口説こうとする。なかなか連れない女に対し、男はアジャイとピヤーという男女の美しくも悲しい恋物語を聞かせる。最初それはいかにもフィクションのように語られるが、実はそれはその年配の男女自身の25年前の恋物語であった。アジャイは、アルツハイマー症候群に侵された妻のピヤーに対し、二人の出会いから結婚、そして苦難を乗り越えるまでの話を聞かせたのだった。全ての話が終わった後、再び現在のシーンに戻り、それが二人の結婚25周年の日であること、そしてその食堂がクルーズのものであることが明かされる。ピヤーは、アジャイのことを全く忘れてしまう日もあれば、覚えている日もあった。最初彼女はアジャイを他人扱いするが、実はこの日は彼のことを覚えていた。だが、それでも彼女は忘れた振りをして、全ての話を聞いていたのだった。

 前半だけ見るとただのロマンス映画かと思うが、後半はアルツハイマー症候群に悩まされる夫婦の物語となり、かなりヘビーになる。だが、エンディングは再びロマンチックにまとめられていた。全体的に冗長な展開であり、もっとスリムにできたと思う。特に中盤から後半にかけてのヘビーなシーンが長すぎて気が重くなる。しかし、逆に言えば各シーンで丁寧な描写が心掛けられており、アジャイ・デーヴガンにここまで繊細なセンスがあったのかと驚かされる。カメラワークにも工夫が見られ、登場人物の心理状態を映像のみで表現する努力が随所に見られた。

 アルツハイマー症候群という難病を扱った意外にも重い映画だったが、核となっていたのはやはり「愛」であった。もしアルツハイマー症候群を脳の問題だとしたら、愛は心の問題である。そして、たとえ脳が何と言おうと、全てを忘れようと、心に愛があれば、心が感じることができ、脳を言い聞かすことができると説かれていた。そして、妻がアルツハイマー症候群のおかげで、毎日女性を口説く楽しみが得られると冗談めかして語られていた。もちろんそれはいかにも映画的な解決法であり、現実世界で本当にアルツハイマー症候群の患者と接している人から見たら一言言いたくなるだろう。だが、歴史映画に必ずしも完全な史実性が求められないのと同様に、その点でこの映画を批判するのは筋違いだと感じる。この映画はアルツハイマー症候群の解説ビデオではなく、あくまで「愛」という永遠のテーマの意味に迫った純粋なロマンス映画である。

 監督デビューという意味では「U Me Aur Hum」はアジャイ・デーヴガンのために作られたような映画だが、実際に映画を観てみると、妻のカージョル・デーヴガンに捧げられた映画だと感じられた。彼女への愛の表現であると同時に、彼女の演技の才能を最大限に引き出せるように巧みにいろいろな見せ場が設定されていた。アジャイ自身も優れた演技をしており、この二人には賞賛が送られるべきである。映画中のアジャイの友人たちを演じた脇役の中では、男優陣よりも女優のディヴィヤー・ダッターとイーシャー・シェールワーニーの方がよく知られている。だが、男優のカラン・カンナーとスミート・ラーグヴァンもそれぞれいい味を出しており、映画を盛り上げていた。

 音楽はヴィシャール・バールドワージ。全体的にシリアスな映画であったが、要所要所にうまくダンスシーンが織り込まれていた。バラード風タイトル曲「U Me Aur Hum」、ラテン系音楽の「Jee Le」、バーングラー風ダンス曲「Phatte」など、バラエティーにも富んでいる。

 「U Me Aur Hum」は、アジャイ&カージョルのデーヴガン夫婦が力を合わせて作り上げた良作である。基本的には高年層向けのロマンス映画であるが、中盤はヘビーな展開が延々と続くので多少気が重くなる。だが、最後には感動できるように何とかまとめてある。素直に新人監督アジャイ・デーヴガンに賞賛を送るべきであろう。