The Blue Umbrella

3.0

 徐々にだが、インドでも子供向け映画というジャンルが確立されつつある。子供向け映画は大きく実写映画とアニメーション映画に分かれる。実写の子供向け映画の先駆けとなったのが、ヴィシャール・バールドワージ監督の「Makdee」(2002年)であった。名女優シャバーナー・アーズミーが、何をとち狂ったのか、おかしな魔女役を演じるぶっ飛んだ映画であったが、田舎の子供たちの夢と冒険に満ちた日常が元気一杯に描かれており、「こんな子供生活を送りたかったなぁ」と思わされたものだった。

 ヴィシャール・バールドワージ監督は変わった映画監督である。音楽監督から映画監督へ転向したと言うのも変わり種だが、彼の映画は全く二極に分かれる。「Maqbool」(2003年)や「Omkara」(2006年)などの重厚な心理劇と、「Makdee」のようなほのぼのとした子供向け映画である。2007年8月10日からは、バールドワージ監督の最新子供映画「The Blue Umbrella」が公開されている。インド生まれの英国人童話作家ラスキン・ボンドの同名短編小説が原作となっている。この映画は2005年に映画祭に出品されており、公式には2005年作品となっているが、一般公開は2007年だ。ちょうど、先日発表された国家映画賞の子供映画部門に輝いた。

監督:ヴィシャール・バールドワージ
制作:ロニー・スクリューワーラー
原作:ラスキン・ボンド
音楽:ヴィシャール・バールドワージ
作詞:グルザール
衣裳:ドリー・アフルワーリヤー
出演:パンカジ・カプール、シュレーヤー・シャルマーなど
備考:PVRナーラーイナーで鑑賞。

 ヒマーラヤ山脈の静かな村に住む10歳の女の子ビニヤー(シュレーヤー・シャルマー)は、ある日日本人観光客から青い傘をもらう。村の人々はその傘を見てうらやましがる。その一人が、チャーイ屋を営むナンドキショール・カトリー(パンカジ・カプール)であった。カトリーは傘を手に入れようとビニヤーを説得するが、ビニヤーは絶対に譲ろうとしなかった。そこでカトリーは町に同じような傘を探しに行く。そこでビニヤーの持っている傘は、日本製で2,500ルピーもすることを知る。しかもデリーから注文しなければならなかった。

 どうしても傘が欲しかったカトリーは一計を案じる。ある日、ビニヤーが目を離した隙に傘がなくなってしまう。村の人々はビニヤーがなくしてしまったと思うが、ビニヤーは誰かが盗んだと考えていた。彼女はカトリーを疑い、警察に頼んで彼の店を捜索してもらう。だが、カトリーの店からは何も出て来なかった。ビニヤーはすっかり落ち込んでしまう。

 数日後、カトリーのもとに、デリーから注文した傘がやって来る。その傘はビニヤーの傘とそっくりだったが、色は赤だった。傘を手に入れたカトリーは村人たちから急にもてはやされるようになる。村で開催される相撲大会でもカトリーは主賓席に座ることになった。

 ところが、ビニヤーは郵便局で、カトリーのところにデリーから何の荷物も届いていないことを突き止める。警察はまず染色屋を事情聴取し、ビニヤーの傘を赤く染めたことを白状させる。また、相撲大会の途中で雨が降って来たことで、カトリーの傘の色が落ちて、青い下地が見えて来てしまった。

 以後、カトリーは村中から傘泥棒と呼ばれるようになり、村八分となってしまった。カトリーの店に来る者はいなくなってしまった。カトリーは孤独な生活を送るようになる。それを見たビニヤーは気の毒になり、彼に傘をあげる。カトリーは傘を店の屋根に掲げ、再び商売を始めた。

 ヒマーチャル・プラデーシュ州の美しい山村と、半分童話のような半分実話のようなストーリーがとてもマッチしていた。しかし、後半になると村八分になるカトリーが哀れ過ぎて、ほのぼのとした雰囲気が損なわれてしまう。最後は一応持ち直したが、子供向け映画なので、全体を通して明るい雰囲気の作品にしてもらいたかった。しかし、もしかしたらこれは、子供に「許し」の感情を知ってもらおうという監督のメッセージなのかもしれない。

 「青い傘」という題名から、何かの魔法の力を持った傘を手に入れた子供の映画なのかと想像していた。だが、映画に空想の要素は全くなく、地に足の着いた作品だった。山村の少女が、ひょんなことから素敵なデザインの傘を手に入れ、それが村の中でちょっとした事件を巻き起こすというあらすじである。子供向けの映画なので、ただそれだけなのストーリーなのかもしれないが、少し深読みをすることも可能だ。

 映画中、所々で描写されていたが、ビニヤーの住む村は完全に人里離れた寒村ではない。シーズンになると外国人観光客が訪れるぐらいの、ちょっとした観光地である。外国人観光客はよく、村の子供などに珍しい物をプレゼントしたりする。ビニヤーがもらった青い傘は、そのような外国人観光客が持ち込む文明の利器や珍しい品々の象徴と捉えることが出来る。外との交流がほとんどない村では、誰もそんな素敵なものは持っていないので、欲望や羨望と言った感情は生まれない。他人が持っているものは大体自分も持っている。だからコミュニティーはまとまって行く。だが、一度誰かが何か自分の持っていないものを手に入れると、周囲の人々の心に一気に波紋が広がる。ビニヤーが青い傘を持って村の中を駆け巡ると、人々の視線は傘に釘付けになる。そして、「あれが欲しい」と思う人々が出て来る。そして欲に身を任せる人が出てしまい、それが犯罪につながり、村の平安を乱すことになる。外国人の目からこの「The Blue Umbrella」を見ると、純粋な村に外国人が入り込んで行って自己満足的な親切をすることの功罪を考えさせられる。

 カトリーによる泥棒が発覚すると、映画のトーンは一気に暗くなる。そして、村八分に遭って困窮するカトリーの様子が長々と映し出される。泥棒をするのはよくないが、あまりに気の毒なので、もう許してやってもいいのではないかと思われて来る。そのタイミングを見計らって、ビニヤーはカトリーに傘を渡し、許したことを示すのである。ヒンディー語で傘のことを「チャトリー」と言うが、カトリーは自分の店の名前を「カトリーの茶屋」から「チャトリーの茶屋」に変更して、再び商売を始めるのであった。ちょっと強引な終わらせ方だったが、暗いまま終わるよりは数倍マシであった。

 パンカジ・カプールは、ヒンディー語のパハーリー方言を駆使して、とぼけた茶屋のお爺さんを熱演していた。役に溶け込むことを知っている、本当にうまい俳優だ。彼の一挙手一投足がおかしかった。ビニヤー役のシュレーヤー・シャルマーも、青い傘を手に入れた喜びを体中で表現していて微笑ましかった。

 ロケはヒマーチャル・プラデーシュ州のカッジヤールで行われたようだ。カッジヤールはダルハウジーの近くにある風光明媚な観光地で、「ミニ・スイス」と呼ばれている。非常に美しい光景で、その青と緑の風景の中にビニヤーの青い傘がとても映えた。

 言語は基本的にヒンディー語だが、ヒマーチャル・プラデーシュ州の方言が多用されるため、聴き取りは非常に困難。だがその代り、ヒンディー語と英語を含め、全てのセリフに字幕が入るので、理解に困難はなかった。唯一、字幕が入らない言語があった。それは日本語・・・。突然日本語が聞こえて来るので驚く。青い傘は日本人観光客からもらったものと言う設定だからだ。日本人役の人々もスクリーンに出て来る。外見は日本人に見えないこともなく、日本語のセリフは棒読みながらネイティブのものだったが、俳優はどうも日本人ではないようだ。エンドクレジットで見てみたら、インド人の名前が出ていた。

 しかし、いくら日本製だと言ったって、こんな唐傘みたいな傘は日本でももうほとんど手に入らないと思うのだが・・・。こんなの持ってトレッキングする日本人がどこにいるのだろうか?

 「The Blue Umbrella」は、基本的に子供向けのほのぼのとした映画なので、そういうのが好きな人が観ればいいだろう。決してつまらない映画ではないが、絶対に観ておいた方がいい映画と言うわけでもない。日本人にとっては、インド映画に日本人と日本語が出て来るのがちょっとした見所になりうるだろう(あまり好意的な描かれ方ではないが・・・)。