Eklavya: The Royal Guard

4.5
Eklavya: The Royal Guard
「Eklavya: The Royal Guard」

 先週は3泊5日の強行軍で日本に一時帰国していたが、2月17日に帰って来た。その間、インドではヒンディー語映画「Eklavya」が公開されていた。「Munna bhai」シリーズや「Parineeta」(2005年)で最近急速にプレゼンスを増しつつあるヴィノード・チョープラー・プロダクションの最新作で、ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー自身が製作と監督を務めている期待作である。2007年2月16日公開。

監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー
制作:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー
音楽:シャンタヌ・モイトラ
歌詞:スワーナンド・キルキレー
出演:アミターブ・バッチャン、サイフ・アリー・カーン、サンジャイ・ダット、ヴィディヤー・バーラン、ジャッキー・シュロフ、ボーマン・イーラーニー、ジミー・シェールギル、ラーイマー・セーン、シャルミラー・タゴール
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 現代、ラージャスターン州デーヴィーガル。ここではまだ封建時代は完全に終わっていなかった。エークラヴィヤ(アミターブ・バッチャン)は9代続く護衛兵の末裔であった。父が死んで以来、ラーナー・ジャイワルダン(ボーマン・イーラーニー)に忠誠を尽くして来たが、最近は視力を失いつつあり、悩みを抱えていた。そして彼はある秘密を持っていた。

 王妃スハースィニーデーヴィー(シャルミラー・タゴール)が急死してしまった。ロンドンに住んでいた長男ハルシュワルダン(サイフ・アリー・カーン)は久し振りにデーヴィーガルに戻って来る。ジャイワルダンと共に、王の弟ジョーティワルダン(ジャッキー・シュロフ)やその息子ウダイワルダン(ジミー・シェールギル)もハルシュを迎えた。知能に障害を持つ双子の妹ナンディニー(ラーイマー・セーン)も、ハルシュの帰りを喜ぶ。また、王の運転手の娘ラッジョー(ヴィディヤー・バーラン)はハルシュとの結婚を夢見ていた。

 だが、王宮には不穏な空気が漂っていた。実はハルシュはジャイワルダンの実子ではなかった。ジャイワルダンは生殖能力がなく、ガンゴートリーで儀式を行って子をもうけたのだった。ジャイワルダンは今まで、聖者が種付けを行ったものと考えていたが、スハースィニーが死に際にエークラヴィヤの名を呼んだことで、儀式に同行した衛兵エークラヴィヤこそがハルシュとナンディニーの父親であることを悟った。ジャイワルダンは、弟のジョーティと共にエークラヴャ暗殺を企てる。また、スハースィニーは死ぬ前にハルシュに真実を伝える手紙を書いていた。それを読んだハルシュは自身の出生の秘密を知ってしまう。また、ハルシュはナンディニーが描いた絵から、ジャイワルダンが母親を殺したことを知る。

 王が領内の農民から脅迫の電話を受けたとの知らせを聞き、パンナーラール警視副総監(サンジャイ・ダット)が調査にやって来た。パンナーラールの父親は以前城に勤めており、彼はエークラヴャをとても慕っていた。だが、この脅迫の電話は暗殺のための作り話に過ぎなかった。

 王は急に外出した。エークラヴィヤと運転手が呼ばれた。王の乗る自動車は砂漠の踏み切りで停車中に暗殺者たちに襲われた。だが、暗殺されたのはエークラヴャではなかった。ジャイワルダンが殺されたのだ。運転手も致命傷を負って病院で死去する。エークラヴャは傷を負わなかったものの、王を守ることも、暗殺者を捕えることもできなかった。エークラヴャは使命を全うできなかった自分を責める。

 だが、彼は暗殺者の靴だけを覚えていた。それはウダイのものであった。エークラヴャはパンナーラールやハルシュにそれを伝える。だが、ハルシュはエークラヴャを解雇してしまう。また彼はエークラヴャに出生の秘密を知ってしまったことも伝える。解雇されたエークラヴャは絶望のままウダイの部屋へ行って彼を殺す。そしてジョーティの部屋にも行く。だが、ジョーティは衝撃的な事実を明かす。ジャイワルダン暗殺を指図したのは、ハルシュであった。衝撃を受けたエークラヴャはジョーティをも殺してしまう。

 エークラヴャはハルシュの部屋を訪れる。エークラヴャは衛兵の使命としてハルシュを殺さなければならなかった。だが、ハルシュは、ジャイワルダンが母親を殺したために彼を暗殺したと言い、ピストル自殺しようとする。エークラヴャは間一髪でハルシュの手にナイフを投げ、それを阻止する。こうして父子は初めて抱き合う。

 ラッジョーはハルシュがジャイワルダンを殺したことを知って彼を避けていたが、事情を知って彼を許す。ハルシュは父親が農民から取り上げた土地を返し、善政を敷くことを約束する。そして、エークラヴャを父親として扱うことを人民の前で宣言する。また、パンナーラールは、ウダイは自殺したことにして、エークラヴャの罪を問わないことにした。

 2007年に公開された映画を観るだけで、ヒンディー語映画がただ進化しているだけでなく、多様な方向性を持って前へ進んでいることが分かる。実在の実業家の人生を非公式に題材にした「Guru」(2007年)、6つの小話をひとつに詰め込んだ超長編娯楽映画「Salaam-e-Ishq」(2007年)、乞食や物乞いを主人公にした異色作「Traffic Signal」(2017年)、ボンベイ連続爆破テロを徹底的リアリズム視点で描いた問題作「Black Friday」(2007年)などなど、かつて「歌って踊ってのマサーラームービー」とひとくくりにされていた映画界とは思えないほど多様な作品群が展開されている。そしてこの「Eklavya」である。まるでシェークスピア劇のような、人間の深層心理をえぐる重厚な展開、そしていかにもインド的な風景、衣装、ロケーション、そしてインドが誇る神話の伏線。それが歌と踊りのほとんどない2時間の作品にまとめられており、「Black」(2005年)に並ぶ新インド映画の金字塔のひとつに数えられていい映画となっている。

 冒頭、「マハーバーラタ」に出て来るエークラヴャの伝承がアミターブ・バッチャンのナレーションにより語られる。エークラヴャは低カースト出身の卓越した弓術者であった。エークラヴャはかつて軍師ドローナーチャリヤに師事を求めたが、ドローナーチャリヤは彼が低カーストであることからそれを断った。だが、森に篭ったエークラヴャはドローナーチャリヤの像を祀り、彼を心の師と仰いで弓術の鍛錬に励んだ。やがてその腕は、ドローナーチャリヤの一番弟子アルジュンをも越えるほどになった。ある日、森に狩りに出掛けたドローナーチャリヤは、エークラヴャの弓術の腕を目の当たりにして驚いた。彼の存在がパーンダヴァ五王子たちの脅威になることを予感したドローナーチャリヤはエークラヴャに対し、非情な言葉を投げ掛ける。「お前は私の像を師匠としているから、私の弟子同然である。よって、グルダクシナー(師匠への謝礼)を出しなさい。それは、お前の右手の親指だ。」弓矢を射るとき、右手の親指は必須である。右手の親指を失うことは、弓矢を射れなくなることに等しい。だが、師匠の言葉に従うことを最高のダルマ(使命)と信じるエークラヴャは全く物怖じせず、自分の右手の親指を切り取り、ドローナーチャリヤの足元に捧げた。以後、エークラヴャの行為はダルマの最高の遂行例として記憶されることになった。そしてデーヴィーガルに代々使える護衛も、このエークラヴャの名を受け継いで来たのであった。

 2007年に制作された、現代を舞台にした映画だが、そのメインテーマはダルマであった。何千年も前からインドで語られ続けて来た「ダルマとは何か」という命題が、「Eklavya」でも脈々と受け継がれていた。そしてそれがこの映画を真の意味で「インド映画」にしていた。エークラヴャは映画の最後で、ダルマに従って自分の息子を殺さざるをえなくなる。神話中のエークラヴャがドローナーチャリヤに右手の親指を差し出したように、彼は息子の命を奪わなければならなくなる。だが、映画中、ダルマに直面するのは主人公エークラヴャだけではない。ハルシュはダルマに従ってジャイワルダンを暗殺し、スハースィニーデーヴィーはダルマに従って出生の秘密をハルシュに明かした。インド人のダルマの概念を理解するのは難しいが、この映画はひとつのヒントを与えてくれる。

 だが、最後のまとめ方は、ダルマをこれだけ引き合いに出した割には、いい加減だったのではないかと感じた。エークラヴャはジョーティとウダイを殺害したため、ダルマに従えば罪を問われて然るべきである。だが、パンナーラールが遺書を偽造してエークラヴャの罪を帳消しにしてしまった。ハッピーエンドを至上とするインド映画のためにはよかったかもしれないが、「Eklavya」の全体の主張とは整合しなかった。罪は罪として受け容れて終わらせた方が、個人的にはスッキリしたのだが。

 アミターブ・バッチャン、サイフ・アリー・カーン、ヴィディヤー・バーランなど、俳優たちも素晴らしい演技をしていた。特にアミターブ・バッチャンはまたも最高レベルの演技を見せている。名実共にヒンディー語映画界の帝王と言っていい。

 「Eklavya」の舞台デーヴィーガルは実在の地であり、映画中に出て来る壮麗な宮殿も本物である。デーヴィーガルはラージャスターン州ウダイプルの北東28kmの地点にあり、宮殿は1760年代に建造された。現在ではヘリテージホテルとして一般に開放されている。だが、王宮内部のシーンはジャイプルのシティーパレスの王族居住区で撮影されたようだ。こちらもまた豪華絢爛で思わず目を奪われてしまう。シティーパレスは一般に開放されており、ジャイプル随一の観光地となっているものの、映画のロケに使われた王族居住区は一般客の入場が禁じられており、映画ロケも今まで一度も許可されなかったと言う。だから非常に貴重な映像である。

 デーヴィーガルの外観やシティーパレスの内装も素晴らしいのだが、もうひとつ「Eklavya」で印象的な風景がある。それは砂漠を突っ切る列車とラクダの大群のシーンである。鳥肌が立つほどの圧倒的迫力。このシーンでジャイワルダンは暗殺され、またその後同じ場所でエークラヴャはジョーティを殺害する。これらはラージャスターン州ビーカーネールの近くで撮影された。

 音楽はシャーンタヌ・モーイトラーだが、通常のインド映画のようなダンスシーンは一切挿入されなかった。その代わり、スハースィニーデーヴィーがよくハルシュに歌っていた子守唄「Chanda Re」が印象的な使われ方をする。

 「Eklavya」はオールスターキャストの映画でありながら、決してお気楽な娯楽映画ではない。慎重に慎重に観客の感情を抑制しながらジワリジワリと展開していく。観客の感情を手当たり次第に刺激して発散させていく通常のインド映画とは全く別のベクトルの映画である。だが、それでいていかにもインド映画らしい主題、いかにもインドらしいヴィジュアルが、「Eklavya」をインド映画の最高傑作に文句なしに押し上げていた。今年必見のインド映画のひとつである。日本で一般公開できるだけの特質も備えていると思われる。