Samsara

3.5

 今日はPVRアヌパム4で、2006年6月23日から公開されている「Samsara」という映画を観た。「Samsara」とは元々「流転」という意味で、「輪廻転生」とか「俗世」という意味もある。この作品は、主にドキュメンタリー映画などを撮っていたインド人監督パン・ナリンが初めて挑戦した長編映画で、海外の映画祭で数々の賞を受賞している。しかも、インド映画史上初、全編ラダック地方で撮影され、しかもセリフのほとんどがラダッキー語(少しだけヒンディー語が入る)、観客は英語字幕を頼りに鑑賞するという特殊な映画だ。

 キャストは素人のチベット人が多い。主人公タシを演じるシャウン・クーは本作がデビュー作の新人俳優、ヒロインのペマを演じるクリスティー・チャンは、ミス・チャイニーズも受賞したことがある中国人で、やはり本作が本格的な映画デビューとなる。悪役ダワを演じたラクパ・ツェリンはバンガロールで手工芸品店を営んでおり、キャスティングの手助けをしている内に映画に出ることになったという変わった経緯の俳優である。その父親のシェラブ・サンゲイも印象的なアポ役で映画出演。彼は、チベットから亡命して来たチベット難民である。ソナムを演じたジャマヤン・ジンパは本物のチベット僧で、ジャマヤンを演じたケルサン・タシの本職は農民。ほぼ唯一のインド系俳優ニーレーシャー・バヴォーラーは、元々ドイツのTVドラマに出ていた女優らしい。

 人里離れた寺院での3年3ヶ月3週間と3日の瞑想を完了し、故郷の僧院に戻ってリンポチェ(宗教指導者)からケンポ(学僧)の称号を得たタシ(シャウン・クー)。だが、瞑想を終えたタシは性欲の衝動に悩まされ、夢精を繰り返していた。気分転換に村へ出掛けたタシは、そこで農家の娘ペマ(クリスティー・チャン)という女性に一目惚れしてしまう。

 ますます性欲がひどくなったタシ。タシの従者をしていたソナム(ジャマヤン・ジンパ)も彼を心配する。そこで僧院の長アポ(シェラブ・サンゲイ)は、タシをある小屋へ送る。そこに住んでいたお爺さんはタシに、性的奥義が描かれた密教の絵を見せる。禁欲的生活をしていては分からないことがある!どんな道を通っても無駄ではない!ブッダだって29歳までは世俗的快楽をむさぼっていた!タシの中で何かが弾け飛んだ。

 僧院に戻ったタシは、世俗の体験をすることを決意し、僧院を脱走してペマの家に住み込んで働くようになる。ペマにはジャマヤン(ケルサン・タシ)という許婚がいたが、タシに惹かれていた彼女はタシとセックスし、やがて結婚する。ジャマヤンも渋々ペマをタシに譲る。やがてペマは身篭り、カルマ(テンジン・タシ)という男の子を産む。

 ペマの家にはダワ(ラクパ・ツェリン)という男が来て作物を買っていた。だが、タシはダワが相場よりも低い値段で作物を買い取っていることを見抜き、それを糾弾する。ダワも怒り、もうペマの家からは作物を買わないと宣言する。ペマの父は困ってしまうが、タシは自分で街へ行って売ればいいと提案する。タシと父親はレーへ行って作物を売る。すると、今までよりも倍の値段で売れたのだった。父親は大喜びする。

 タシは、ジャマヤンにもダワと手を切るように勧める。だが、元々タシのことを面白く思っていなかったジャマヤンは聞き入れようとしなかった。ダワもタシのことを邪魔者だと思っており、復讐の機会を伺っていた。

 ある夜、タシの家の畑の作物が何者かによって燃やされてしまう。ダワの仕業だと直感したタシは、レーのダワのオフィスまで行って殴りかかるが、ダワの部下たちに返り討ちにされてしまう。

 ところで、タシの家には毎年労働者が来て刈り入れなどを手伝っていた。その中に、スジャーターという名のインド人女性(ニーレーシャー・バヴォーラー)がいた。タシは密かにスジャーターの肉体に欲情していた。

 タシはダワにやられて怪我をしていたので、彼の代わりにペマがレーまで作物を売りに行くことになった。息子のカルマもペマと一緒に出掛けた。その留守中にスジャーターがタシの家を訪れる。タシは思わずスジャーターにキスしてしまう。だが、2人が情事にふけっているときにペマが帰って来る。何とか情事のことはばれずに済んだが、スジャーターの言葉によると、ペマはタシが不倫をすることを予想していたという。スジャーターはこの年を最後にタシの家に働きに来なくなった。

 そのとき、ソナムがタシを訪ねてやって来る。ソナムはアポの遺言を持っていた。そこには、「千の欲望を満たすことが重要か、それともひとつの欲望を克服することが重要か」との問いが書かれていた。それを見たタシは、僧院に戻ることを決意する。

 ある夜、タシは寝静まっているペマとカルマを置き、僧服を着て僧院へ向かう。だが、途中でペマの幻想を見る。幻想のペマは、ブッダがヤショーダラーを置いて出家したのと同じことをするのか、と問い詰める。とうとうタシは一人泣き崩れてしまう。泣き止んだタシは、そばにあったひとつの石を取り上げる。そこには、「どうやったら水滴を乾きから守ることができる?」というなぞなぞが書かれていた。裏を見ると、「海に落とせばいい」と書かれていた。

 ラダックの厳しくも美しい自然と、チベット仏教の独特の文化を反映した映像の中で、一人の若者の精神と肉体の葛藤が描かれるスピリチュアルな映像作品だった。

 最後のシーンにおいて、タシは僧院へ戻るのか、家族のもとに戻るのか、結局描かれずに終わってしまったが、最後に出て来たなぞなぞから察するに、タシはペマやカルマの待つ家に戻ったのだろう。「水滴」とは一人一人の人間のことで、「海」とはサンサーラ(俗世)のことを指しているのだと思われる。また、中盤にペマが河に枝切れを流し、子供たちに、「この枝は海まで辿り着くのよ」と言うシーンがあるが、それも最後のなぞなぞと関連しているのだろう。さらに、タシがアポに問い掛ける「ブッダのように世俗を体験せずに、どうして悟りを開けようか?」との問い掛け、アポの遺言にあった「千の欲望を満たすことと、ひとつの欲望を克服することと、どちらが重要か?」という問い掛け、そして、幻想のペマがブッダとヤショーダラーの話を引用しながら語る言葉もストーリーを理解する上で重要である。

 人間というものは、ひとつの欲望を満たせば、また次の欲望が生まれて来る生き物である。修行生活に疑問を感じたタシは、僧院を逃げ出し、ペマとセックスし、結婚し、子供を作り、幸せを手に入れたが、それでも欲望は収まらず、スジャーターと情事に耽る。ひとたびその欲望の連鎖にはまり込んでしまったら、もう僧院に戻ることはできない。タシは僧院に戻ろうとしたが、ペマの幻想に苛まれ、僧院に近付くことができなかった。雲から滴り落ちた水滴は、海へ流れて行かなければ乾いてしまうように、厭世的な生活から逃げ出した人間は、一度世俗の中に入ってしまったら世俗の中でしか生きて行けないのだ。タシは、妻ヤショーダラーを捨てて出家したブッダがどのような苦悩を抱えていたのかを理解すると同時に、子供の頃から一切の世俗と関わらず修行生活を課せられてきた意味を実感する。それは、千の欲望を満たすことよりも、ひとつの欲望を克服する方が容易で、しかも重要だったからだ。また、ダワとの対立により農作物を燃やされてしまうシーンも、俗世の中で正義を貫くことの難しさや、欲が欲を呼ぶことを象徴していたのだと受け止められる。

 インドで上映するにはエロチックすぎる映像もいくつか見受けられたが、Aサーティフィケート(大人向け)で何とか一般公開できたようだ。ただ、ひとつ気になる点があった。タシが小屋に住むお爺さんにエロチックな絵を見せられるのだが・・・どうやら「密教の奥義書」とのことだが、あれはどう見ても日本の浮世絵の春画であった。チベットにも春画みたいなものがあるのかもしれないが・・・確かに男女が交合した姿の神様とかあるが・・・しかし、日本語のような文字も見えたので、多分あれは日本の春画だと思われる。

 この映画は映像も大きな見所だ。「月の砂漠」と呼ばれるラダック地方のダイナミックな自然と、そこに住む人々の営みをとても美しい映像と共に捉えていた。正に息を呑む映像の数々であった!僧院の中の様子や、祭りや結婚式などの儀式の映像もとても興味深かった。

 素人俳優が多い映画だったが、演技にはほとんど素人っぽいところがなかった。唯一問題だったのは、主人公タシを演じたシャウン・クーである。彼には表情力や演技力がほとんどないように感じた。そういう役柄だったのかもしれないが、もっとうまく演じることもできたのではないかと思う。ヒロインのペマを演じたクリスティー・チャンはいい演技をしていた。クリスティー・チャンは中国人だが、おそらくシャウン・クーも中国人である。よって、あまり顔がチベット人っぽくなかったのが難点と言えば難点だった。ラダッキー語を話していたが、あれは吹き替えであろうか?それともこの映画のために覚えたのであろうか?

 「Samsara」は2001年に公開された映画で、5年の歳月を経てやっとロケ地であるインドで公開されることになったようだ。現在、パン・ナリン監督は「Valley of Flowers」という長編映画第2作目を撮影しているらしい。題名から察するに、ウッタラーンチャル州の「花の谷」が舞台の映画であろう。ミリンド・ソーマンやナスィールッディーン・シャーなどが出演。しかも、なぜか日本でもロケが行われる予定らしく、エリという名前の「トップ・モデルであり、かつシンガーであり、女優でもある日本人女性」も出演するらしい。IMDBで調べてみたところ、「Sakuramburu hatsu koi no sonata」(2004年)という映画にしか出演していないが・・・。日本では有名な人なのだろうか?とにかく、「Samsara」の出来から察するに、パン・ナリン監督の作品はこれからも期待してよさそうだ。

 「Samsara」は、どこかミーラー・ナーイル監督の「Kama Sutra: A Tale of Love」(1996年)を思わせる雰囲気の映画であった。チベット文化やラダック地方が好きな人、また、芸術映画好きな人にオススメの一本だ。