Ghoom

1.5
Ghoom
「Ghoom」

 今日、夕食を食べながらTVを観ていたら、MTVで「Ghoom」のメイキング特集をしていた。

 「Ghoom」・・・2004年の大ヒット映画「Dhoom」ではない。「Ghoom」である。MTVフリー・ファールトゥー・フィルムス(フリー・ファールトゥー=全く馬鹿馬鹿しい)が制作した「Dhoom」のパロディー映画だ。2006年6月2日からインド全国のINOXシアターで公開されている。ちなみに、「Dhoom」は「騒音」みたいな意味だが、「Ghoom」は「グルグル巡れ」みたいな意味である。

 残念ながらINOXシアターはデリーには進出しておらず、デリー在住の人はこの映画を映画館で観ることができない。だが、僕は幸か不幸かその時期バンガロールにおり、ガルダ・モールのINOXシアターでこの映画を観ることができた。だが、あまりに下らない映画だったので、取り上げようとも思わなかった。しかし、今日TVで観たメイキング特集がまたあまりに馬鹿馬鹿しかったため、逆にここまで馬鹿に徹しているならちょっと触れておいてやろうか、という気分になった。ただし、通常の映画評のようには解説せず、少し変則的な取り上げ方をすることにする。

 「Ghoom」のあらすじは大体「Dhoom」と一緒である。スピードバイクに乗った強盗団がムンバイーに現れ、警察が街一番のレーサーの助けを借りてその逮捕に奔走する、というものだ。

 「Ghoom」に出演している俳優はTV業界で活躍している人ばかりで映画界ではほぼ無名だが、一応紹介しておく。ヴィジャイ・ディークシト警部を演じるのは、アビシェーク・バチャーオーことスミート・ラーガヴァン。メカニック兼レーサーのニールを演じるのは、フー・デア・チョープラーことアジャイ・ゲーヒー。彼は「Maqbool」(2003年)に出演したことがある。強盗団の首領バルビールを演じるのは、カウン・アブラハムことガウラヴ・チョープラー。ヴィジャイ・ディークシト警部の妻トゥイーティーを演じるのはベーニカー・ディーパク。彼女は「Pinjar」(2003年)や「Escape From Taliban」(2003年)に出演していた。謎の女を演じるのはプールビー・ジョーシー。

 「Ghoom」には、「Dhoom」に出て来た挿入歌とミュージカルシーンをパロったものがいくつかあった。例えば主題歌の「Dhoom Machale」は、「Ghoom」では「Gh Gh Gh Gh… Ghoom / Ghoom Rahe Hain Ghoom Rahe Hain Ghoom」という微妙に似た曲にアレンジされて使われていた。また、「Dhoom」よろしく、映画中には大型輸入バイクが何台か登場した。「Dhoom」ではスズキのバイクが使われていたが、「Ghoom」で使われていたバイクを特定することはできなかった。

 映画中には「Dhoom」だけでなく、他のいろいろな映画のパロディーが盛り込まれていた。例えば強盗団の部下には、「Musafir」(2004年)のサンジャイ・ダット、「Tere Naam」(2003年)のサルマーン・カーン、「Gadar: Ek Prem Katha」(2001年)のサニー・デーオールの物真似をした俳優たちがいた。スミート・ラーガヴァンが演じた警部役は、「Dhoom」ではアビシェーク・バッチャンが演じていたが、そのアビシェーク・バッチャンをおちょくるような言動がかなりあった。また、所々に父親のアミターブ・バッチャンの物真似俳優が出て来ていたし、「Bunty Aur Babli」(2005年)の中でバッチャン親子が踊る「Kajra Re」のパロディーもあった。「Dhoom」ではメカニック兼レーサー役をウダイ・チョープラーが演じていたが、やはり彼をおちょくるようなセリフも多かった。ウダイ・チョープラーが主演した「Neal ‘N’ Nikki」(2005年)絡みのギャグもいくつかあった。病院のシーンでは「Black」(2005年)のパロディーがあり、ラーニー・ムカルジーとアミターブ・バッチャンの物真似もあったし、なぜかヒメーシュ・レーシャミヤー物真似コンテストが途中で開催されていた(本人も登場していたように見えたが真相やいかに?)。新しいところでは「Rang De Basanti」(2006年)の中の「Teri Maa Ki Aankh」というセリフが効果的に使われていたし、古いところでは「Sholay」(1975年)の中で出て来た両腕のない領主タークル・バルデーヴ・スィンの物真似俳優が出て来た。

 総じて、ヒンディー語映画のパロディーに笑いの多くを依存している映画であった。よって、インド映画をよく見込んでいる人にはまあまあ面白い映画だったが、ほとんどインド映画について知識のない人にとってはあまり笑えない映画であろう。パロディーというのはそういうものだし、広告には「どうしようもなく下らない映画。君が金を払え!」とつまらないことを潔く売りにしていたので、仕方ないと言えば仕方ないだろう。また、映画の上映時間はたったの45分である。その分、チケット代は他よりも安くなっている。

 本日見たメイキング特集では、「Dhoom」のプロデューサーであるヤシュ・チョープラーの物真似をした俳優が、「Ghoom」にケチをつけ、それに対して出演俳優たちが映画を弁護するという形でのインタビューが放送されていた。インタビューの中で俳優たちは映画をベタ褒めするが、それとは相容れないような映画の映像が挿入され、笑いを誘う。例えば、「最近の映画は子供には見せられないようなスキンショー(女優の肌の露出度の多い映画)ばかりだが、『Ghoom』は完全なるファミリー・エンターテイメントで、家族揃って安心して見ることができる」と語っていながら、挿入される映像はかなり際どいベッドシーンや、お下劣な下ネタシーンだったりする。

 「Ghoom」自体は本当にしょうもないパロディー映画だったが、ひとつ注目すべきなのは、インドの娯楽業界の変化である。「Ghoom」の映画館での一般公開は、おそらくインドにおける今までの映画制作や映画配給のあり方を覆す事件と言えるだろう。まず、完全なパロディー映画というのが目新しかった。他の映画を翻案することや、映画の中で他の映画のパロディーが出てくるのはヒンディー語映画では珍しいことではないが、映画一本丸々パロディーというのは、史上初めての試みなのではなかろうか?こういうヴァラエティー番組の延長のようなノリの軽いコメディー映画は、日本ではそこまで珍しくないように感じるが(例えば2000年に日本で公開された「ナトゥ 踊るニンジャ伝説」という映画は、ヴァラエティー番組「ウリナリ!」から誕生したインド映画をパロった映画だった)、インドではあまりない。しかも、それが映画館で公開されるというのは異常事態である。シネコンの普及により、インドの映画配給は劇的に変化し、今まで映画館で公開されなかったような芸術映画、社会派映画、他言語映画も公開されるようになったが、遂にTV局が制作した映画まで公開されるようになった。さらに、TV局が制作しただけあり、TVとの連携が効果的に組まれていたのも特筆すべきである。僕が見たメイキング特集は、メイキングというよりも映画の一部と言った方がいいようなパロディー&ギャグ満載の内容だった。僕が「Ghoom」を見たとき、映画館はほぼ満席に近かったことも付け加えておく。実は「Ghoom」は予想を上回る興行収入を上げているのではなかろうか?

 インドではTV業界と映画業界はかなり分断されている。確かにTV俳優が映画デビューすることはあるし、映画俳優がTV番組に出演することもあるが、日本と比べるとその間の溝は大きいと言わざるをえない。だが、TV番組の延長のような映画「Ghoom」が、INOXのみとは言え映画館で公開されたということは、何かのタブーが破られたのか、それともその間の溝がかなり縮まって来ていることを表しているかもしれない。「Ghoom」は単発的出来事かもしれないので、短絡的に結論付けることはできないが、作品自体よりもその制作背景と配給の現場が少し気になる映画であった。