Neal ‘n’ Nikki

1.0

 今日はPVRプリヤーで2005年12月9日公開の新作ヒンディー語映画「Neal ‘N’ Nikki」を観た。題名は「ニールとニッキー」という意味。主人公二人の名前が並べてある。ヤシュ・ラージ・フィルムス制作の映画だ。今年公開された同プロダクションの「Bunty Aur Babli」(2005年)と非常によく似た題名である。監督はアルジュン・サブローク、音楽はサリーム・スライマーン。キャストは、ウダイ・チョープラー、タニシャー・ムカルジー、リーチャー・パッロード、ガウラヴ・ゲーラーなど。アビシェーク・バッチャンが特別出演。

 カナダの片田舎に住むインド人で女の子が大好きなニール(ウダイ・チョープラー)は、見合い結婚をする代わりに親から21日間の休暇をもらいバンクーバーへ行く。ニールの目的は、21日間で21人の女の子とデートをすることであった。

 ニールは白人モデルの女の子と出会い、デートをするが、そこで一人のインド人女性と出会う。名前はニッキー(タニシャー・ムカルジー)。ニッキーもカナダ生まれのインド人で、箱入り娘の人生を送ってきたが、自立して生活できることを示すために単身バンクーバーにやって来たのだった。しかし飽きっぽい生活で、2日以上同じ仕事を続けたことがなかった。ニールはニッキーと会ってしまったのが運の尽きだった。女の子といいムードになっているときに必ずニッキーが現れて邪魔するのだった。

 遂にニールの怒りが爆発するが、そのときニッキーは「美人が集う町」ホイッスラーのことを彼に教える。ニールはニッキーと一緒にホイッスラーへ行くことになった。その途中で、ニールはニッキーの元彼氏トリシュの話を聞く。トリシュはカナダ人のモデルだったが、ニッキーはトリシュに捨てられてしまったショックから未だに癒えていなかったのだった。ホイッスラーに着いた二人であったが、そこでニッキーは当のトリシュを目撃してしまう。しかもアメンダという女の子とデート中だった。ニッキーはニールに、自分の彼氏の振りをするよう頼む。トリシュは、ニールと一緒にいるニッキーに嫉妬し、彼女にもう一度よりを戻すよう頼む。だがニッキーはそれを拒否する。ニッキーは捨てられたことが悔しくて、トリシュを自分から捨てたいだけだったのだ。

 いつの間にかニールとニッキーはお互い惹かれ合っており、クリスマスパーティーの夜、ニールはニッキーに気持ちを伝える。そのまま2人は一夜を共にする。ニッキーにとって、それが初体験だった。ところが、翌朝ニールは彼女にうまく言葉をかけることができず、それに苛立ったニッキーはニールを後に残して去って行ってしまう。

 ニールの21日間のバンクーバー旅行は終了し、自宅に戻ってお見合い相手のスイーティー(リーチャー・パッロード)とのお見合いが行われた。ところが、スイーティーはニッキーの従姉妹で、ニッキーもその場に来ていた。ニッキーと運命の再会を果たしたニールは喜ぶが、しかし今回もうまく彼女に気持ちを伝えることができなかった。ニールとスイーティーの結婚は決まってしまった。

 婚約式当日、ニッキーは会場に現れなかった。ニールは婚約指輪をなかなかスイーティーに付けられずにいた。と、そのときニッキーが会場に走ってやってきた。ニッキーが叫ぼうとしたその瞬間、一人の青年(ガウラヴ・ゲーラー)が突然声を上げた。「僕はスイーティーのことが好きなんだ!」実はスイーティーにも好きな人がいたのだった。ニールは喜んで彼にスイーティーを譲る。そしてニッキーにプロポーズをする。

 「Kal Ho Naa Ho」(2003年)や「Salaam Namaste」(2005年)タイプの、全編海外が舞台、海外ロケの映画。しかもその内容はインド向けとは思えないほどの際どいテーマを扱っており、英語のセリフも多すぎる。大衆娯楽映画なのにも関わらず上映時間は2時間ほどで、3時間の映画に慣れてしまうと物足らない印象を拭えない。完全にインドの大衆映画ファンを眼中から外した、国内大都市&海外向けの作品である。「Home Delivery: Aapko… Ghar Tak」(2005年)と並び、今年最もつまらない映画のひとつだった。

 この映画の最大のテーマはおそらく「婚前交渉」「初体験」「処女喪失」である。ヒロインのニッキーは、ニールに「お前、ヴァージンだろ?」と言われて「誰が?私はヴァージンじゃないわ!今までたくさんしたわ!」と言い張る。ニールは「初体験の相手は一生忘れられないから、馬鹿男に処女を捧げない方がいいぜ」と忠告する。その後、ホイッスラーにてニッキーは結局処女をニールに捧げることになる。その翌朝、ニッキーにとって特別な朝に、ニールはニッキーに「グッド・モーニング」、「いい天気だね」、「コーヒーでも飲むかい?」とあまり気の利いた言葉を投げかけられなかった。ニッキーはそれに怒ってニールを一人残してバンクーバーに去って行ってしまう。だが、このテーマはインド映画にはまだ早すぎる。「Mumbai Matinee」(2003年)では男のヴァージニティーが扱われていたが、女性のヴァージニティーに関するテーマはまだまだタブーに近い。男も女も結婚までヴァージンを守ること、そして一生の内で恋をするのは1回だけということは、伝統的インド映画の基本原則であり、暗黙の了解である。その中で、あたかも「処女であることは恥ずかしいこと」、「結婚前になるべくたくさんの関係を持つことはかっこいいこと」のようなイデオロギーを広めようとするこの映画のストーリーやダイアログは、普通に考えたらインドでは到底受け容れられないだろう。そういえば、タイムズ・オブ・インディア紙が11月11日に「インド人の初体験の平均年齢は19.8歳」という記事を大々的に掲載して物議を醸したのは記憶に新しいし、タミル映画女優クシュブーが「教養のある男性は、花嫁が処女であることを期待しない」と発言して人々の反感を買ったのも最近のことであった。それに加えて、この映画では女性の肌の露出度が異常に高かった。露出度の高い白人女性がたくさん出てきた上に、ヒロインのタニーシャー・ムカルジーまでビキニを着ていた。胸の谷間を強調するショットも多かった。総じて、日本の男子中学生がよく読む雑誌のような映画だという印象を受けた。この映画がもしヒットするならば、それはこの際どさから来るものであろうし、もしフロップに終わるならば、その理由もこの際どさから来るものであろう。この映画は、インドのモラルの試金石と言える。

 ヤシュ・チョープラーの息子で、アーディティヤ・チョープラーの弟のウダイ・チョープラーが主演を務めた。ウダイは、気味の悪い顔とマッチョな肉体のアンバランスさが売り(?)の男優であるが、この映画では女の子にモテモテの「スーパースター&ロックスター」を演じていた。ウダイは「Dhoom」(2004年)で演じたようなチンピラ役なら似合っているが、スーパースター役はお門違いであろう。ウダイを人気スターに押し上げてやろうというチョープラー一家の陰謀が見え隠れする映画であった。

 ヒロインのタニシャー・ムカルジーは、人気女優カージョルの妹。カージョルよりも顔が角ばっているが、姉妹だけあってカージョルと声やしゃべり方が非常によく似ている。あのキンキン声は映画館の音響設備で聞くと不快になる。身振り手振りもオーバーアクション気味。肌の露出度も限界レベルまで高かった。「カージョル・スタイル+露出度」で攻めていくつもりだろうか?

 「Neal ‘N’ Nikki」は映画としては最低だが、音楽は現在ヒット中である。「ダッダラダッダラ・ダ、ニール&ニッキー」という印象的なイントロで始まるテーマ曲は、ニールとニッキーの自己紹介曲となっており、ポップで親しみやすい。序盤でタニーシャー・ムカルジーがニールを誘惑する「Halla Re」は、歌、踊り共にこの映画の中でベストのミュージカルシーンであろう。英語歌詞の部分が心地よい「I’m In Love」も素晴らしい。「Neal ‘N’ Nikki」のサントラCDだけは買う価値がある。

 チョープラー一家が作る映画には、ヒンディー語映画なのにも関わらずパンジャービー語が過度に入る傾向がある。ヤシュ・チョープラーが監督した「Veer-Zaara」(2004年)は、半分パンジャービー語映画であった。この映画も、いくつかのシーンでパンジャービー語色が非常に強くなる。それに加え、英語のダイアログが非常に多く、地方の観客にはつらい映画であろう。

 途中、「Dilwale Dulhaniya Le Jayenge」(1995)のパロディーが入ったり、昔の映画の1シーンが少し入ったりして、インド映画のファンには嬉しいサービスがある。アビシェーク・バッチャンが序盤に突然特別出演するのでお見逃しなく。

 「Neal ‘N’ Nikki」は、日本で言えば中学生向けぐらいのレベルの低い映画である。そのレベルに自分を合わせられるなら観てもいいだろうが、多くの日本人には不快な2時間となるであろう。