Home Delivery: Aapko… Ghar Tak

1.0

 今日はPVRアヌパム4で、2005年12月2日公開の新作ヒンディー語映画「Home Delivery: Aapko… Ghar Tak」を観た。デリーの映画館の上映状況を見ると、同日公開の「Mr Ya Miss」(2005年)よりもこちらの「Home Delivery」の方が上映回数や上映館数が多かった。通常、同日に新作映画が数本公開された場合、面白い映画の方が上映回数や上映館数が多くなるので、何を見ようか迷ったら新聞の映画館情報を見てどれが一番拡大公開されているか調べるといい。だが、今回ばかりは失敗だった。「Home Delivery」よりも「Mr Ya Miss」の方が断然面白い映画だった。

 映画の題名は「Home Delivery」、副題は「Aapko… Ghar Tak(あなたを・・・家まで)」。監督は「Jhankaar Beats」(2003年)のスジョイ・ゴーシュ、音楽はヴィシャール・シェーカル。キャストは、ボーマン・イーラーニー、ヴィヴェーク・オーベローイ、アーイシャー・タキヤー、マヒマー・チャウダリー、サウラブ・シュクラー、ティックー・タルサニヤー、アーリフ・ザカーリヤーなど。これら主要キャストの他、豪華な顔ぶれがチョイ役で出演する。ナスィールッディーン・シャー、ヴィクター・バナルジー、カラン・ジョーハル、ジューヒー・チャーウラー、アビシェーク・バッチャン、スニール・シェッティー、サンジャイ・スーリー、リテーシュ・デーシュムク、ピヤー・ラーイ・チャウダリーなど。リティク・ローシャンは名前だけ登場。また、挿入歌の内、テーマ曲「Home Delivery」をボーマン・イーラーニーが、「Maya」をサンジャイ・ダットが歌っている。

 サニー(ヴィヴェーク・オーベローイ)は、タイムズ・オブ・ヒンドゥスターン紙の相談コーナーで「ギャーングル(知恵の導師)」を名乗って人々の悩みを解決する仕事をしていた。だが最近の彼はスランプ状態で、有名監督カラン・ジョーハル(実名出演)から脚本の仕事を頼まれたもののアイデアが浮かばず、新聞の編集者(ジューヒー・チャウラー)の電話にはいつも仮病で対応していた。サニーにはジェニー(アーイシャー・タキヤー)という婚約者がいた。サニーは彼女のこと「ナーニー(母方の祖母)」と呼んでいた。ジェニーは結婚を催促していたが、サニーは踏み出せないでいた。サニーの住むマンションにはおかしな住民たちが住んでいた。向かいの部屋に住むパーンデーイ(サウラブ・シュクラー)はもう頭は禿げ上がり、腹も出っ張っているが、未だに独身かつブラフマチャリヤ(童貞)だった。パーンデーイは毎日のようにサニーの家に上がりこんできて、食べ物を勝手に食べたりTVを勝手に観たりしていた。下の階に住むグングナーニー(ティックー・タルサニヤー)は、自分のことを伝説の音楽家ターンセーンと同一視しており、毎日のように「ラ~ワルピンディ~」とカッワーリーを歌って近所の人々を困らせていた。

 サニーはTVのインタビュー番組に出演し、昔からの憧れであった南インド映画スター、マーヤー(マヒマー・チャウダリー)と対面を果たす。マーヤーは北インド映画進出の野望を抱いており、カラン・ジョーハル監督の脚本を担当しているサニーを誘惑する。誘惑に負けたサニーはディーワーリーの前日にマーヤーを家に呼ぶ。その日はジェニーは親元へディーワーリーを祝いに行く予定だった。ジェニーが出掛けると、サニーはマーヤーの大好物のガージャル・カ・ハルワーを作り始めるがうまくいかない。また、彼は昼食のためにマミーズ・ピザにピザの出前を頼む。

 サニーの家にやって来たのは、マイケル(ボーマン・イーラーニー)という51歳のおじさんだった。マイケルはちょっと頭が弱い部分があったが、心はとても優しかった。サニーはマイケルにガージャル・カ・ハルワーを作らせる。だがそのとき、サニーのことを心配したジェニーが突然家に帰って来てしまう。サニーは何とかジェニーを家の外に連れ出すが、その間にマーヤーが家に来てしまう。マーヤーはマイケルと一緒にサニーの帰りを待つ。そのときサニーの家にパーンデーイが上がりこんで来る。パーンデーイは新しいビジネスとして映画制作をしようと考えていたのだが、それを聞いたマーヤーは彼に興味を示し、そのままパーンデーイの家に行ってしまう。パーンデーイはブラフマチャリヤを卒業する。

 何とかジェニーを遠くへやって家に戻って来たサニーだったが、既にマーヤーは立ち去った後だった。しかもサニーはギャーングルの仕事をクビになってしまう。落ち込むサニーに追い討ちをかけたのは、マイケルの一言だった。なんとマイケルはカラン・ジョーハル監督からの電話に出て、サニーがマイケルに冗談で話した「マハーバーラタ」から着想を得たありきたりの筋を話してしまったのだ。カラン・ジョーハルに「マハーバーラタ」?これでカラン・ジョーハルの仕事も失ってしまったも同然だった。さらに落ち込むサニー。彼はマイケルに罵声を浴びせかけて追い出す。と、そこへジェニーが帰って来る。サニーは自暴自棄になり、ジェニーに結婚する気はないことを伝える。怒ったジェニーは立ち去ってしまう。サニーは1日の内に全てを失ってしまった。

 だが、サニーのところへカラン・ジョーハル監督から電話がかかってくる。なんと監督はマイケルが話した筋が気に入ったらしい。喜ぶサニー。早速マイケルのところへ行って謝る。サニーはマイケルから妻ラマーのことを聞いており、一度会わせてほしいと頼む。マイケルに連れられて家の中に入ったサニーが見たものは、亡くなった妻ラマーの肖像画であった。愛の意味を悟ったサニーは、マイケルを連れてジェニーの元へ行き、父親(ヴィクター・バナルジー)から預かった母親の指輪をジェニーに渡す。こうしてマイケルは、一度「家」を失ってしまったサニーをホームデリバリーしたのだった。

 全くインド映画の文法を無視した作品。インド人観客は絶対に付いていけないだろうし、制作者側もうまくこの新感覚のストーリーを扱いきれていなかった。多くの登場人物が一見支離滅裂な人間関係を築いていくのだが、それが最後でひとつにまとまる、という筋にしたかったと思うのだが、技術不足で何を描きたかったのかあやふやになってしまっていた。インド映画をこまめに見ている人なら、豪華なメンバーのカメオ出演を楽しむことはできるだろうが、それ以外の楽しみ方はほぼ不可能な映画だ。

 まとめにくいストーリーだったが、上のあらすじに何とかまとめておいた。細かいところを見ていくと非常に謎な部分が多い。主人公のサニーは「ギャーングル(知恵の導師)」を名乗ってタイムズ・オブ・ヒンドゥスターン紙(インドの二大大衆新聞、「タイムズ・オブ・インディア」と「ヒンドゥスターン」を掛け合わせた名前)の読者相談コーナーを受け持っているのだが、特に「ギャーングル」がストーリー上重要な伏線となるようなことはなかった。サニーがなぜ父親と対立しているのか、ジェニーと結婚したくないのか、も詳しく説明されていなかった。サニーの妹のアンジューは映画の冒頭で出て来るにも関わらずその後ほとんどストーリーとは関係なかった。マーヤー役のマヒマー・チャウダリーは頻繁にサーリーのパッルー(胸にかけている部分)を落として豊満な胸の谷間を見せびらかしていたが、それも場違いな印象を与えた。アーリフ・ザカーリヤーが演じるP3Pというセレブだけを狙う連続殺人犯もうまく活かされていなかった。マイケルがサニーを家族の元へ「ホームデリバリー」するという最後の決め台詞も、唐突過ぎて困惑した。コメディーの切れも悪いし、ミュージカルも非常になめたものしかなかった。

 ヴィヴェーク・オーベローイは最近「Vivek Annand Oberoi」という名前で映画に出演している。どうも「Kyun! Ho Gaya Na…」(2004年)や「Kisna」(2005年)など主演作のフロップ(失敗作)続きで運勢を変えたかった彼は、数秘学者に相談して幸運を呼ぶ名前をつけてもらったようだ。しかし、思い切って名前をマイナーチェンジしたヴィヴェーク・アーナンド・オーベローイであったが、残念ながら本作品もフロップで終わるだろうし、彼の演技にも特に顕著な成長は見られなかった。

 すっかり演技派コメディアンとしてヒンディー語映画界に定着したボーマン・イーラーニーも、今回は押さえ気味の演技であまり目立った活躍をしていなかった。マヒマー・チャウダリーに至っては、一体出演する必要があったのか、と疑問に思った。一応一時期はヒンディー語映画界を代表する女優だったのだから、もっと威厳を持った役選びをする必要があるのではなかろうか?それともこんな役に出演せざるをえないほど困窮しているのだろうか?

 それらの名の知れた俳優たちに比べ、アーイシャー・タキヤーの方が光っていた。彼女はまだデビューしたばかりだが、どの映画に出ても「アーイシャー・タキヤーだ」という存在感がある。シャールク・カーン型の役者だと言える。絶対にこれから急成長していく若手女優の一人だと僕は考えている。

 「Home Delivery」は期待作のひとつに数えられていたのだが、残念ながら見所を探すのが難しい駄作に終わってしまっていた。間違っても普通に期待して観てはいけない作品である。「ウォーリーを探せ」みたいにカメオ出演の有名スターを探す目的なら何とかなるか。