Apaharan

4.0

 今日はPVRプリヤーで、2005年12月2日公開の新作ヒンディー語映画「Apaharan」を観た。「Apaharan」とは「誘拐」という意味。監督は「Gangaajal」(2003年)などのプラカーシュ・ジャー。キャストは、アジャイ・デーヴガン、ナーナー・パーテーカル、ビパーシャー・バス、モーハン・アーガーシェー、ムケーシュ・ティワーリー、ヤシュパール・シャルマー、アキレーンドラ・ミシュラー、ムクル・ナーグ、ダヤーシャンカル・パーンデーイ、アイユーブ・カーン、ムラリー・シャルマー、パダム・スィン、チェータン・パンディト、アヌープ・ソーニー、エヘサーン・カーンなど。

 ビハール州サラームプル。世の中の不正を正す著名な社会活動家ラグヴァンシュ・シャーストリー教授(モーハン・アーガーシェー)の一人息子のアジャイ(アジャイ・デーヴガン)は警察官になろうとしていた。アジャイは試験で一番優秀な成績を収めたが、賄賂を支払わなかったために落とされそうになる。そこでアジャイは、親友のカーシーナート(アイユーブ・カーン)らに頼んで50万ルピーを何とか工面してもらう。賄賂を支払ったアジャイは合格になりそうだったが、シャーストリー教授の活動を面白く思わないディンカル・パーンデーイ内相(チェータン・パンディト)は、アジャイの警察官就職を盾に教授を脅す。しかしシャーストリー教授は脅しに乗らなかった。おかげでアジャイは賄賂を支払ったにも関わらず警察官になれなかった。

 50万ルピーは、誘拐仲介人ムラリーダル(ムラリー・シャルマー)から借り受けたものだった。ムラリーダルは3日以内に金を返すようアジャイに言う。アジャイは金を稼ぐために、カーシーナートたちと共に誘拐の仕事を請け負う。ところが、アジャイたちが誘拐した役人は、泣く子も黙るマフィア、ガヤー・スィン(ヤシュパール・シャルマー)の恩人だった。ガヤー・スィンは、マイノリティー出身の政治家で裏の政府を操るタブレーズ・アーラム(ナーナー・パーテーカル)の下で働いており、刑務所の中に住んでサラームプルの数々の犯罪を取り仕切っていた。ガヤー・スィンと癒着したヴィーレーンドラ・シュクラー副警視(エヘサーン・カーン)によって逮捕されたアジャイは、ガヤー・スィンの住む刑務所に放り込まれてリンチを受ける。父親からも見放されたアジャイは、正直に生きるのはやめて今までとは正反対の道を歩むことを決意する。手始めにアジャイはシュクラー副警視に取り入って刑務所から出ると、ガヤー・スィンが狙っていた実業家のセート・スーラジマールを誘拐し、その後ガヤー・スィンを人気のないところにうまくおびきよせて殺害する。そして、スーラジマールの身柄と共にタブレーズ・アーラムに投降する。タブレーズに気に入られたアジャイは、ガヤー・スィンに代わって彼の右腕として働き始める。アジャイは一旦、身の安全の確保のために刑務所に入るが、前回とは全く違った待遇だった。所員からは敬意を表され、ガヤー・スィンが住んでいた豪華な個室に住むことになった。仕事をするときはアジャイは刑務所の外に自由に出ることができた。

 タブレーズ・アーラムは、シャーストリー教授の告発により逮捕されてしまうが、それと時を同じくしてアジャイが刑務所から出てきた。アジャイはタブレーズの後を引き継いでビハール州の裏社会を牛耳り始める。アジャイは、見合った金を払えば人質は必ず生きて返すという規則を徹底させ、誘拐をビジネスにまで発展させる。ところが、誘拐した男の妻がかつての恋人メーガー(ビパーシャー・バス)だったという出来事に直面して以来、アジャイは変わり始める。それと同時にアジャイはタブレーズにとって邪魔な存在になって来ていた。同僚のウスマーン(ムクル・ナーグ)との権力争いもその一因だった。また、タブレーズのライバルであるディンカル・パーンデーイ内相はアジャイに近づき、自分の党から立候補しないかと囁く。

 そんな中、ビハール州政府を転覆させるほどの大スキャンダルが報道される。州政府内閣のダヤー・シャンカル大臣(ダヤーシャンカル・パーンデーイ)が収賄している映像がTVで報道されたのだった。今が政権を取る好機と見たタブレーズ・アーラムは刑務所を出て内閣不信任案を提出し、反政府キャンペーンを開始する。それと同時にタブレーズはアジャイに、父親のシャーストリー教授を誘拐するミッションを命じる。それを遂行できなかったアジャイは、待ち伏せていたシュクラ副警視に殺されそうになるが、それを返り討ちにする。裏で手を引いているのがタブレーズであることを知ったアジャイは、アンワル・カーン警視に投降する。

 アンワル・カーン警視は、ムスリムというハンディキャップを背負いながらも真面目さを武器にコツコツと出世を重ねてきた実直な警官だった。カーン警視はタブレーズ・アーラムの不正を暴こうと地道な捜査を続けていたが、いつも上からの圧力により押し潰されていた。アジャイは、そんなカーン警視に全てを懸けたのだった。カーン警視はアジャイに、ビハール州で多発する誘拐の黒幕はタブレーズ・アーラムであるという自供をさせる。カーン警視はその自供の手記を中央捜査局(CID)の局長に渡すが、局長はそれをディンカル・パーンデーイ内相に手渡してしまう。同じ政党のダヤー・シャンカル大臣のスキャンダルにより辞職に追い込まれそうになっていた内相はその手記の価値を見抜き、すぐにタブレーズに連絡を取って、その手記を盾に連立で政権を握ることを提案する。タブレーズも承諾し、内閣不信任案を撤回すると、内相に就任する。結局アジャイとカーンの努力は水泡と帰してしまった。今や、アジャイの身に危険が迫っていた。

 アジャイはカーン警視に、最期に一目だけ父親と会いたいと願い出る。カーン警視もそれを受け入れ、彼を自宅まで送り届ける。シャーストリー教授は、自分が今まで行ってきた正義のための厳格な闘争は息子を孤独にさせてしまっていたことを後悔しているところだった。父子は初めてお互いの愛情を確認し合って抱き合い、そして別れを告げる。翌朝、CIDに拘束されていたアジャイのもとをタブレーズ・アーラムが訪れる。アジャイは隠し持っていた銃でタブレーズを射殺するが、ウスマーンら部下たちに銃弾を浴びせかけられて絶命する。

 シャーストリー教授はアジャイの遺体を引き取り、荼毘に付した。

 主題はビハール州で頻発する誘拐事件であったが、それだけでなく、ビハール州がいかに上から下まで汚職で染まり切っているかのかを重厚なタッチで描いた傑作。2005年最高傑作のひとつと言ってもいいかもしれない。「Maqbool」(2004年)みたいな映画が好きな人にオススメしたい映画である。

 ビハール州では誘拐事件が相次いでいる。特に子供の誘拐が多い。全て身代金目当てのものだ。去年のことだったか、学校の子供たちが、誘拐を真剣に取り締まらない政府に対してデモ活動を行っていたことがあったが、「この国では子供までデモをするのか」と驚いたことをよく覚えている。あのときはビハール州の誘拐事件の構造をよく理解できなかったが、この映画を観て非常によく分かった。結局、誘拐を行っているのはマフィアだけではなく、政治家や警察までもがみんなグルになって行っているのだ。そして手に入った身代金をみんなで山分けしているのだ。誘拐だけでなく、映画中では警察官試験での不正にも触れられていた。試験でトップの成績を取っても、賄賂を払わなければ合格者リストから外されてしまうのだ。しかもその賄賂の額は50万ルピー。政治家や役人がそれぞれ賄賂を山分けするために、その額は膨大なものとなってしまうのだ。ビハール州の刑務所の様子も酷かった。犯罪を犯した者が罰を受けるために刑務所に入るのではなく、犯罪者が身の安全の確保のために刑務所に入るのだ。刑務所の所員もマフィアたちにこびへつらっているし、マフィアのための特別個室まで用意されている。しかも犯罪者は自由に外に出ることができ、警察の護送車で自由に移動することができる。すっかりビハール州に行きたくなくなってしまったぞ・・・。

 ビハール州の汚職まみれの構造を暴露すると同時に、監督は父と子の間の愛情の描写にも重点を置いていた。ラグヴァンシュ・シャーストリー教授は政府や政治家の不正や汚職を糾弾することを人生の使命とする社会活動家だった。家族のことに全く無関心なその態度に嫌気が差した妻は家を出てしまった。そして息子のアジャイも、父親の愛情を得られないまま育ち、自分の力で何とか警察官になろうと努力していた。アジャイは父親に内緒で贈賄して警察官試験に合格した。だが、その夜に家を訪ねてきたディンカル・パーンデーイ内相は、自分に関するスキャンダルの発表を遅らせるよう、賄賂を手渡しながらシャーストリー教授に頼む。それが受け容れられないと今度はアジャイの警察官就職を無効にすると脅す。それでもシャーストリー教授は折れなかった。それを見たアジャイは父親に幻滅し、転落の道を歩み始める。タブレーズ・アーラムの右腕となったアジャイは、州政府内閣スキャンダルに関する記者会見を主催する新聞記者アーカーシュ・ランジャンの暗殺を命じられる。ところがそこにいたのは自分の父親であった。シャーストリー教授は、今まで息子の成功を妨害してきたことを謝り、今ここで自分を殺して仕事を完遂するよう言うが、そのときその場に警察が到着し、アジャイは逃げ出す。その後、タブレーズ・アーラム告発に失敗して命を狙われたアジャイは、最後に父親に会いに行く。父親はアジャイのベッドに横たわって息子のことを思い出している最中だった。二人は初めて感情を吐露し合い、涙して抱き合う。非常にセンシティヴなシーンであった。政治がテーマの映画はドロドロした人間関係がどうしてもメインになってしまうが、シャーストリー教授とアジャイの間の愛情は、映画の過度の重圧感をほぐす要素となっていた。映画の題名は「Apaharan(誘拐)」だったが、これは実際の誘拐事件を指すと同時に、悪の道に走りながらも最後に巨悪になけなしの反撃をして死んで行った息子の遺体を引き取るシャーストリー教授の心情を暗示しているのかもしれない。真の誘拐犯は、若者が奈落の底に落ちていかざるをえない社会構造全体なのだろう。

 正義を貫く人間と、口だけの正義を振りかざす人間との争いもこの映画の重要なテーマだった。映画中、意地でも正義を貫いている人物は2人いた。シャーストリー教授とアンワル・カーン警視である。だが、真面目一徹で融通の利かない人間というのは、うまく世を渡っていけないばかりか、回りから疎がられるものだ。シャーストリー教授は社会的な尊敬を受けはするものの、彼の家族は荒廃しており、政治家だけでなく、賄賂を糧にしなければとてもじゃないが生活していけない安月給取りの下級官吏たちからも煙たがられていた。カーン警視も、誘拐の黒幕だと誰もが知りながら口に出せないタブレーズ・アーラムの逮捕に全力を尽くすものの、警察上層部が彼と癒着しているため、全ての試みは失敗に終わってしまう。エンディングでのアジャイの死は、正義の敗北と見るべきなのだろうか?

 非常に多くのことを考えさせてくれる映画ではあるが、欠点がないわけでもない。例えば、ビパーシャー・バス演じるメーガーの存在は全く活かされていなかった。確かにメーガーがいなかったら全く女っ気のない映画になってしまっていたが、別にそれでも構わなかったと思うし、これだけの質の映画だったら観客も入るだろう。また、誘拐がテーマなのに、誘拐の段取りがあまりに幼稚過ぎて、いい加減な印象を受けた。ロケはマハーラーシュトラ州のサーターラー周辺で行われたようだ。これだけビハール州を表に出した映画なのに、ビハール州で全く撮影されていないのは残念なことだ。セットなどをうまく使ってビハール州の雰囲気が出せればそれでいいのだが、どうもビハールっぽくない風景がたくさん出て来ていたように思った。しかし、それらを補って余りある優れた映画だったことには違いない。

 俳優陣の一級の演技もこの映画の見所である。ナーナー・パーテーカル、アジャイ・デーヴガン、モーハン・アーガーシェーを筆頭に、各俳優がベストの演技をしていたと言っても過言ではない。相変わらずヤシュパール・シャルマーが憎たらしい演技である。ムラリー・シャルマーも本物と見紛うほどの見事なチンピラ振りであった。唯一、ビパーシャー・バスだけが場違いであった。ちなみに、登場人物の名前は、俳優の本名をもじったものが多いような気がする。アジャイ・デーヴガン→アジャイ・シャーストリー、ビパーシャー・バス→メーガー・バス、ダヤーシャンカル・パーンデーイ→ダヤー・シャンカル、ムラリー・シャルマー→ムラリーダルなどなど。監督の遊び心であろうか?

 そういえば、ビハール州を15年間に渡って支配して来た国民党(RJD)のラール・プラサード・ヤーダヴとその妻ラブリー・デーヴィーに代わり、つい最近ビハール州首相に新しく就任した統一人民党(JDU)のニーティーシュ・クマールも、公開と同時にパトナーでこの映画を鑑賞したらしい。ナーナー・パーテーカルが演じていたタブレーズ・アーラムは、ラールー・プラサードが部分的にモデルになっていると思われる。そういえば映画中にチラッと出てきたヒンディー語版インディア・トゥデイ誌に、ラールー・プラサードの写真が載っていた。これも監督の遊び心なのか?

  「Apaharan」はほとんど歌と踊りがない映画ながら(1曲だけ一瞬あった)、3時間の長尺であり、ドップリと映画の世界に浸かることができる。映画としても優れているし、ビハール州の現状を垣間見る目的でもオススメの映画だ。この冬は期待作が数本ひしめいているが、「Apaharan」がロングランする可能性は大いにありうる。