Hanuman

3.5

 今日はPVRプリヤーで、インド初の国産アニメーション映画「Hanuman」を鑑賞した。2005年10月21日公開である。インドのアニメーションがまだまだ稚拙であるため、「Hanuman」が映画館で一般公開されることに懐疑的だったのだが、それは杞憂に終わった。蓋を開けてみればけっこう大々的な公開となった。

 監督はVGサーマント、音楽はタパス・レーリヤー。声優の中で有名なのは大人のハヌマーンの声を担当したムケーシュ・カンナー。人気TVドラマ「Shaktimaan」(1997-2005年)でシャクティマーンを演じた俳優である。

 猿のケーサーリとアプサラー(精霊)のアンジャナーの間に生まれたハヌマーンは、風神パヴァンの息子でもあり、シヴァの化身でもあった。超人的な力と知恵を持ったハヌマーンは、自由奔放な幼年生活を送るが、やがてアヨーディヤー王国の王子でヴィシュヌの化身ラームと出会い、信仰に目覚める。ハヌマーンは森の王国、キシュキンダー王国の猿王バーリやその弟スグリーヴと仲良くなる。

 王国を14年の期間追放されたラームとその弟ラクシュマンは、何者かに誘拐されたスィーター姫を探して森をうろついているとき、ハヌマーンと出会う。そのときちょうどキシュキンダー王国ではバーリとスグリーヴの間でいさかいが起き、スグリーヴは追放されてしまっていた。スグリーヴはラームたちに助けを求める。ラームはスィーター捜索に協力することを条件にスグリーヴに協力してバーリを討つ。

 ところがいつまで経ってもスィーターは見つからなかった。もうすぐ追放期間の14年が過ぎてしまうところだった。ラームはスグリーヴに集中的な捜索を求める。スグリーヴは森中の動物たちに大号令を発し、スィーターを探させる。その結果、スィーターはラーヴァンの支配するランカー島に幽閉されていることが分かる。ハヌマーンはランカー島までひとっ飛びし、スィーターの無事を確認すると同時に、ランカー島に火を放って大打撃を与える。

 ラームは猿や熊の軍勢を率いてランカー島に攻め込む。迎え撃つラーヴァンの羅刹軍。この戦争でラクシュマンは瀕死の重傷を負ってしまうが、ハヌマーンは薬草の生えたドローン山をヒマーラヤ山脈から根こそぎ持って来て窮地を救う。ラームは激戦の末にラーヴァンを討ち、スィーター姫を救出する。追放期間を終えたラームたちはアヨーディヤーに凱旋する。ラームの前でハヌマーンは永遠にラームに仕えることを誓う。

 インドの初の国産アニメということで、どんな出来に仕上がっているか楽しみだったが、やはりまだまだ日本のアニメに比べたら未熟と表現するしかない。しかし、今までのインドのアニメに比べたら格段に進歩していることは明らかであり、インドのアニメ産業の未来に希望を抱かせてくれる力作である。

 インド初の国産アニメが、ハヌマーンという宗教的題材を扱ったことは、無難な選択でもあり、賢い選択でもあり、自然な選択でもあり、運命でもあろう。インド映画の歴史を紐解いてみれば、初期のインド映画の主題の多くはインドに昔から伝わる神話・叙事詩・歴史であった。「インド映画の父」と呼ばれるダーダーサーヒブ・ファルケーは、1910年に「キリストの生涯」というキリスト教を主題とした映画を観てインド神話を題材にした映画を作ることを思い付き、インド初の国産映画と言われる「Raja Harishchandra」(1913年)から始まり、「Lanka Dahan」(1917年)、「Shri Krishna Janam」(1918年)、「Kaliya Mardan」(1919年)などの神話・宗教映画を次々に撮影した。これらは大いにヒットし、インド映画の隆盛の素地となった。現在はインドのアニメの黎明期と言える。この時期に大いに神話や伝承から主題を取ってアニメを作り続けることは非常に重要なことだと思う。一番の利点は、誰もが親しんでいる神話を題材にした映画は、インドでは子供から大人まで幅広い年齢層に受ける可能性が高いことだ。インド人は知ってる話を何度も見たり聞いたりすることにあまり疑問を感じない国民のようなので、「わざわざみんなが知ってる話をアニメにする必要がない」と考えるのは間違いである。知ってる話だから受けるのだ。しかも、ハヌマーンという一人のキャラクターを中心としたことがこの映画では功を奏していたように思える。「ラーマーヤナ」全体をアニメにするのは難しすぎる。インドは説話の宝庫だ。これからしばらくはこの線でアニメの制作を続けて技術を磨くべきであろう。

 ただ、不思議だったのは観客の顔ぶれである。アニメを見に来るのはお子様中心かと思ったが、意外なことに20代くらいの若者が多かったのだ。今日は大学は学生自治会選挙運動の関係で授業がなかったので、正午の回を見た。普通の子供はこの時間には学校に行っていて見に来ることができなかったとしても、その観客層は僕の理解を越えていた。一番気になったのは、心なしかチンピラみたいな若者が多かったことだ。ヒンドゥー至上主義団体、世界ヒンドゥー協会(VHP)傘下の青年過激組織バジラングダルのメンバーだろうか、と考えていた。バジラングとはハヌマーンの別名である。ハヌマーンに格別な思い入れがあっても不思議ではない。映画に何か不都合な点があったら即刻暴動でも起こすんじゃないかと心配していたが・・・そんなことはなかった。ただ、映画が始まる前に「ジャイ・ハヌマーン!」という歓声が聞こえた。

 アニメはセル画ではなく、全部コンピューターで描かれていたと思う。動きが早くなると画像が粗くなり、曲線がギザギザになったりしていたのが気になった。コンピュータの性能不足であろうか?コンピューターでアニメを描くのはいいが、設備のさらなる改善が必要のように思えた。

 ハヌマーンのキャラクターデザインは最高。特に子供の頃のハヌマーンがキュートでいい。しかしラームは何だか覇気がなかった。今回はラームは完全に脇役であった。

 言語はヒンディー語。サンスクリット語の語彙が多いので、多少通常のインド映画よりも語彙力が要る。だが、頑なにアラビア・ペルシア語彙を排除しているわけでもなく、分かりやすいヒンディー語だったと思う。

 実は音楽が非常によかった。特に冒頭と最後に流れる「Mahabali Maharudra」という曲はすごい。参加しているアーティストが尋常ではない。ヴィジャイ・プラカーシュ、ソーヌー・ニガム、シャーン、パラーシュ・セーン、カイラーシュ・ケール、マドゥシュリー、スネーハー・パント、サプナー・ムカルジーが一緒に歌を歌っているのだ。歌詞のベースは宗教賛歌だが、ARレヘマーンっぽい勇壮な音楽にアレンジがされており、心を高揚させる。最後のスタッフロールではミュージックビデオも流れる。ハヌマーンに扮した子供たちが駆け回るのがいい。「Akdam Bakdam」は子供の声で歌われるかわいい曲。サントラCDに入っている「Hanuman Chalisa」もいい曲だが、映画中では使われなかったと記憶している。

 「Hanuman」は、日本のアニメのレベルを期待していくと失望するだろうが、インド初の国産アニメーション映画ということを念頭に置き、他人の子供の成長を温かく見守る気持ちで観に行くときっと面白いだろう。また、「ラーマーヤナ」をあまり知らない人にはけっこう勉強になると思う。