Bunty Aur Babli

4.0

 今日は、2005年5月27日公開の待望の新作ヒンディー語「Bunty Aur Babli」をPVRプリヤーで観た。1週間前にデリーで発生した映画館連続爆破テロの影響で、PVRプリヤーは厳戒態勢であり、一切の手荷物を認めないばかりか、ひとつひとつ携帯電話をオフ→オンにさせて、本物の携帯電話か確かめていた。しばらくはこの神経質な状態が続きそうだ。

 「Bunty Aur Babli」とは、「バンティーとバブリー」という意味である。バンティー、バブリー共に主人公の名前だ。プロデューサーはアーディティヤ・チョープラー、監督はシャード・アリー・セヘガル、音楽はシャンカル・エヘサーン・ロイ。キャストは、アミターブ・バッチャン、アビシェーク・バッチャン、ラーニー・ムカルジー、そしてサプライズとしてアイシュワリヤー・ラーイがアイテムガールとして一曲だけ登場し踊る。

 ウッタル・プラデーシュ州の退屈な小都市、フルサトガンジで生まれ育ったラーケーシュ(アビシェーク・バッチャン)は、都会へ出て一獲千金し、大金持ちの仲間入りを夢見ていた。鉄道に務める父親はラーケーシュを同じく鉄道に就職させようとしていたが、ある日ラーケーシュは家を抜け出し、ラクナウーへ向かう。

 一方、同じくウッタル・プラデーシュ州の小都市、パンキーナガルで生まれ育ったヴィンミー(ラーニー・ムカルジー)は、ミス・インディアになってトップモデルになることを夢見ていた。しかし両親はヴィンミーの結婚の話を勝手に進めていた。ヴィンミーは花婿が見合いに来る日の前に家を抜け出し、ラクナウーへ向かう。

 ラーケーシュはラクナウーで保険会社にアイデアを売ろうとするが、受け容れられなかった。また、ヴィンミーもミス・インディアの会場で相手にされなかった。ラクナウー駅でうなだれていた二人は、自然と出会い、そして共にカーンプルへ向かう。だが、カーンプルでも、二人は世間の厳しさを知るばかりだった。

 そこで、二人はムンバイーへ行くことに決める。しかしそんなお金はどこに?二人は、ラーケーシュを騙した男を協力して騙し、大金をせしめる。この詐欺に味をしめた二人は、バンティーとバブリーを名乗るようになり、行く先々で人々を騙して金を巻き上げ始める。バンティーとバブリーの名前は瞬く間に世間に広がり、ちょっとした英雄になる。

 ムンバイーに着いたラーケーシュとヴィンミー。しかしラーケーシュは突然家に帰ると言い出す。ラーケーシュは詐欺師に自分の才能を見出し、一人でこれからバンティーを続けていくことを決めたのだった。ヴィンミーにはミス・インディアになってもらいたかった。しかし、ヴィンミーはラーケーシュに言う。「バブリーがいないバンティーに何ができるの?私がいなくてあなたはやっていけるの?」ラーケーシュは答える。「いや、君がいないとオレは生きていけない」いつの間にか二人はお互いに恋していたのだった。二人はアーグラーまで戻り、タージマハルの前で結婚式を挙げる。

 結婚したバンティーとバブリーは、ますます詐欺の才能に磨きをかける。ちょうどアーグラーを訪れていた世界有数の大金持ちの白人に、タージマハルを売却するという詐欺を行い、大金をせしめる。だが、バンティーとバブリーは、敏腕刑事ダシュラト・スィン(アミターブ・バッチャン)に追跡され始めていた。デリーのレストランでバンティーとダシュラト・スィンは偶然顔を合わせて一緒に酒を飲み、意気投合するということもあった。

 だが、バブリーの心に次第に変化が訪れていた。彼女は妊娠しており、子供の将来を心配するようになっていた。バンティーとバブリーはデリーの空港から、空輸中の金を奪い逃走するが、その途中にバブリーは産気づき、市内の病院で出産する。その病院にはダシュラト・スィンが駆けつけるが、ギリギリのタイミングで二人は逃げ出していた。デリーを脱出したバンティーとバブリーであったが、バブリーはもう二度と悪いことはしないし、バンティーにさせないと主張する。バンティーもしぶしぶそれを受け容れる。ところが、そのときちょうどダシュラト・スィンが現れ、捕まってしまう。

 長年追い続けていた二人を捕えたダシュラト・スィンだったが、2人が既に改心していること、そして生まれたばかりの子供がいることを見て同情し、2人を逃がす。

 ハリウッド映画「オレたちに明日はない」(1967年)を彷彿とさせる、カップル犯罪者を主人公にした映画だが、僕はどちらかというと日本の人気アニメ「ルパン3世」を思い出した。映画は全体に渡ってカラフルでゴージャスでファッショナブル。詐欺や泥棒に対する罪悪感などはラストを除きほとんどなく、とにかく娯楽のために犯罪を繰り返す能天気なカップルがスクリーンで大暴れする。現実感はほとんどなく、対象年齢はかなり低い。子供たちが喜びそうな映画である。その他、インド各地の観光地がギネスブック級に登場したのが特筆すべきである。

 主人公のラーケーシュ、ヴィンミー、共にウッタル・プラデーシュ州の退屈な小都市で生まれ育った。ラーケーシュの故郷はフルサトガンジ。日本語に意訳すると「退屈市場」みたいな意味である。一方、ヴィンミーの故郷はパンキーナガル。これも意訳すると「ダサダサの町」みたいな意味になると思う。これらの町の名前は、大金持ちを目指すラーケーシュと、モデルを目指すヴィンミーの置かれた環境をよく表している。同時に、この時点でこの映画は、子供向けのお伽話みたいなものだと理解しなければならない。細かいことに文句を言うことはできるが、それは野暮というものである。

 ラクナウー駅で偶然出会ったラーケーシュとヴィンミーは、「バンティーとバブリー」を名乗って詐欺や泥棒を繰り返すようになる。「バンティー」とは、ラーケーシュが子供の頃、何か悪いことをして叱られたときに、「僕がやったんじゃないよ、バンティーがやったんだよ」と言い訳をしていたことに起因する。その相棒の名前が「バブリー」だった。最初、勝手に「バブリー」と名付けられたヴィンミーは「あなたは正にバンティーって顔してるけど、どうして私がバブリーなのよ?」と怒るが、しばらくして「バンティーとバブリー・・・なかなかいいわね」と微笑む。名前を変えたことに刺激を受け、2人は隠れた才能を発揮するようになる。

 バンティーとバブリーの詐欺と泥棒の手口は例えばこんな感じだ。ある高級ホテルに派手な服を着て入る。レセプションは、「スイートルームにお泊りですか?」と聞くが、バンティーは「いや、部屋は必要ないんだよ、このホテルが必要なんだよ、全部」などとはったりをかます。それを聞いたオーナーはすぐにバンティーとバブリーを貴賓扱いし、二人をただで1週間宿泊させる。・・・だが、オーナーが気付いたときには、二人は家具と共に逃げ出した後だった。別の場所では、バブリーがまた大金持ちっぽいゴージャスな服を着てショッピングモールを訪れる。バブリーは家電製品の店で、洗濯機を全て買い占め、夜中それらを運び出させる。ところが、あらかじめモールに忍び込んでいたバンティーが、洗濯機の中にモール中の高価な商品を詰め込んでいた。バンティーとバブリーは別の町へ行って、それらの商品を格安で売り払って大儲けする。

 一方、バンティーとバブリーは、ダシュラト・スィン警視副総監に追われることになる。ダシュラト・スィンは、バンティーとバブリーの行動パターンを研究する内に、彼らが楽しんで犯罪をしていることに気付き、自分も彼らと同じ思考をするように務める。すると、次第にダシュラト・スィンの予想が的中するようになる。だが、最後にはバンティーとバブリーの方が一枚上手で、逃げられてしまうのだった。まるで「ルパン3世」の銭型刑事のようだった。映画のラストで彼はバンティーとバブリーを捕まえるのだが、二人に同情して逃がしてしまう。

 これで映画が終われば最高だったのだが、ラストのラストで蛇足なシーンがある。3年後、フルサトガンジで幸せに過ごすラーケーシュとヴィンミーのもとをダシュラト・スィンが訪れる。そして二人と、彼らのかつての仲間を特別捜査官みたいな役職に就けるのだ。訳が分からなかった。

 バンティーとバブリーが改心するきっかけとなったのは、二人に子供が生まれたことだが、これもありきたりであったように思う。しかし、「インド映画の良心」という観点では、これは避けて通れないプロットであっただろう。みんなと同じ普通の人生を送るのが嫌で田舎の町を飛び出してきた二人は、自分の子供に、みんなと同じ普通の人生を送らせたいと考えるのであった。一見矛盾しているが、この矛盾こそが人間の成長の証であろう。

 アビシェーク・バッチャンがデビューしたときは、演技も踊りもできない、どうしようもない男優だったが、マニ・ラトナム監督の「Yuva」(2004年)で開花してからは、本当にいい男優になった。この映画ではコミカルな演技に挑戦し、表情豊かに演じきっていた。しかも、ミュージカル「Nach Baliye」では、かなり激しいダンスをいい感じで踊っていた。しかも今回は実の父親、アミターブ・バッチャンとの初共演である。映画中、こんなセリフがあった。ヴィンミーが、酒を飲んで意気投合したラーケーシュとダシュラト・スィンを見て、「あんたたち本当にそっくりね。親戚か何かなんじゃない?」

 「Black」(2005年)で重厚な演技を見せたラーニー・ムカルジーは、この映画でポップな役を全身で演じ、演技の幅の広さを見せつけた。特に今回は目と口の使い方が非常にうまかった。ミュージカル「Nach Baliye」では、ラーニー・ムカルジーにしては思い切った服装で踊りを踊っていた。だが、最近のヒンディー語映画界ではモデル体型の女優が増えてきて、比較的小柄でぽっちゃりしているラーニーの身体は見劣りがしてしまう。しかし、楽しそうに踊っていたのでよしとしよう。今年2月に発表されたフィルム・フェア賞で主演女優賞と助演女優賞をWゲットしたラーニー・ムカルジーは、シャールク・カーンと共演の「Paheli」の公開も6月に控えている。2003年はプリーティ・ズィンターの大ブレイク年となったが、2005年はラーニー・ムカルジーのためにあるようなものだ。現在、ヒンディー語映画界のメインストリーム女優界は、アイシュワリヤー・ラーイを頂点とし、その下にラーニー・ムカルジーとプリーティ・ズィンターの2人が控えるという、ヒエラルキーが完成していると思う。さらに下には、アミーシャー・パテール、カリーナー・カプール、ビパーシャー・バス、プリヤンカー・チョープラーあたりの比較的若手の女優がひしめいている。

 それにしても突然アイシュワリヤー・ラーイが登場したときには驚いた。彼女が踊るのは、「Kajra Re」という曲のダンスシーン。ラーケーシュとダシュラト・スィン、つまりアビシェーク・バッチャンとアミターブ・バッチャンの親子がレストランで酒を飲んで踊るときに、アイシュワリヤーも登場して踊り出す。化粧が悪かったせいか、ちょっと老けた印象があったが、8分間に及ぶ映画中最長のこのダンスシーンは、インド人が大好きなタイプのダンス(結婚式ダンス、とでも表現しようか)なので盛り上がっていた。音楽監督のシャンカル・エヘサーン・ローイの音楽はどれも素晴らしく、特に冒頭の「Dhadak Dhadak」や、テーマソングの「Bunty Aur Babli」などが耳に残る。

 ウッタル・プラデーシュ州政府や、インド考古調査局などの全面的協力を得たようで、この映画にはインド各地の街や遺跡が随所に出てくる。まずは街の名前から挙げていくと、アーグラー、ヴァーラーナスィー、ラクナウー、カーンプル、ムンバイー、マスーリー、リシケーシュ、ハリドワール、デリーなどが出てきた。遺跡や観光地で出てきたものを全て特定するのは、インドをけっこう隈なく旅行している僕でも難しかったが、アーグラーのタージマハル、ヴァーラーナスィーのガート、ラクナウーのルーミー門、ムンバイーのチャトラパティ・シヴァージー駅、ラダックのラマユル・ゴンパ(?)、リシケーシュのシヴァーナンド・ジューラー(?)などが出てきたように記憶している。

 ムンバイーのシーンでは、ラーケーシュとヴィンミーの後ろを国際クリシュナ意識協会(ISKCON:俗に言うハレー・クリシュナ教団)に入信した白人たちが通るのが面白かった。

 「Bunty Aur Babli」は典型的な娯楽インド映画だ。若い年代を中心にヒットをすると思われる。大人数で見に行ったり、盛り上がりのいい映画館で見たりするといいだろう。