Naina

3.5
Naina
「Naina」

 今日はPVRアヌパム4で、2005年5月20日公開の新作ヒンディー語映画「Naina」を観た。デリーの映画館で連続爆破テロが発生したことで、いつもより警備は厳重だったが、それを見越して軽装で行ったために特に問題はなかった。監督はシュリーパール・モーラーキヤー(新人)。キャストは、ウルミラー・マートーンドカル、シュエーター・コンヌル、カーミニー・カンナー、アヌージ・ソウニーなど。

 ロンドン在住のインド人、ナイナー(ウルミラー・マートーンドカル)は、幼少の頃の交通事故により全盲になってしまった。その事故で両親も失ったナイナーは、祖母(カーミニー・カンナー)に育てられた。20年後、ナイナーは眼球の移植手術を受け、光を取り戻す。

 ところが、ナイナーは視力回復後、普通の人には見えないものが見えるようになった。これから死ぬ予定の人と、既に死んだ人を見ることができるのだ。また、鏡には自分以外の別の女性が映っていることも分かった。ナイナーは、精神科医のサミール(アヌージ・ソウニー)に相談するが、彼は彼女の話を信じようとせず、視力回復後によくある幻覚症状だと診断した。ところが、ナイナーは、行方不明になっていた少女が、マンションの屋上の貯水タンクで死んだことを予言し、その通り少女の遺体が見つかる。それを機に、サミールもナイナーの不思議な力を信じるようになる。

 サミールはナイナーの眼球の提供者を調べる。提供者は、インドのグジャラート州のカッチ地方、ブジのとある病院で死亡が確認された女性、ケミー(シュエーター・コンヌル)のものであった。鏡に映る女性は、ケミーであった。サミールとナイナーは謎を解明しにインドへ向かう。ナイナーはケミーの魂に導かれるように、スムラーサルという小さな村へ向かう。そこには確かにケミーという女性が住んでいたが、死を予言することができる魔女として村八分に遭い、母親にすら疎まれ、最後には入水自殺をしていたことが分かる。ケミーの母親、ソーマーバーイーは娘の死をきっかけに植物人間同様になっていた。ナイナーはケミーの衣服を身に付け、ソーマーバーイーを外に連れ出して、ケミーの死を再現しようとする。ソーマーバーイーは、湖に身を沈めていくナイナーを見てケミーだと錯覚し、急に動き出して彼女を助ける。母親の娘に対する愛を確認するこの行為により、ケミーは成仏し、ナイナーは二度とケミーの姿を鏡に見ることはなくなった。

 ロンドンへ帰って来たナイナーは、地下鉄で大量に人が死ぬ予感を感じる。ナイナーは必死になって人々に呼びかけるが、誰にも取り合ってもらえなかった。結局、地下鉄構内でガソリン漏れによる大爆発が起き、多くの人々が死んでしまう。それと同時に、ナイナーは再び視力を失う。しかし彼女は幸せだった。人の死を予言できる力は、1人の普通の女性には重過ぎる責任であった。そして今や彼女は1人ではなかった。彼女はサミールの愛を得ていたのだった。

 4月には「Kaal」(2005年)というよく出来たホラー映画が公開されたが、それに引き続くようにして、5月にも「Naina」という優良なホラー映画が公開されることになった。ミュージカルシーンは一切なく、時間も2時間というイレギュラーなインド映画だが、インド・ホラーのひとつの完成形と言える作品であった。

 主人公は、幼少の頃に盲目になってしまった若い女性。「Black」(2005年)も盲目の女性が主人公であった。眼球移植手術をきっかけに主人公のナイナーは、これから死ぬ人と、既に死んだ人を見ることができるようになる。最初はただただ恐怖に怯えるナイナーであったが、やがて自分の使命を自覚し、眼球提供者の住んでいたインドへ行って、ケミーを成仏させる。だが、結局ナイナーもケミーと同様に、自分の持つ超自然的力の責任に耐え切れなかった。ナイナーは地下鉄爆発事故で再び視力を失う。ところが、彼女は幸せだった。映画はナイナーの独白で終わる。「私は再び盲目になったが、私の人生は視力があるとき以上に光に満ち溢れている。」そしてサミールと寄り添って歩き出すのだった。ホラー映画なのに、映画を見終わった後には爽やかなアーナンド(芸術的エクスタシー)を得ることができる、稀な映画であった。「Rakht」(2004年)も、同じくホラー映画なのに後味のよい映画だったことを思い出した。インドのホラー映画が目指すべきひとつの目標は、通常の娯楽映画が持つ「映画館を出るときの爽快感」を、ホラー映画でも観客に与えることだ。そういう意味で、「Naina」は優れたインド製ホラー映画であった。

 物語の大半はロンドンを舞台にしているが、出てくる登場人物の多くは不自然なまでにインド人ばかりである。また、急遽ロンドンからグジャラート州のカッチに場面が飛ぶのも、予定調和的ではあった。しかし、カッチの田舎のシーンは、CG依存症に陥っているハリウッド映画にはない「本物」の迫力があり、映画のユニークな見所になっていた。一応、冒頭のシーンで、カッチでケミーが生まれるシーンが伏線として描写されており、カッチに舞台が移ることへの違和感を軽減する努力が払われていた。ところで、僕もカッチを訪れたことがあるし、インドの中でも好きな場所のひとつだから、カッチのシーンが出てきたときは嬉しかった。この映画では、カッチは何やら不気味な場所に描かれていたが、実際のカッチは非常に平和な場所だ。映画中に出てきたスムラーサルという村はどうやら実在するようだ。

 主演のウルミラー・マートーンドカルは、「Bhoot」(2003年)以来、ホラー映画に活路を見出したようだ。彼女の昆虫のような目は、恐怖に怯えるシーンで一際輝く。この映画で、ウルミラーはさらに評価を上げたことだろう。だが、この映画の中でウルミラー以外で印象的だったのは、祖母を演じたカーミニー・カンナーぐらいしかおらず、ウルミラーの独断場と言える映画だった。

 ホラーシーンの怖さはなかなかのものであった。特に一番最初にナイナーが死者を見るシーンは、観客にもそれが何が何だか分からず、異様な怖さがあった。その他にも多くの怖いシーンがあった。また、スムラーサル村で発生した爆発事故では、死亡した人々のグロテスクな焼死体が映し出されるので、そういうのが嫌いな人は要注意である。ロンドンの地下鉄の大爆発のシーンは、多少技量不足ではあったが、インド映画にしては頑張った方ではなかろうか。

 インドの酷暑期は4月後半から6月前半であり、この時期が最もホラー映画に適した時期となっている。「Naina」は怖いだけでなく、後味のよい映画なので、ホラー映画は絶対に駄目、という人以外にはオススメできる映画だ。