Hari Om

4.0

 今日はスィーリー・フォート・オーディトリアムでヒングリッシュ映画「Hari Om(邦題:ハリ・オム」の上映会があった。一応インド映画評論家として僕も出席を頼まれていたため、テスト期間の最中だったにも関わらず見に行った。この「Hari Om」は2004年9月15日に東京国際映画祭で上映された印仏合作の映画で、日本語字幕が付いたフィルムが出来上がっていたため、これをインドセンターという団体がうまく利用して、デリーに住む日本人とフランス人を対象に「インド・日本・フランスの3カ国友好のため」と多少無理のある理由付けをして公開したといういきさつがある。本当は「ハリ・オーム」と表記してもらいたかったが、例の教団の事件が後を引いており、「ハリ・オム」となったとか。「ハリ・オーム」とは「ヴィシュヌ神のご加護を」みたいな意味の挨拶言葉で、マディヤ・プラデーシュ州オームカレーシュワルでよく使われていたのを覚えている。この映画の中では主人公の名前になっている。

 「Hari Om」の監督はバーラトバーラー(別名ガナパティ・バーラト)。彼はARレヘマーンとコラボレーションをして「Vande Mataram」のプロモーションビデオを撮影した監督だ。この映像はマニ・ラトナム監督「Bombay」(1995年)のDVD(日本版)に収録されており、昔はその映像の美しさに何度も見返していた覚えがある。「Hari Om」は、バーラトバーラー監督の本格的な映画監督デビュー作となる。キャストは、インド人俳優がヴィジャイ・ラーズ、AKハンガル、アヌパム・シャームなど。ヴィジャイ・ラーズは「Monsoon Wedding」(2001年)などに出演の細身の才能ある男優。後者2人は「Lagaan」(2001年)に出演していた。一方、フランス人俳優は、カミーユ・ナッタ(今年公開の「クリムゾン・リバー2」に出演)とジャン・マリー・ラムール(2003年の「スイミング・プール」に出演)。ラージャスターン州の風景、雰囲気、文化などが非常によく映像に捉えられており良作だったため、日本で一般公開される可能性も高い。日本語字幕のある映画に最初から最後まであらすじを書く必要もないので、導入部分だけを掲載しておく。

 ラージャスターン州ジャイプルでオートリクシャーの運転手を営むハリオーム(ヴィジャイ・ラーズ)は、ラージャスターン中のオート運転手を統括するマフィアのドン、ラールチャンド直属の部下バグワーン・ダーダー(アヌマプ・シャーム)との賭けに負け、2万5千ルピーの借りを作ってしまった。明日の夕方までに金を払わなかったら、ハリオームの愛機「マードゥリー」はマフィアに取られてしまうことになってしまった。何の方法も浮かばずただ無為に時間は流れた。そのときハリオームはジャイプル宮殿の前でフランス人女性の旅行者、イザ(カミーユ・ナッタ)を拾い、彼女にジャイプルを案内する。イザは恋人のブノア(ジョン・マリー・ラムール)と共に宮殿列車に乗ってインドを観光していたが、このときブノアはマハーラージャーとの商談に忙しく、彼女をかまってやれなかった。そこでイザは1人でジャイプル観光に乗り出したのだった。ところが、時間の過ぎるのを忘れて観光を楽しんでいたイザは、列車に乗り遅れてしまう。イザは、自分を置いて1人だけ列車に乗ってしまったブノアに失望しながらも、バスでビーカーネールに向かおうとするが、そのバスもパンクしてしまい立ち往生してしまう。

  そのとき、ハリオームはマフィアから逃げるためジャイプル郊外の道を走っていた。そこで偶然イザを見かけ、彼女をビーカーネールまで連れて行くことにする。果たして2人の運命やいかに・・・。

 少しストーリー展開に謎な部分があったものの、フランス人女優のインドを楽しむ姿と、オートワーラーの素朴なセリフ、そしてラージャスターン州の美しい景色と独特の文化のおかげで、インドの魅力を存分に満載した傑作ロードムービーになっていた。インドを旅行した人には、特にジャイプルやジャイサルメールなどを旅行したことがある人には強力オススメ作。インドに来たことがない人が見たらどういう反応をするかは多少自信がない。インドのいい面もよく描かれていたが、悪い面もけっこうあからさまに映像になっていたので、それが印象に残ってしまうと「インドはやっぱり駄目・・・」となってしまうかもしれない。

 ヴィジャイ・ラーズは以前から注目していた男優である。「Run」(2004年)のコメディー役が一番印象に残っているが、一般には「Monsoon Wedding」のウェディングプランナー役が出世作として知られている。そこら辺にいるインド人とあまり変わらない貧相な顔をしており、病的に痩せているが、なぜか愛嬌のある男優である。「Hari Om」でもオートの運転手がものすごく似合っていた。こういう庶民役を演じさせたらヴィジャイ・ラーズの右に出る者はいないだろう。ヒロインのフランス人女優カミーユ・ナッタは2002年にデビューしたばかり。インドを心底楽しんでいる表情が非常によかった。ブノアを演じたジャン・マリー・ラムールもまだキャリアの浅い男優であるが、神経質で自分勝手そうな顔が役にピッタリだった。

 ロケ地になったのは主にジャイプル、ナワルガル、ビーカーネール、ジャイサルメールの4ヶ所だと思われる。ジャイプルのシティーパレス、ジャンタル・マンタル、風の宮殿、ナハールガル、ジャイサルメールの城塞、ナワルガルのハヴェーリー(邸宅)などが映っており、これらの都市を旅行した人は必ず「おぉ!」と思うだろう。特にジャイプルのシティーパレスにいる小人が出演していたのには驚いた。あの小人はいつもシティパレスにいて、写真を撮ると必ず金を要求してくることで旅行者に有名である。ジャイプルのマハーラージャー、サワーイー・マドー・スィン一世が英国を旅行したときにガンジス河の水を入れて持って行ったという巨大な銀の壺(世界最大の銀製品らしい)も映っていた。これらはジャイプルを観光したことがある人なら誰でも見たことがあるだろう。ナハールガルはジャイプルの北にある城砦跡で、レストランにもなっている。2001年に行ったことがある。ナワルガルには行ったことがないが、緻密な彫刻と壁画の残るシェーカーワーティー地方の一都市で、やはりハヴェーリーで有名である。デリーからもそれほど遠くないので、いつか暇ができたらシェーカーワーティー地方の都市をバイクで巡ってみたいと密かな野望を持っている。ビーカーネールには行ったことがある。高級ホテルが映っていたが、僕は見たことがない。ビーカーネールの有名なハヴェーリーのいくつかが映っているのは分かった。中世の街並みがそのまま残る砂漠の都市ジャイサルメールは何度見てもやはり素晴らしい。最近の映画では「Meenaxi : A Tale of 3 Cities」(2004年)でロケ地となっていた。ジャイサルメールの砦内の狭い路地をオートリクシャーでカーチェイスするので迫力がある。

 これらの都市の風景の他、道を歩く象の間をオートリクシャーで通り抜けたり、砂漠をラクダで渡ったり、バスの屋根の上に乗って移動したりと、インドの旅の醍醐味が存分に再現されていた。特に、ハリオームとイザがオートリクシャーでビーカーネールに向かっているときに途中で新郎新婦をピックアップするシーンはよかった。インドでは花嫁はベールで顔を隠しており、その顔を見たい人は花嫁に何かプレゼントしなければならないらしい。イザが花嫁に口紅(?)をあげると、花嫁はベールを外して顔を見せてくれる。「まあ、きれい!」それを聞いてハリオームはつぶやく。「マダム、結婚式の日の花嫁はみんなきれいなんすよ。」新郎新婦と一緒に乗ってきたハルモニウム奏者は、イザの名前と出身国を聞く。イザが答えると、ハルモニウム奏者は即興でイザの歌を歌いだす。「フランスからやって来たイザ~!」またある日、ハリオームはイザに宗教を聞く。イザは「私はカトリックよ」と答える。するとハリオームはしばらく考え込んだ後、イザに言う。「マダムの神様は一人だけなんすよね。一人で忙しくないですかね。私たちの神様は5万といるから、みんなで仕事を分担してるんすよ。」またまたあるとき、イザはハリオームに聞く。「ここはどこ?」ハリオームは答える。「ビーカーネールに続く高速道路ですよ」イザは驚いて笑う。「これが高速道路?」その横をラクダが通り過ぎる。「ラクダも歩く高速道路なのね。」ハリオームは答える。「ラクダはラージャスターンじゃあ2番目にいい乗り物でっせ!」イザは聞く。「じゃあ一番は何?」ハリオームは得意げにリクシャーのクラクションをパフパフ鳴らす。・・・ひとつひとつがインドによくある風景で、よくある出来事で、インドを旅行し、インドに住む僕の心の琴線に触れた。なんとインドはラサ(情感)に溢れた国なのか!と、インドに住む僕自身がインドの良さを再発見した映画だった。ナワルガルのハヴェーリーにいた老人の話もよかった。

 プロットには多少不満が残った。ハリオーム、イザ、ブノアの三角関係が中途半端な描写しかされておらず、最後でもそれが解決されたとは言えなかった。ハリオームとイザの恋愛は、さらにもっと淡白に、それでいて無言の中で語り合うように描いた方がさらに深みのある映画となっただろう(例えば2002年のヒングリッシュ映画の傑作「Mr. and Mrs. Iyer」のように)。

 フランスと共同制作だけあって、ちょっとしたお色気シーンも用意されているのが何とも憎かった。カミーユ・ナッタは事あるごとに無意味に裸になったり色っぽい格好になっており、道中で偶然見つけたバーウリー(階段井戸)では、いきなり裸になって水浴びを始める(胸などは見えていないが・・・)。インド映画にも最近際どいシーンが多くなって来ているが、大体どれもねっとりとしており、また絶対に局部は映されないという変な安心感がある。しかしこの映画のはやたら爽やかなヌードで、しかももしかしたらフランス人の趣向が出て乳首くらいは見えてしまうかもしれない・・・とやたらとドキドキしていたのだが、そういうことはやっぱりなかった。もしかしたらインド公開版は文化的背景を配慮して際どいシーンがカットされているかもしれない。

 言語は英語、フランス語、ヒンディー語の3言語混合。日本語字幕は右端に、フランス語とヒンディー語が話されるときは下端に英語字幕が出ていた。インド人が英語を話すときにも英語字幕が出ていたのは、インド英語は英語と認められていないということだろうか・・・。途中、ヒンディー語の四文字言葉にあたる「ベヘンチョー!」という言葉がそのまま出てきたのには驚いた(日本語字幕では変な表記になっていたが・・・)。

 会場にはバーラト・バーラー監督とヴィジャイ・ラーズが来ていて、上映後、簡単なスピーチをしてくれた。在印日本大使夫妻と在印フランス大使夫妻も出席しており、両大使も映画前にスピーチをした。フランス大使はやたらとキザな格好をしており、「フランス大使なのに英語で話すのは変な話ですが・・・」みたいな前置きをして英語でスピーチを始めていた。やはりフランス人は英語に対して対抗意識を持っているのだろうか?バーラト・バーラー監督やヴィジャイ・ラーズと是非話をしてみたかったのだが、この映画鑑賞のせいでテストの準備がかなり危機的な状況に陥っており、徹夜は必至の状態だったため、映画終了後はすぐに帰ってしまった。

 「Hari Om」はインドの魅力、敢えて言うならラージャスターン州の魅力が存分に詰め込まれた傑作。日本で公開されたら是非観ていただきたい。