Flavors

3.5

 今日は朝からPVRアヌパム4で、2004年10月22日から公開のヒングリッシュ映画「Flavors」を観た。「Flaovrs」は米国在住のインド人若者たちの恋愛、就職難、国際結婚などをライトタッチで描いた作品である。監督はラージ・ニディモールーとクリシュナDK。キャストは、リーフ、プージャー、アヌパム・ミッタル(プロデューサーも兼任)、ジッキー・シュニー、アンジャン・シュリーヴァースタヴ、バーラティー・アーチュレーカル、プニート・ジュスジャー、ガウラヴ・ラーワル、モーヒト・シャー、スィリーシャー・カトラーガッダー、リーシュマー、ガウラグ・ヴヤースなど。素人の俳優が数人出演している。

 米国の東岸に住むカールティク(リーフ)と西岸に住むラチュナー(プージャー)は、毎日電話でいろいろなことを話し合う仲だった。ある日ラチュナーは無理矢理お見合いをさせられ、それが2人の仲を急に揺さぶっていた。

 ラド(アヌパム・ミッタル)は米国人のジェニー(ジッキー・シュニー)と結婚することになった。ラドの両親(アンジャン・シュリーワースタヴとバーラティー・アーチュレーカル)は結婚式に出席するためにインドから米国にやって来た。両親はジェニーの両親が既に離婚していることに驚くが、ジェニーをとても気に入る。

 アショーク(プニート・ジュスジャー)とジャス(ガウラヴ・ラーワル)は米国に来たものの職もなくブラブラしている若者だった。ルームメイトのヴィヴェーク(モーヒト・シャー)も最近解雇され無職者になってしまった。しかもヴィヴェークは、学生時代のクラスメイト、ギーターのことが忘れられなかった。同じく同居人で美容師のキャンディー(リーシュマー)は、無職者3人組の生活を管理しながら彼らを励ます。

 サンギーター(スィリーシャー・カトラーガッダー)はニキル(ガウラグ・ヴィヤース)と結婚して米国に移住したが、毎日退屈な生活を送っていた。一方、ニキルは解雇されてしまい、妻には内緒で毎日職探しをしていた。

 ラドとジェニーの結婚式が近付いていた。ラチュナーは出張で東岸に来てカールティクと会うが、2人の仲は次第にこじれてきた。カールティクは本当はラチュナーと結婚したいと思っていたが、友人として過ごした時間が長かったため、なかなか本心を打ち明けられなかった。

 ヴィヴェークはギーターが既に結婚していたことを知り極度に落ち込む。仲間たちは彼を飲みに連れ出すが彼の心はなかなか晴れない。キャンディーはそんな彼を気遣って一晩いっしょにいてあげるが、それをきっかけにヴィヴェークはキャンディーのことが好きになってしまう。

 ラドとジェニーの結婚式の日、両親の他、カールティク、アショーク、ジャス、ヴィヴェーク、サンギーター、キャンディー、ニキルらが出席する。ヴィヴェークが恋焦がれていたギーターは、実はニキルの妻のサンギーターだった。ラチュナーは結婚式の前に去って行ってしまうが、カールティクは電話でラチュナーにプロポーズをする。

 ヒングリッシュ映画の模範作と言っていい作品だった。米国に住むNRI(在外インド人)一世、NRI二世、出稼ぎインド人、そして旅行で来たインド人、それぞれの人物描写、心情描写が巧みで、テンポもさくさくスピーディーに進んで心地よい。それだけに、ラストがあっけなかったのが残念だった。

 これと言って主人公と呼べるキャラクターはおらず、登場人物はほぼ等しく出番があった。ストーリーの軸となるのはラドとジェニーの結婚式であり、ラドの両親のトンチンカンな行動がもっとも爆笑を誘うが、他のキャラクターもそれぞれに存在感があって面白かった。

 例えば、ヴィヴェークが会社から解雇されるシーン。上司の白人は首を横に振るヴィヴェークを見て言う。「それはイエスか、ノーか?」それでもヴィヴェークは首を横に振る。言うまでもなく、この仕草はインド人の「イエス」だが、外国人にはなかなか理解されない。結局ヴィヴェークは解雇されてしまう。

 ホロリとさせてくれるのはサンギーターとニキルだ。ニキルも会社をクビにされてしまうのだが、それを妻のサンギーターには言わずに毎日ネットカフェで就職活動をしていた。一方、サンギーターは退屈な主婦生活を送っており、毎日午後4時からのTVドラマだけが1日の楽しみだった。ある日友人からニキルが解雇されたことを知ってしまうが、それでも彼女は夫の前で何も言わなかった。その日、ニキルは自分から解雇されたことを打ち明ける。サンギーターは彼に対して「たかが仕事じゃない。あなたは働きすぎだったわ。少しくらい休憩してもいいでしょ。一緒に過ごせる時間ができるし」と温かく慰める。

 しかし、一番面白いのは何と言ってもラドの母親とジェニーのやりとりだ。母親はジェニーに「前にボーイフレンドはいたの?」、「それは友達?それともそれ以上?」、「あなたと近しい関係だったの?」と根掘り葉掘り聞いた後、「過去は過去、気にする必要はないわ」と言って、「あなたはアメリカ人だけど、とってもいい娘ね」と笑う。ジェニーの方も、離婚した両親を持っているだけに、インド的家族の温かさを実感する。母親がジェニーに人生の訓戒として与えた言葉はよかった。「人生はトラブルだらけだわ。ラドと結婚した後も多くのトラブルが起こるでしょう。でも、離婚して別の人と再婚すればそれが解決するとは思わないで。結局同じようにトラブルが起こるだけよ。結婚は人生で一度だけと考えて、その中で問題を解決していくように努めてね。そうすれば、私たち夫婦みたいに末永く続くわ。」その言葉を聞いてジェニーは「私は決してラドから去ったりしないから安心して」と約束する。

 このように多くの登場人物を絡み合わせたストーリーは、ラストの収束のさせ方が一番重要だが、この映画では結局それがうまくいっていなかった。ラドとジェニーの結婚式にラチュナー以外は出席するのだが、それによって何も連鎖反応が起こらなくてがっかりした。唯一、ヴィヴェークが好きだったギーターがサンギーターだったことがサプライズだった。だが、全体的によくできた映画だったので、ラストで台無しということはなかった。

 ヒングリッシュ映画ということで登場人物は英語をしゃべるのだが、典型的なインド訛りから、NRI2世のきれいなアメリカ英語まで、様々な英語が混じっていた。ヒンディー語とタミル語(多分)が少しだけ出てくるが、英語字幕が付いている。

 そういえばジェニーがセリフの中で「Hindi Temple」と言っているのを聞いた。日本人はよくヒンディー語のことを「ヒンドゥー語」と呼んでいるが、アメリカ人にもあまり「ヒンディー」と「ヒンドゥー」の区別がついていないのかもしれない。ヒンディーは言語名、ヒンドゥーは宗教名であり、それらの混同はコミュナルな問題にもつながってしまうのであまり好ましくない。

 都市部のシネコンを中心にロングランしそうな良作ヒングリッシュ映画だ。同時期に公開されているグリンダル・チャッダー監督の「Bride & Prejudice」(2004年)よりも優れたクロスオーバー映画であることは間違いない。