Yuva

4.0

 2004年5月21日公開のヒンディー語映画「Yuva」を、プネーの高級シネマコンプレックス、Inoxで観た。監督は「Bombay」(1995年)や「Dil Se」(1998年)などのマニ・ラトナム、音楽はARレヘマーンの黄金コンビ。キャストはアジャイ・デーヴガン、アビシェーク・バッチャン、ヴィヴェーク・オーベローイ、ラーニー・ムカルジー、カリーナー・カプール、イーシャー・デーオール、オーム・プリー、アナント・ナーグ、ヴィジャイ・ラーズなど。「Yuva」とは「青春」という意味である。舞台はコルカタ(カルカッタ)。題名の通り、ハーウラー橋上で出会った、青春を燃やす三人の若者の物語である。

 ラッラン(アビシェーク・バッチャン)は街のゴロツキで、刑務所から出てきたばかりだった。ラッランは駆け落ち同然に結婚したシャシ(ラーニー・ムカルジー)と共に住み始めるが、シャシが止めるのも聞かずに再び暴力の道を歩み始める。ラッランは表向きはガスの販売員をしていたが、裏ではシャシに黙って、親友のゴーパールと共に悪徳政治家(オーム・プリー)を陰で支える用心棒となり、彼に敵対する学生運動を暴力と脅迫で潰しにかかる仕事を請け負っていた。やがてシャシは妊娠するが、ラッランは学生運動の指導者であるマイケル(アジャイ・デーヴガン)にハーウラー橋上で3発の弾丸を撃ち込む。

 マイケルは大学の学生運動の指導者だった。腐敗しきった政治を、学生の力で変えることに青春を燃やしていた。しかし悪徳政治家に目を付けられ、数々の嫌がらせを受ける。しかし彼はじっと耐え忍んでいた。マイケルにはラーディカー(イーシャー・デーオール)という恋人がいた。マイケルはラーディカーをバイクで大学まで送り、その後、途中で偶然であったアルジュン(ヴィヴェーク・オーベローイ)を裏に乗せて走っていた。アルジュンをハーウラー橋の上で下ろしたマイケルはUターンするが、そこで彼はラッランに銃撃されてハーウラー河に落下してしまう。

 アルジュンは人生ただ楽しければいいという性格で、父親には公務員試験を受験すると言いながら、実際はアメリカへ高飛びして一獲千金しようと計画していた。アルジュンは、ディスコで偶然ミーラー(カリーナー・カプール)という女の子と出会い、その後デートを重ねるようになる。ミーラーは既に婚約者がおり、カーンプルへ嫁いでいく直前だった。アルジュンもアメリカのヴィザが下り、アメリカ行きの前に束の間の火遊びのつもりだったが、だんだんミーラーにのめり込んで来る。最後のデートの日、ミーラーはタクシーの乗って逃げるように去って行ってしまうが、それを追いかけるためにアルジュンは偶然通りかかったマイケルのバイクをヒッチハイクし、ミーラーの乗ったタクシーを追いかけてもらう。アルジュンはハーウラー橋の上でミーラーを捕まえ、プロポーズするが、その瞬間目の前でマイケルがラッランに撃たれ、ハーウラー河に落下してしまう。

 アルジュンは河に飛び込んでマイケルを助け、マイケルは一命を取り留める。マイケルのカリスマ性に惹かれたアルジュンも学生運動に関わるようになり、アメリカ行きを取りやめる。やがてマイケルとアルジュンは州議会選挙に立候補する。アルジュンが立候補したニュースをTVで見たミーラーは、彼がアメリカへ行っていないことを知って彼を訪ねてくる。実はミーラーもアルジュンのことを愛しており、婚約者との結婚は取りやめてコールカーターにいたのだった。一方、ラッランが暴力の道から足を洗っていないことを知ったシャシは、お腹の子供を堕胎してしまう。それを知ったラッランは絶望し、シャシを村に帰して、ますます暴力の道にのめり込むことになる。悪徳政治家は、ラッランが逮捕されることによって自分の名前が出ることを恐れ、ゴーパールにラッラン抹殺を指示する。しかしゴーパールは逆にラッランに殺されてしまう。ラッランは学生運動を分解させる最後の手段として、アルジュンを含む4人の学生を誘拐し、マイケルを脅迫する。しかしアルジュンらは監禁場所から脱走し、必死に逃走する。ラッランはアルジュンを追いかけ、ハーウラー橋の上で追い詰めるが、そこにはマイケルが駆けつけていた。マイケルとアルジュンはラッランを殴り倒す。やがて選挙は行われ、マイケル、アルジュンら4人の若者は見事当選を果たす。一方、ラッランは刑務所に逆戻りし、公判が行われようとしていた。

 昔、「Howrah Bridge」(1958年)というヒンディー語映画があったが、この映画の題名もそれにしていいぐらい、ハーウラー橋が重要な舞台となっていた。ハーウラー橋上で3人の若者の運命が交差するシーンがまず冒頭で描かれ、その後それぞれのストーリーが時間を遡って語られ、それからハーウラー橋上での出会いから起こる3人の若者を巻き込んだ1本のストーリーとなり、最後に再びハーウラー橋上でクライマックスを迎える。まず時間軸の中間部が描かれ、過去に話が遡り、そして中間部以降の話が語られるという手法は、マニ・ラトナム監督自身のタミル語映画「Kannathil Muthamittal」(2002年)、またはそれのヒンディー語映画リメイクである「Saathiya」(2002年)でも取られていたが、今回はそれをさらに発展させたオムニバス風の手法であった。

 「青春」という題名通り、主人公の3人の若者はそれぞれの道で青春の熱い魂を燃やしていた。ラッランは暴力に、マイケルは政治活動に、アルジュンは道楽に、である。それぞれには恋人や妻がいたが、ラッランとシャシの狂おしい愛、アルジュンとミーラーの束の間のつもりの恋愛はよく描写されていたものの、マイケルとラーディカーの恋愛は多少希薄だったように思われる。

 ラッラン、マイケル、アルジュンの3人がハーウラー橋上で取っ組み合うシーンは、おそらくこの映画の一番の見所だろう。車が行き交う中での3人の戦いはいいアイデアだったが、合成映像であることは明らかであり、迫力に欠けた。聞くところによると、このシーンの撮影中にヴィヴェーク・オーベローイが足を怪我してしまったそうだ。

 アジャイ・デーヴガンは既に演技派男優と呼んでも差し支えないほど、落ち着いた演技のできるいい男優になった。学生役を演じるには少し年を取りすぎているようにも思えたが、いい演技をしていた。しかしこの映画の中で一番頑張っていたのはアビシェーク・バッチャンだろう。デビュー当初は演技力ゼロ、ダンス力ゼロと酷評されていたものの、彼も次第に落ち着いた演技の出来る男優になって来たと思う。アジャイ・デーヴガンに何かを学んだのかもしれない。アビシェークは、インド映画界全体によって大事に育てられているように思える。ヴィヴェーク・オーベローイはこの映画も含めて最近、小心者のお調子者キャラクターを演じることが多くなってきているので、そろそろもう一段ステップアップしてもらいたい。女優陣を見てみると、ラーニー・ムカルジーは既に半分ベテラン女優なので文句の付けようはないとして、カリーナー・カプールの演技が光っていた。イーシャー・デーオールだけが全く駄目だった。いつになったら演技をし始めるのだろう?

 ARレヘマーンの音楽も、映画をさらに引き立たせていた。ただ、ミュージカルシーンは極力抑えられており、写実的な踊りが多かった。それぞれの主人公にテーマソングが用意されていた。

 「Yuva」は、マニ・ラトナム監督らしい、映画の味を知り尽くした映画であった。ただ、監督がこの映画でいったいどんなメッセージを伝えたいのかは、いまいちはっきり伝わって来なかったように思えた。純粋な政治批判でもあるまいし、青春賛歌でもないし、単純な娯楽映画でもないし、ましてや3人の若者の恋愛模様を描いたロマンス映画でもない。あえて言うならば、「映画」または「手法」を見せたかったのだと言えるのかもしれない。