Ek Aur Ek Gyarah

2.0

 今日は2003年3月28日公開の新作ヒンディー語映画「Ek Aur Ek Gyarah」を観にラージパトナガルの3C’sへ行った。「Ek Aur Ek Gyarah」とは「1+1=11」という意味だ。ヒンディー語には「2, 9, 11(ナォ、ドー、ギャーラー)」という慣用句がある。これは直訳すれば「2+9=11」という計算式だが、その真意は「逃走」だ。「11」という数字が2本の足に似ていることからそういう意味になった。よって、「1+1=11」には「2人で逃亡」のような意味が込められていると思われる。キャストはサンジャイ・ダット、ゴーヴィンダー、アムリター・アローラー、ナンディニー・スィン、ジャッキー・シュロフ、グルシャン・グローヴァーなど。監督はデーヴィッド・ダワン。

 ターラー(ゴーヴィンダー)とスィターラー(サンジャイ・ダット)はお互い孤児だったが、一緒に育てられた仲だった。二人の生業は泥棒で、金持ちの家に忍び込んでは高価な品から家具まで全部盗んでしまうということを繰り返していた。そんなある日、警察に捕まりそうになった二人は、通りがかりの人を人質にする。ところがそれは指名手配中テロリストのコブラ(アーシーシュ)だった。ターラーとスィターラーはコブラと共に捕まってしまう。しかし護送中にコブラの部下が救出に来て、二人はコブラと一緒に逃げ出す。コブラはターラーとスィターラーを殺そうとするが、二人は銃を奪ってコブラの足を撃ち、逃げ出す。コブラは警察に再び捕まってしまう。

 警察とテロリストに追われることになったターラーとスィターラーは、軍隊の将軍ラーム・スィン(ジャッキー・シュロフ)の家にうまく居候させてもらうことに成功する。そこでターラーはラーム・スィンの妹ピンキー(ナンディニー・スィン)と恋仲になり、スィターラーはピンキーの友達プリーティ(アムリター・アローラー)と恋仲になる。ラーム・スィンも4人の仲を認め、結婚の話を持ち出す。

 ところがコブラがまんまと脱走してしまう。コブラはターラー、スィターラーの育ての母親を人質にとり、刑務所に囚われている兄弟分のパンサー(グルシャン・グローヴァー)の救出をさせる。パンサーは逃げ出し、その責任を問われてラーム・スィンは停職処分になる。ラーム・スィンはターラー、スィターラーに怒りを爆発させるが、二人はラーム・スィンに「必ず自分たちでコブラとパンサーを捕まえる」と誓ってテロリストのアジトへ乗り込む。

 ターラーとスィターラーは一度はピンチに陥るが、テロリストの戦車を乗っ取って適当にいじっている内にテロリストを壊滅させ、コブラとパンサーも御用となる。こうしてターラーはピンキーと、スィターラーはプリーティと結ばれることになる。

 最近フロップを連発しているゴーヴィンダーだったが、久々にまあまあ面白そうな映画に出演したな、と思っていた。タイトルシーンではシャンカル・エヘサーン・ロイ作曲のノリノリな音楽に合わせてフラッシュ・アニメーションのようなアニメが流れてなかなかシャレた雰囲気。ゴーヴィンダーはパンジャービー訛りのヒンディー語を早口でしゃべったり、コメディアンとしての才能を遺憾なく発揮したり、得意のダンスを惜しげもなく披露したりしてけっこう活躍していた。

 ところが、ゴーヴィンダーの相方役サンジャイ・ダットはいったい何なのだ?あの悪役顔にこの映画のようなコメディーは全く似合わない。気持ち悪すぎる。しかもあの顔で若いヒロインと恋に陥るのには無理がありすぎる。もう彼にロマンチックな役はさせないでもらいたい。配役を考えたのは誰なんだ?ゴーヴィンダーとサンジャイ、どっちももういい年したおっさんだが、ゴーヴィンダーはまだコメディとダンスがいけてるから許せる。だがサンジャイ・ダットだけは許せない。

 ヒロインの二人はあまり知らない人だ。はっきり言って二人ともブレイクしなさそうな個性のない顔。添え役のようなヒロインだったので、特に書くことももない。

 というわけで、この映画の見所はもうゴーヴィンダーしか残されていない。彼のダンスはいつ見ても素晴らしい。リティク・ローシャンのようなダンスもいいが、インド人が本当に好きなのは、ゴーヴィンダー型のダンスだろう。ギャグも面白かった。駄作に近い映画ながら、けっこう気楽に笑うことのできるコメディー映画である。観客もよく大笑いしていた。だが、結局映画館で観る価値のある映画とは思えない。