The Guru (UK)

3.0

 2002年11月29日に突如として「The Guru」という映画がデリーで公開され始めた。英語版とヒンディー語版同時公開されており、「ハリー・ポッター」シリーズや「スパイダーマン」シリーズ並みに気合の入った上映体勢である。かつて一度予告編を見たことがあり、細かいことは忘れたが、何やらやたら楽しそうだ、という印象だけが残っていた。今日はリシケーシュで出会ったデリー大学の学生たちと遊んでいたので、みんなで映画を観に行くことにした。

 しかし映画館に着いてビックリ。インドの映画館には大体上映中の映画のド派手な看板が立っているのだが、「The Guru」を上映している映画館には、黒いレザーの服を着てムチを持って立ってる女の絵やら、男女が裸でベッドの上に座って本を読んでる絵やら、まるでピンク映画だった。映画の副題は「The Guru of Sex」・・・。警備員に「この映画はどんな映画?」と恐る恐る聞いてみたら、「セックスに関する映画だ」とそのものズバリ。僕が映画通を気取って「この映画面白そうだよ」と提案したので、非常に恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。しかし警備員が言うには「ブルーフィルムではなく、コメディー映画だ」ということなので、無理矢理見ることにした。

 監督はデイジー・メイヤーというハリウッドの人。「Dil Se」(1998年)のプロデューサー、シェーカル・カプールがエグゼクティブ・プロデューサーをしてはいるが、英国・米国・仏国合作の映画のようだ。個人的な判断では、これはヒングリッシュ映画のカテゴリーには入らない。キャストは、「オースティン・パワーズ:デラックス」(1999年)のヘザー・グラハム、マリサ・トメイ、ジミー・ミストリーなど。いくらブルーフィルムではないと言っても、ブルーフィルムっぽく見えるので、観客は男中心。観客のテンションは異常に高かった。ちなみに僕が見たのはヒンディー語版である。

 インドでダンスインストラクターをしていたラームー(ジミー・ミストリー)は、一攫千金を夢見てニューヨークへ渡ってきた。しかしそこでの生活はみじめで、レストランのウエイターを毎日する羽目になった。しかしラームーは諦めず、自分のダンスの才能を頼りにあるプロダクションに面接しに行く。彼のダンスは認められ、めでたく採用となったが、そのプロダクションはアダルトビデオ製作会社だった。恥ずかしがり屋のラームーは人前でそんなことすることができず、困惑する。

 そのアダルトビデオのお相手がシャローナ(ヘザー・グラハム)だった。シャローナには彼氏がいたが、彼には内緒で、結婚資金を貯めるためにアダルトビデオに出演していた。緊張するラームーを見てシャローナは優しく諭す。「人前で裸になることを恐れる必要はないわ。身体という服を着ていると思えばいいの。」

 一方、東洋かぶれの金持ちマダム、レクシー(マリサ・トメイ)は、ある日インドから聖者を招いて、その話を聞く会を催していた。ところが聖者が酒を飲んで倒れてしまったため、ひょんなことから通りすがりのラームーが聖者の代わりに講演をすることになった。ラームーはうろたえるが、さっきシャローナから聞いたセックスの極意を語り出し、出席者に感銘を与える。そしてみんなで踊り出し、ラームーは1日にしてセックスグルとしての地位を築き上げる。

 ラームーのもとには毎日毎日性の悩みを抱えた金持ちたちが訪れた。ラームーはシャローナとプライベートで会って愛の講義を受け、彼女の話をそのまま信者に語った。こうしてラームーは大金持ちとなった。しかしいつしかラームーはシャローナを恋するようになっていた。

 シャローナと彼氏の結婚式の日が近付いていた。ラームーの心は次第に焦り始める。彼らの結婚式の日、ラームーはちょうどテレビで生番組に出演中だったが、遂にその場で自分はグルではなく、ただのダンスインストラクターであることを告白し、シャローナの結婚式場へ駆けつける。

 結婚式場では衝撃の事実が発覚する。実はシャローナの彼氏もひとつ大きな悩みを抱えていた。彼はゲイだったのだ。彼はシャローナとの結婚を望んではいなかった。そしてゲイ友達もラームーと同時に結婚式場に駆けつけていた。こうしてラームーはシャローナと結ばれ、ゲイ同士も結ばれることになった。

 下ネタ連発の下品な映画だったが、思わず笑ってしまうシーンもたくさんあった。しかしさすがインド、ところどころきわどいシーンはカットされており、画像が飛ぶことがあった。最後のオチもよかったし、全体としてよくできた映画だとは思うのだが、依りによって女の子もいるグループの中で観に行ったので、こんな映画を選んでしまったことに非常に責任を感じていた。一人で見に行くべき映画だった。

 映画は終始インドっぽい雰囲気だったが、あくまで外国人から見た勝手なインドのイメージだった。昔からインドに対する偏見やイメージは凝り固まっていて変わっていないことを思い知らされた。英語圏では既に公開された映画で、イギリスではけっこうヒットしたようだ。だが、インドでわざわざこの映画を公開する意義はあまりないように思われた。

 この映画は終始お色気シーン満載だったが、その中で、ひとつだけ「これだけはインド人に見せるのはよくない」というシーンがあった。それは別にいやらしいシーンでも何でもなく、何を隠そう料理を作るシーンである。インド人は食べ物の浄・不浄に神経質であり、他人の唾液が自分の口に触れることを極端に嫌がる。だからこの映画の中に出て来た、鍋の中の料理にちょっと指を入れて味見、というシーンは、インド人にとって「こいつら何やってんだ」という嫌悪感を与えたのではなかろうか。別に味見をするのは悪くないが、もし指を直接食べ物の中に入れたら、その食べ物全体が「不浄」のカテゴリーになってしまう。あのシーンだけはよくなかった・・・。