Ek Chhotisi Love Story

3.5
Ek chhotisi Love Story
「Ek Chhotisi Love Story」

 今日はすごい映画を観てしまった。2002年9月13日公開、マニーシャー・コーイラーラー主演の「Ek Chhoti Si Love Story(ある小さなラヴストーリー)」という映画である。監督はシャシラール・K・ナーイル。イースト・オブ・カイラーシュにあるサプナー・シネマで観た。

 最近PVRやチャーナキャーなど、専ら高級映画館で映画を観ているので、サプナーのようないかにも庶民的な映画館で映画を観るのは久しぶりだった。それら高級映画館が高い料金を取る代わりにどれだけ快適さを提供してくれているか、サプナーで映画を観て何となく理解できた。チケット売り場は不親切だし、内部は汚ないし、イスもよくないし、音も画像もクリアじゃない。チケット売り場や内装はまあ許すとして、映像と音声が悪いのは映画館で映画を観る楽しみを半減させてしまう。一方で、やはり客層のレベルが下がるので、静かに映画を観ようという雰囲気ではなく、ところどころいちいち敏感に反応して歓声を上げたりする。こういうのは僕は好きだ。PVRの観客はあまりこういう行儀の悪い鑑賞の仕方はしないので、時々物足りなく思うときがある。

 映画館へ行ってみて初めて知ったのだが、実はこの映画は成人向け(俗に言う18禁)映画だった。確かに開場を待つ人々はどこか殺気立っている・・・。とはいえ、ピンク映画とかブルーフィルムというわけでもなさそうだ。何か際どいシーンがあったため、成人向けにカテゴライズされてしまったのだろう。客に若い女の子たちもたくさん来ていたし、家族連れもいた。満席状態で、僕はけっこうギリギリでチケットを手に入れることができた。

 映画が始まると、これは普通のインド映画ではないことがすぐに分かった。映像のひとつひとつが長回しで、セリフではなくほとんど映像でストーリーが進んでいった。登場人物も非常に少ない。

 ムンバイーのある高層団地。祖母と二人っきりで住む15歳の少年は、向かいの棟に住む女性(マニーシャー・コーイラーラー)を望遠鏡で覗き見することが趣味だった。女性はプラネットMで働く26歳のキャリアウーマンかつプレイガールで、一人で暮らしており、毎晩恋人とセックスをしていた。少年は彼女のそんな生活を全て眺めつつ、彼女に恋心を抱いていた。少年は彼女の働くプラネットMへ用もなく行き、彼女にぼそっと話しかけるが、彼女は全然相手にしない。毎朝彼女の家に密かに牛乳配達もしていた。

  しかしある晩、恋人とケンカして一人泣いている彼女を見て、次の日少年は彼女に「昨日泣いてたね」と話しかける。そして毎日覗き見していることを打ち明ける。彼女は最初は気味悪がり、少年に罵声を浴びせる。しかしその夜、少年が彼女の部屋を覗いて見ると、彼女は外に向かって電話機を振っていた。少年が電話をすると、女性は「今夜は楽しみなさい」と言って切る。彼女は窓の前にベッドを持って行く。恋人がいつのように訪ねてくると、彼女は早速彼をベッドのところへ連れて行き、誘惑する。こうして少年の見ている前で2人は情事を始める。しかし途中で彼女は恋人に、誰かに覗かれていることを言う。恋人は激怒し、部屋を出て下に降りて、少年を呼ぶ。少年は下に降りていく。恋人は少年の顔をぶん殴る。

  次の日、少年は牛乳配達に行く。すると女性が出てくる。少年が「I love you」と告白すると、女性は「愛なんてこの世に存在しないの」とあしらい、「あなたは何が欲しいの?」と聞く。少年はディナーに彼女を誘う。

  その夜、二人でディナーを食べ、その後少年は初めて今まで覗き続けていた彼女の部屋に入る。女性は少年に「私は恋人と何をしてた?」と聞くと、少年は「ラヴ・メイキングしてた。」と答える。彼女は「ただのセックスよ。愛なんてないの」と言い、「彼がしてたことをやって見せて」と少年を誘惑する。(この辺りはカットされたみたいで何が行われたか曖昧だった)少年が射精してしまうと、女性は「これが愛よ。」と冷たく言い放つ。ショックを受けた少年は自宅に走って帰り、バスルームで手首を切って自殺を図る。また、この様子を祖母が全部彼の望遠鏡で見ていたのだった。

  心配になった女性は少年の家を訪ねるが、既に少年は病院へ運ばれた後だった。祖母は彼女にどこへ入院したかも教えなかったので、彼女は街中の病院を探したのだが見つからなかった。数日後、少年は退院して戻ってくる。女性は再び彼の家を訪ねる。少年の手を取ろうとする彼女を、祖母は止めた。女性は少年の部屋へ行き、望遠鏡で自分の部屋を覗く。するとそこには机に突っ伏して泣いている自分が見えた。それを慰めているのは少年だった・・・。

 いったい最近のインド映画はどうしてしまったのか?昨年の「Lagaan」(2001年)辺りから、インド映画は急激な変化を遂げていることを何度も痛感して来たが、この映画ほど衝撃的な映画はなかった。雰囲気はまるでフランス映画だ。インド人はこういう映画も作ることができたのか。本当に驚いた。

 成人向け映画だけあって、非常に際どい映像がたくさんあった。そもそもテーマそのものが多くのタブーを含んでいる。少年と女性の恋、覗き見&ストーカー行為、愛とセックスの関連性・・・。覗き見シーンでは、マニーシャーは素っ裸にはならないものの、下着姿は余裕で見せているし、シャワーを浴びた後のバスタオル姿や恋人との抱擁などが見られる。そしてセリフの中にはっきりと「セックス」という言葉が出てくる。ハリウッド映画を観ているときにこれらのシーンやセリフがあったとしても別に何も思わないが、インド映画だと思うと心臓に悪い。なんかこっちが冷や汗が出るくらいだ。

 マニーシャー・コーイラーラーのベッドシーンは既に「Abhay」(2001年)であったが、今回はかなり露骨だった。肌の露出度も極めて高く、太ももや胸元も見せまくりだった。特筆すべき(?)は彼女の半尻が見れることだ。インド映画でここまでやるか、というぐらい。演技派マニーシャーの体当たりの気合が伝わってきたが、あまりに生々しすぎて、「マニーシャーってこんなに肌の色黒かったっけ?」とか「こんなに太ってたっけ?」という印象の方が強かった。最初の頃のマニーシャーは、清純で色白でほっそりというイメージがあったのだが、今や悪女が似合う、ちょっとポッチャリ系女優になってしまった。

 際どいシーンでは、もちろん場内は拍手喝采雨あられだ。恋人の手がマニーシャーのパンツの中に伸びたときにボルテージは最高潮に達した。しかしこの映画を芸術映画だと思って観ることのできたインド人はどれだけいただろうか?疑問である。

 「Ek Chhoti Si Love Story」は先週から封切られたばかりの映画だが、明らかに多くの問題を孕んだ作品なので、すぐに公開打ち切りになってしまうかもしれない。今日観ておいてよかった、と思った。(実際は性的に際どいシーンは代役を使っていたらしい。)