Lagaan

5.0

 21世紀のヒンディー語映画史においてもっとも重要な作品をひとつだけ挙げろと言われたら、それは2001年6月15日公開の「Lagaan」しかない。アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品にまでなったアーミル・カーン主演のこの時代劇スポーツ映画は、ヒンディー語映画の常識を根本から変えてしまった。2001年にインドに留学した僕が、現地で初めて鑑賞した映画もこの「Lagaan」であった。まだ、インド映画のレビューをしてインターネットで発表するなど考えていなかった頃で、これほど重要な作品でありながら、真剣に「Lagaan」について評論を書いたことがなかった。2021年に新サイト「Filmsaagar」を立ち上げ、「Lagaan」公開から20周年を前にして、改めてこの歴史的作品を見直し、批評をしてみたい。

 監督はアーシュトーシュ・ゴーワーリカル。「Lagaan」以前に大した作品は撮っていない監督であり、なぜ「Lagaan」のような作品を撮れたのか、今から思うと不思議なくらいだ。「Lagaan」以降は大作を任されるようになったが、「Lagaan」ほどの作品は送り出せていない。

 「Lagaan」は、アーミル・カーンが初めてプロデュースした作品としても意義がある。20世紀末にインド人民党(BJP)政権によって映画が「産業」として認められて以降、映画界の組織化が進んだが、その中のひとつの流れとして、俳優がプロダクションを立ち上げ、自ら映画をプロデュースするトレンドが生まれた。その先鞭を付けたのがアーミル・カーンであり、彼の立ち上げたアーミル・カーン・プロダクションであった。「Lagaan」は、アーミル・カーン・プロダクションの第1作として、アーミル・カーンが多大なる気合いを込めて作った映画であり、もしかしたらゴーワーリカル監督の才能よりもアーミルのこの思い入れの方が作品の質に大きく影響したかもしれない。

 主演は言うまでもなくアーミル・カーン。ヒロインはグレイシー・スィン。グレイシーはその後「Munna Bhai M.B.B.S.」(2003年)などに出演があるが、ヒンディー語映画界の第一線には留まれなかった。他に、スハースィニー・ムレー、クルブーシャン・カルバンダー、ラグヴィール・ヤーダヴ、ラージェーシュ・ヴィヴェーク、ラージ・ズトシー、プラディープ・ラーワト、アキレーンドラ・ミシュラー、ダヤーシャンカル・パーンデーイ、ヤシュパール・シャルマー、アーディティヤ・ラキヤー、アミーン・ハージー、シュリーヴァッラブ・ヴャースなどのインド人俳優が出演している。彼らの多くは、この「Lagaan」の成功を受けて、後に脇役俳優として活躍することになる。さらに、アミターブ・バッチャンがナレーションを担当している。また、英国人俳優としては、ポール・ブラックスローン、ラチェル・シェリーなどが出演している。主要な英国人キャストは片言のヒンディー語を習得して「Lagaan」に臨み、インド人観客に強い印象を残したが、その後彼らが再びヒンディー語映画に出演することはなかった。音楽は、当時既に有名になっていたARレヘマーンである。

 1893年、英領インド。中央管区の村チャンパーネールは前年に引き続き干魃に見舞われていた。藩王(クルブーシャン・カルバンダー)の保護者となっていた英国人官僚ラッセル大尉(ポール・ブラックスローン)は、今年の年貢を2倍にすると決めた。村人たちは年貢の免除をお願いしに藩王を訪ねる。だが、ラッセル大尉は、クリケットをして勝ったら年貢を3年間免除するが、負けたら年貢を3倍にすると無理難題を突き付けて来る。村の青年ブヴァン(アーミル・カーン)はラッセル大尉の挑発に乗り、その条件を受け容れてしまう。

 当初はブバンの勝手な決定に憤った村人たちだったが、次第にブバンの支援者が増えて来る。僧侶の息子バーガー(アミーン・ハージー)、手相師のグラン(ラージェーシュ・ヴィヴェーク)、村医のイーシュワル(シュリーヴァッラブ・ヴャース)、石投げの達人ゴーリー(ダヤーシャンカル・パーンデーイ)、養鶏家のブーラー(ラグヴィール・ヤーダヴ)、陶工のイスマーイール(ラージ・ズトシー)、鍛冶屋のアルジャン(アキレーンドラ・ミシュラー)など。また、イーシュワルの娘でブバンに密かに想いを寄せるガウリー(グレイシー・スィン)は最初からブヴァンの味方だった。

 一方、ラッセル大尉の妹エリザベス(ラチェル・シェリー)は、兄が村人と交わした不平等な約束に憤り、兄には内緒で村人たちにクリケットを教える。農民が英国人官僚とクリケットで戦うと聞いて、ドールプルからスィク教徒のデーヴァー(プラディープ・ラーワト)が応援に駆けつけた。デーヴァーは英国軍にいたことがあり、クリケット経験者で、即戦力になった。また、掃除人のカチュラー(アーディティヤ・ラキヤー)は右手に障害を抱えていたが、その手で投げると変化球になることが分かり、ブヴァンは彼も仲間に引き入れる。ガウリーを巡ってブヴァンと対立していたラカー(ヤシュパール・シャルマー)は、ラッセル大尉と内通し、内側から掻き乱すためにチームに入る。

 試合は3日間のマッチとなり、英国チームが先にバッティングとなった。英国チームはそつなく得点を重ね、322点の高得点を叩き出した。農民チームは、バッツマンとして有能な5人が次々にウィケットを取られてしまい、絶体絶命のピンチとなる。しかし、ラカーの改心、ブヴァンのセンチュリー、怪我をしたイスマーイールの代わりに代走を務めた少年ティープーなどの活躍があり、次第に点差を縮めて行く。最後、あと1球で6ランを取らなければ勝てないところまで試合はもつれ込み、最後にバットを振ったのはブヴァンだった。ブヴァンはこの1球に全てを掛けてバウンダリーとし、1点差で試合に勝利する。

 3時間43分の長尺映画だが、その長さを感じさせないほど引き込まれる。それは世界の傑作映画に共通する特徴であろう。年貢の免除を賭けて英国人官僚と村人たちがクリケットの試合をする、というあらすじは、ともするとゲテモノ映画のように思われても仕方がないのだが、その試合に至るまでの過程がじっくりと描写され、肝心のクリケットの試合も時間を掛けて映像化されているため、全く退屈しない。しかも、ストーリーの中にはインドが抱える諸問題にも巧みに触れられており、単なる娯楽映画に留まっていない。インド映画の金字塔と評して構わないだろう。

 今回改めて鑑賞して気付いたのは、「Lagaan」の序盤でインド側のバラバラ振りが描かれていたことだ。映画は、ゴーリーとブーラーの喧嘩から始まる。同じ村の中でいがみ合う2人。また、藩王にしても、隣の藩王国を治める従兄弟と不仲であり、それが英国人にいいように利用されているがうかがわれた。ブヴァンがラッセル大尉の条件を呑むと、早速隣村の人々が押しかけて来る。このシーンのやりとりからも、村同士の仲が悪いことが分かる。チャンパーネール村にはヒンドゥー教徒とイスラーム教徒が住んでいるのだが、宗教間対立には触れられていない。しかしながら、カースト差別があることは明示されていた。そして、インドにとって不利益となるのに、英国人と内通して個人的な恨みを晴らそうとするラカーの存在があった。つまり、これら一連の設定から、インドはバラバラだったために英国の支配を許したことが暗示されていた。

 クリケットを通して、バラバラだったインド人たちが結束して行く。クリケットは1チーム11人で構成されるが、農民チームの構成を見ると、ちょうどインドの宗教人口比を反映していることが分かる。ブヴァンをはじめとして、グラン、バーガー、イーシュワル、ゴーリー、ラカー、ブーラー、アルジャン、そしてカチュラーの9人はヒンドゥー教徒である。イスマーイールはイスラーム教徒。外部からスィク教徒のデーヴァーが加わったことで、11人が揃う。インドの全人口の内、ヒンドゥー教徒は8割弱、イスラーム教徒は14%、スィク教徒は2%弱である。これにキリスト教徒のエリザベスが加わる。キリスト教徒の割合は2%強だ。

 もっとも印象的なシーンのひとつとして、ブヴァンがカチュラーを仲間に引き入れる場面が挙げられる。「カチュラー」とは「ゴミ」という意味であり、ホウキを持って掃いていたことからも彼が掃除人カーストであることが分かる。つまり、不可触民である。また、カチュラーの右腕は曲がっていた。おそらくポリオの後遺症であろう。だが、その右手で投げることで、誰にも真似できないような変化球を繰り出すことができた。ブヴァンは彼の右手に勝機を見出し、彼を仲間に引き入れようとする。だが、その瞬間、今までブヴァンに従っていた仲間たちがそっぽを向く。不可触民と一緒にクリケットはできない、という訳だ。それを見たブヴァンは、生きるか死ぬかの戦いの前に不可触民も何もないと大演説をする。村人たちはそれを聞いて考え直し、カチュラーを仲間に迎える。

 ヒンディー語娯楽映画において、不可触民の問題がこれほど堂々と描写されたことは今までなかったのではなかろうか。メッセージは明確である。インド社会に巣くう不可触民差別への批判だ。だが、いかに「Lagaan」と言えども、不可触民の描写方法についてはステレオタイプを脱却できていない。彼らは虐げられ、恐れおののき、自分たちからは主体的に何もできないような無力な存在となっている。そして、ブヴァンのような強い意志を持った、上のカーストの者がいなければ救われない存在であった。果たしてクリケットの試合が終わった後、カチュラーがどうなったか。村のコミュニティーに温かく迎え入れられたかどうか。全く描写されていない。これは、「Lagaan」が不可触民問題を主題にした映画ではない上に、当時は娯楽映画の限界がこの付近にあったと考えることも可能である。

 「Lagaan」の成功は、ヒンディー語映画界に「スポーツ映画」というジャンルを確立させた。それまで業界内では、「スポーツ映画はヒットしない」というジンクスがあり、ヒンディー語映画界でスポーツに特化した映画はほとんど作られて来なかった。だが、「Lagaan」が国際的なヒットとなったことで、スポーツ映画が盛んに作られるようになった。

 「Lagaan」はスポーツ映画としても秀逸である。まず、クリケットが分からない人のための配慮がなされている。クリケットを知らない村人たちにエリザベスがルールを教える過程があり、それを見ていると基本的なルールが分かる。何を隠そう、僕も「Lagaan」を観てクリケットのルールが何となく分かるようになった。ただ、「Lagaan」では3日マッチという変則的な試合形式を採っている。クリケットは伝統的に1試合が5日間に渡って行われる。最近では1日で終わる試合形式が新たに考案され人気を博しているが、3日のマッチは19世紀末でも一般的でなかったはずだ。

 さらに、試合運びがよく考えられており、手に汗握る展開となっている。前半、英国チームが322ランもの高得点を取ったが、カチュラーによるハットトリックやラカーの改心などがなければ、ラッセル大尉が豪語していたように、600ラン取られてもおかしくなかった。後半、村人チームのバッティングとなるが、頼りにしていたバッツマンが早々にアウトとなってしまい、残されたメンバーで工夫して戦うことを余儀なくされる。全てのプレーヤーに見せ場が用意され、そして最後はやっぱり主人公ブヴァンの大活躍により勝利を掴む。最後はインド側が勝つとは予想できていても、そこに至るまでの展開は期待通りには行かず、サスペンスを作り出すことに成功していた。

 ARレヘマーンによる音楽も素晴らしい。雨を待ち望む農民たちの気持ちが凝縮された「Ghanan Ghanan(雲よ、雲)」、ブヴァンが仲間たちを集める「Mitwa(友よ)」、戦いに臨む戦士たちの壮行歌「Chale Chalo(行け、行け)」など、珠玉の名曲揃いだ。中でも最高点を与えたいのは「Radha Kaise Na Jale(ラーダーは嫉妬せずにいられない)」だ。ラーダーとクリシュナという神話上のスーパーカップルを引き合いに出し、ブヴァンをエリザベスに取られそうになっているガウリーの気持ちが巧みに代弁されている。ラーダーは、ゴーピー(牧女)たちと戯れるクリシュナを見て嫉妬する。クリシュナはラーダーに対し、「ゴーピーは単なる星、ラーダーは月、ゴーピーは行ったり来たり、ラーダーは心の王妃」と言って安心させようとする。エリザベスはその歌詞に隠された意味に気付かず、踊りを踊ったガウリーを褒める。

 ラーダーに対する言及は映画の最後にも再びある。試合に負け、アフリカに左遷となったラッセル大尉と共にエリザベスもインドを立ち去ることになる。ブヴァンへの気持ちを胸に秘めたまま・・・。アミターブ・バッチャンによるナレーションは「エリザベスはラーダーとなって生涯未婚を通した」と語る。クリシュナとラーダーの関係は複雑で、2人はお互いに別の配偶者を持ちながら、愛し合う仲である。エリザベスも、そんな関係がインドで信仰されていることを知り、自分をラーダーに重ねたのである。このときまでにエリザベスもインドの文化を深く理解していた、と捉えていいだろう。

 改めて見直してみて、気になった点もいくつかあった。まず、この映画の舞台は、英領インド時代に存在した中央管区(Central Provinces)のとある村ということになっている。中央管区とは、現在のマディヤ・プラデーシュ州、チャッティースガル州、マハーラーシュトラ州辺りである。だが、映画のロケのほとんどはグジャラート州カッチ地方で行われている。インドをあちこち旅行した後に「Lagaan」を観ると、そういう前知識がなくても、この映画はインド中部ではなくグジャラート州で撮られていることが分かってしまう。たとえば、劇中に牛がたくさん出て来るが、角が立派なこの牛はグジャラート地方でよく見られるものである。また、家の入口にトーラン(暖簾)が掛かっていたが、これもグジャラート地方のものだ。ちなみに、ラッセル大尉の家は、グジャラート州マーンドヴィーにあるジャイ・ヴィラース・パレス(Jai Vilas Palace)であるし、グジャラート州ブジのプラーグ・マハル(Prag Mahal)でも撮影が行われている。その一方で、藩王の居城はラージャスターン州クンバルガル(Kumbhalgarh)である。

 次に、雨季のことである。農民たちは雨が降らなくて困っていた。雨季の始まりは6月頃であり、この頃にラッセル大尉とブヴァンが年貢を賭けてクリケットで戦うことを決めたと考えられる。試合は3ヶ月後と設定された。つまり、9月頃に試合があったと思われる。途中、クリシュナ生誕祭(8月~9月)が祝われることからもそれが分かる。ナヴラートリやダシャハラーのシーンがないことから、10月には掛かっていないだろう。そして、試合が終わった後に雨が降り出すが、そうするとこの年、9月まで全く雨が降らず、9月になってようやく雨が降り始めたと考えられる。こんな時期に雨が降ってももう手遅れであり、この年の農業には大打撃となったのではなかろうか。ただ、このときのシーン、雨が降り出すと、雨の中で踊り出すインド人農民たちと、建物の中に逃げ込む英国人たちとの対比は興味深い。

 「Lagaan」の悪役は何と言っても憎々しいラッセル大尉であるが、改めて観ると、英国人全体が敵役となっている訳ではないことに気付かされた。まず、審判は英国人だが、非常に公平な審判だった。公平な審判のおかげで村人チームは何度も救われた。もし審判が英国側に付いていたら、村人たちは絶対に勝てなかっただろう。クリケットは紳士のスポーツであり、そのルールは「law」、つまり「法律」と呼ばれる。そして、公平さはクリケットというスポーツの根幹を成している。英語に「It’s not cricket」という慣用句があるが、これは「公平ではない」を意味する。つまり、「クリケット=公平」という意識が英国人にはある。いくら英国の威信が掛かっていたとしても、クリケットの「法律」を曲げてインドの農民チームに勝とうという気持ちは英国人側になかった。そのスポーツマンシップは賞賛されて然るべきであろう。また、ラッセル大尉の上官たちも試合を見守っていたが、彼らが村人たちの健闘を公平に称えるシーンも随所に見られた。「Lagaan」の悪役は、英国人全体ではなく、ラッセル大尉や一部の英国人官僚のみである。

 「Lagaan」は、インド映画史上最高傑作の1本に数えられる不朽の名作である。最近はNetflixなどで容易に鑑賞が可能であり、インド映画の世界に足を踏み入れた者は、遅かれ早かれ、必ず観ることになるだろう。21世紀の新感覚ヒンディー語映画はここから始まったと言っても過言ではない。どんなに賞賛しても賞賛し過ぎることにない作品である。